Yahoo!ニュース

ジョンソン英首相が退院 早期の酸素吸入が生死分ける 封鎖の遅れで死者1万人を出した責任は重い

木村正人在英国際ジャーナリスト
ジョンソン英首相が入院していたロンドンのセント・トーマス病院(筆者撮影)

[ロンドン発]新型コロナウイルスに感染、症状が悪化し入院していたボリス・ジョンソン英首相(55)が4月12日、ロンドンのセント・トーマス病院を退院しました。

首相官邸から同日午後1時24分(日本時間同9時24分)、電子メールが届きました。

「首相は退院し、回復を維持するため首相別邸チェカーズで療養します」「医療チームの助言により首相はすぐに仕事に戻るわけではありません」

「首相はセント・トーマス病院で受けた素晴らしい治療と看護に感謝したいと思っています。彼の思いはこの病気の影響を受けた人たちと一緒です」

これまでの経過を振り返っておきましょう。

最後のツイートは4月6日

3月26日、ジョンソン首相が咳と微熱を訴える。PCR検査を受ける

午後8時、首相官邸前で全国の市民とともに医師や看護師らNHS(国民医療サービス)のスタッフに拍手を送り激励

深夜、陽性と判明

3月27日、首相官邸で自己隔離に入る

4月3日、「あなたが家にいることが命を救うので、たとえ天気が良くても今週末は自宅にいて下さい」と最後の顔出しツイート

4月5日午後8時、エリザベス女王が「より良き日は戻ってきます。祖国は成功します。またお会いしましょう」とTVメッセージ

午後9時25分、首相官邸報道官の「ジョンソン首相が検査のため入院した」という一斉の電子メールが筆者にも届く

4月6日、英紙タイムズが「酸素吸入か」と報道、他紙が一斉に後追い

午後1時20分、ジョンソン首相が「私は元気です」とツイート

午後8時17分、ジョンソン首相が午後7時に集中治療室(ICU)に移されたことを首相官邸が認める

4月9日、ICUから病棟に移される。「彼はとても元気だ」(首相官邸報道官)

4月10日、「首相は短い距離を歩くことができた。医師と話し、自分が受けた素晴らしい治療と看護に対し全てのスタッフに感謝の気持ちを伝えた」(同)

4月11日、「首相は非常に良い回復を続けている」(同)

「ICUからの生還率は2割」NHS病院

NHS(国民医療サービス)のある病院ではICUに運び込まれた新型コロナウイルス肺炎の患者の死亡率は8割にのぼっているそうです。ジョンソン首相は酸素吸入を早く受けたので助かりました。

エビデンスに基づく医療を提唱するイタリアのNPO(非営利団体)GIMBE財団がまとめているデータを見てみましょう。

GIMBEのHPより
GIMBEのHPより

感染者の死亡率(黒色)は12.8%。回復(緑色)21.4%、自宅で自己隔離(黄色)45.1%、一般・緊急病棟(橙色)18.5%、ICU(赤色)2.2%です。

グラフの推移を見るとICUに運ばれた患者の生還は非常に難しいことをうかがわせます。つまりICUに運ばれる前の一般・緊急病棟での治療が生死を分けていることをうかがわせています。

産経新聞は「政府は、新型コロナウイルス感染症の軽症者や無症状患者が療養する専用施設で、重症化の兆しを早期に発見するため血中酸素飽和濃度を測るパルスオキシメーターを活用する方針を固めた」と独自で報じていますが、意外とこれが死者を減らす決め手になるかもしれません。

イギリスの感染者は7万9885人、死者は9875人。医師や看護師らNHSのスタッフ計19人が防護具の不足や治療の遅れで命を落としました。

ジョンソン首相が、感染して抗体を持った人が壁になって感染を防ぎ、流行を終息に向かわせる「集団免疫」論に惑わされず、もっと早期に都市封鎖(ロックダウン)に踏み切っていれば助けることができた命も決して少なくなかったはずです。

ジョンソン首相は適切なゴーグルやシールド、N95マスク、防護服、手袋を病院だけではなく高齢者施設にも支給するとともに、命を守る最前線で働く人たちの検査態勢を至急整えるべきなのは言うまでもありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事