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五輪延期「2年後がベストだった」「アスリートファーストではない」ロンドン・リオ五輪代表が語る

木村正人在英国際ジャーナリスト
2012年のロンドン五輪に出場した平井康翔さん(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

「水泳選手が3日水に入らなかったら水感を取り戻すのに1週間かかる」

[ロンドン発]水泳オープンウオーター(OWS)で日本の先駆者として2012年ロンドン五輪に出場、16年リオデジャネイロ五輪では8位に入賞した平井康翔(ひらい・やすなり)氏(30)に東京五輪・パラリンピックの1年延期についておうかがいしました。

木村:平井さんとはロンドン五輪のあとロンドンのラーメン店で偶然出会ってからのお付き合いです。3月30日、国際オリンピック委員会(IOC)と日本政府は東京五輪・パラリンピックの1年延期で合意しました。今回、ひょっとしたら五輪の開催が危ういのではないかと思い始められたのはいつ頃からですか。

平井氏:3月18日にパリのシャルル・ド・ゴール国際空港から東京に行く便を取っていたのですけれども、14日にシュツットガルトにいて所属していたドイツのプロチームのコーチがもう結構やばいと、早く帰国した方がいい、移動できなくなるぞ、と助言を受けました。JAL便だったので、状況を理解してくれてフライト変更をすぐに対応してもらい次の日に帰国しました。

3月12日にエマニュエル・マクロン仏大統領がTV演説をしました。その辺りから、パリにいる日本人シェフの友人に結構やばくなりそうだという感じで言われていました。

 

アスリートの現状で言うと、EU(欧州連合)圏は、例えば水泳選手だったらプールもジムも行けません。水泳選手が3日間、水に入らなかったら、水感と呼ばれる水の感覚を取り戻すのに1週間ぐらいかかります。1週間ぐらい入らないと、3週間ぐらい自分の本当にいい感覚というのはなくなってしまいます。

最初にイタリアで、プロフェッショナル・アスリートはトレーニングをしては駄目だということになりました。僕はドイツとフランスとオランダに交流がありますので、各国のナショナルのコーチが、もしかしたら練習できなくなるかもしれないと言っていました。

すぐヨーロッパはスポーツ省や各国のオリンピックのフェデレーションが自宅待機を命じました。ヨーロッパの選手は泳げなくて、それで夏のオリンピックというのは、僕はないなと思っていました。

なぜかというとIOCのボードメンバーの約半分がヨーロッパ人です。延期の表明が公式に出るまで、安倍晋三首相や大会組織委員会の森喜朗会長は「東京オリンピック、やれ、やれ」という感じだったではないですか。

でも、ヨーロッパの選手たちはトレーニングができていない。半年を切って1カ月トレーニングができていないというのは、僕はないと思っていました。

アメリカ水泳連盟も3月20日に、2021年に延期すべきだと表明しました。その2日前に、私も合宿で施設を利用したことがある、米コロラドスプリングスにあるオリンピック・トレーニングセンターも閉鎖されました。オリンピック・トレーニングセンターを封鎖するということは、その時点で、僕はないなと思っていました。

でも、すごく温度差があって、東京では小池百合子都知事や橋本聖子五輪相が「やる、やる」という感じでした。各国代表のヘッドコーチや今の代表選手と直接やり取りする中で、特に3月の2~3週目ぐらいで、かなりないなと思いました。

「アスリートファーストではないよね」

オープンウオーターで日本の草分けとして活躍した平井さん(本人提供)
オープンウオーターで日本の草分けとして活躍した平井さん(本人提供)

平井氏:現状としては、2021年夏の同じ時期にやるということになっています。しかしEU圏の選手は、いつプールに戻れるのか、そのようなところが全く示されていないわけです。アメリカとオセアニア、あとシンガポールもトレーニングができなくなっています。

いくらプロフェッショナル・アスリートとはいえ、やはり本業のトレーニングができなかったら、生ものなので、筋量も落ちますし、例えば、柔道選手であれば、いくら家でベンチプレスなどをやっていても、柔道着を握る感覚などが薄れていくとなると、正直みんな本当に1年後にできるのかなと。

ワクチンもできていない、いつ終息するかも分からない。私たちは、いつ自分たちのトレーニングに戻れるかも分からない。本当に精神的にも肉体的にも、1番は選手、2番目にコーチですけれども、今すごくストレスを抱えている状態です。

みんなが言い始めているのは、アスリートファーストと言っているけれども、本当はアスリートファーストではないよねと。もちろん経済活動が止まってしまうとか、東京オリンピックが中止になったら、2022年北京冬季五輪、次の2024年パリ五輪も本当に全てが変わってしまうぐらいになってしまいますから、中止というのは避けたいと思って今の判断になったと思います。

しかしオリンピックというのは選手がいなかったらできないではないですか。その選手たちが、要は僕たちの体というのは、それぞれの種目に特化した、超人選手なわけです。車で言うとF1カーみたいなものです。そのF1カーが、今エンジンがどんどん小さくなったり、部品の強度が下がっていったりしている状況です。

例えば競泳のオリンピックの派遣標準タイムというのは、本当にある一定のレベルまで行って、さらにそこから、試合にピンポイントで目がけて、半年とかかけて、例えば山の上の高地合宿に何回も行ったりして、追い込んで、追い込んで、ピークに持っていって、やっと切れるか、切れないかみたいな感じです。それを切れなかったら、日本で1番になっても出られないわけです。

僕はオープンウォーターなので選考方法が違いますけれども、競泳の選手はその日のためにずっとやってきたのが、選考会がいきなりなくなってしまった。やはりそこまで精神状態や肉体を持っていくというのは尋常ではないです。

勉強で言ったら、受験でもし希望の学校の入試に落ちてしまっても1浪とか、また1年やればというのがありますが、僕たちは一生に1回というレベルで打ち込んでいくわけです。

ですから、アスリートファースト、アスリートファーストといわれているのですけれども、例えば、人というのは自分が経験したことしか伝えられないし、分からないではないですか。ですから、例えば、森喜朗さんや小池都知事や安倍首相もそうですけれども、そこまで自分の体を追い込んだことがないから、それは分からないよというようなことです。

彼らは彼らで、何が何でもオリンピックをやると。それで、来年という感じですけれども、本当にアスリートのことを考えたら、2年後がベストだったと僕は思います。

「世界はアメリカとヨーロッパで動いている」

木村:来年にパンデミックが収まっているという保証が全くないではないですか。2年たつと、ひょっとしたら収まっている可能性はかなり上がっていると思います。IOCの判断や日本の政治家の判断というのがありますけれども、世界中のアスリートの人はこれをどのように見ていたのでしょうか。早く決定を出してくれと思っていたのでしょうか。

平井氏:早く決定を出してほしいというのはみんな思っていました。つまり、先ほども言いましたけれども、点に向かって、その点から逆算して、みんなピークを持ってくるので、目標というか点が見えないわけです。中止になるのかな、1年後になるのかな、2年後になるのかな、分からない。

結局、体というのは消耗品なので、最高のコンディションというのはずっと保てないわけです。追い込んだら、追い込んだだけ、それに比例してダメージも来ますし、オリンピックの最高の舞台で戦う体のスペックをずっとキープできないです。

ですから、延期にするなら、一回...。今、競泳選手で日本の選手なら1~3週間ぐらいオフを取っています。なぜなら、4月2日から開催予定だったオリンピック選考会を兼ねた日本選手権が直前で中止になったからです。とてもじゃないけど気持ちがもたないからです。

だって、来年にまた選考会をやるのに、今ある最高峰の状態をずっとキープできないので、だったら一回ブレイクするというようなことです。

しかし、ヨーロッパの選手は、今本当に大変だと思っていて、それぞれの競技の選手がずっと家にいなければいけなくて練習ができない。ですから、すごくアンフェアということです。自分が今回思ったのは、世界はアメリカとヨーロッパで動いているなとすごく思いました。アメリカとヨーロッパの選手に不利なことは絶対起きないということが分かりました。

木村:アンフェアというのはそういう意味ですか。

平井氏:オリンピックというのは、要は国力の勝負のようなところですから、各国がオリンピックのための強化にすごくお金をつぎ込んでいるわけです。そのオリンピックの結果で、次のオリンピックの予算が変わります。ですから、戦争とは言わないですけれども、国の力を示す一つの場だと思っています。ですから、ロシアや中国は、国家公務員アスリートのような形で選手を育成しているわけです。

例えば、ヨーロッパも面白くて、フランス、ドイツ、イタリアの選手は、オリンピック・アスリートは軍人や警察というような印象を受けます。彼らは、現役中はフルタイムでアスリートをしていてもいいけれども、終わったら軍人や警察になるということです。

イギリスとオランダと北欧は、そういうシステムはないです。そういうことも自分がヨーロッパに行かなければ分からなかったことです。

「彼らは中止にはしたくなかった。延期を模索していた」

木村:2012年のロンドン五輪組織委員会会長を務めた世界陸連のセバスチャン・コー会長やIOCアスリート・コミッションに選ばれたカナダの元アイスホッケープレーヤーらが声を上げて、延期の方向に動き始めたではないですか。アスリート出身のキーパーソンが声を上げ始めたということに関しては、何か感じられましたか。

平井氏:やはりIOC会長のトーマス・バッハさんも、もともとフェンシングのアスリートですし、やはり自分が昔やっていたから、どれぐらい最高峰に持ってくるのが大変かということが分かっています。彼らは最初から、中止にはしたくなかったと思いますから、延期を模索していたと思います。

前例がない、前例がないと言ってアスリート出身ではない人たちは中止にさせようと思っていたと思いますが、時代もどんどん変わってきています。延期というのは今までないことだと思いますが、正しかったと思います。

ただ、一番不安なことは、何度も言いますけれども、EU圏、アメリカ、ブラジル、ニュージーランド、オーストラリアの選手は、いつトレーニングに復帰できるか分からないというところで、オリンピックが開幕する時期だけ決まっていて、でも復帰できないという状況です。まだ半分以上の選手には、選考会をクリアしなければいけないというミッションがあるわけです。

ですから、詰め込み型のような、ピークの持っていき方も、今まで取り組んだことのないアプローチをしないと、そこまで間に合わないと思います。例えば、タイム競技で言うと、陸上や水泳などの個人競技の選手は、本当にみんな頭を抱えていると思います。

木村:平井さんの周りのアスリートの方で、感染してしまった人は出ていますか。

平井さん(本人提供)
平井さん(本人提供)

平井氏:僕のフェイス・トゥ・フェイスで面識のある選手はいないです。自分の知り合いや友人ではいないですけれども、今のニュースなどを見ていますと、いつそうなってしまうか分かりません。

結構心配です。志村けんさんのニュースも見ました。自分が感染して親に会って、親が死んでしまったというようなニュースが出ていたではないですか。他人事ではないというのは思っています。

ただ、本当にアスリート側から言うと、僕たちで言ったら泳ぐということですし、トライアスロンの選手なら、ランもしなければいけないし、スイムもしなければいけないし、バイクもしなければいけない。ですから、今ヨーロッパのトライアスロンの選手は、シェルターのようなところでインドアのバイクをして。

泳げないですから、子供が遊ぶプールみたいなものに水を張って、ウエットスーツを着て、チューブを腰に巻いて引っ張ってもらって、それで水の感覚をなるべくなくさないようにとか、本当にみんなヨーロッパの選手は苦労しています。

「アスリートにとって五輪はやはり夢」

木村:すごく根源的な質問になってしまうのですけれども、アスリートにとって五輪というのはどのようなものなのでしょうか。

平井氏:やはり夢です。まず、それぞれの種目をみんな子供のときに始めたときには、僕もそうでしたが、テレビなどでオリンピックを見て、ステップアップしていく段階で、もしかしたらオリンピックを狙えるのではないかと。

僕は2回出ることができましたけれども、1回出られればいいほう。スポーツを全くやっていない人や興味がない人でも、オリンピックは知っているではないですか。例えば、アフリカの難民キャンプに行ったとしても、オリンピックは絶対知っていると思います。

本当に自分がオリンピアンになれたというのは、海外で活動する上では、自分が何者かと言えるというところが自分にとってすごく良かったと思います。22歳のとき木村さんと出会ったロンドンで、そこからそのように言えるようになったのは、すごく良かったし、人生が変わりました。

ですから、オリンピックはスポーツを小さい頃から始めた子供たちにとっては、本当に夢舞台で、一生、それに出るためには死んでもいいと思ってみんなやっているわけです。だからみんな限界のところまで自分の肉体も精神も追い込んで、そこまでやっていくわけですし、本当に、本当に、特別なもので、地球上で各種目の世界最高峰を決める、日本語で言うなら「極み」です。

木村:平井さんの場合、何歳のときに、どのようなことがきっかけでオリンピックを目指そうと思ったのですか。

平井氏:振り返ってみると、小学校1年生のときの文集に、将来オリンピック選手になりたいと書いています。僕が本当にオリンピックを目指せるかもしれない、狙えるかもしれないと思ったのは、2008年の北京五輪のとき、自分は高校3年生で、当時400メートルの自由形で、インターハイで高校日本一になったときに、本気でやれば4年後のロンドンに行けるかもしれないと思いました。

小学校1年生の頃の平井さんの文集(本人提供)
小学校1年生の頃の平井さんの文集(本人提供)

小学校1年生ですから6歳ぐらいから、頭の片隅にはオリンピックがあるわけです。今の、例えば、6歳ぐらいの子も、何かしらスポーツをやっていたら、オリンピックに行ってみたいということになるわけです。

オリンピックがこういう存在だからこそ、世界中でロックダウン(都市封鎖)したり、入国を制限したり、国のルールが変わったり、逆にオリンピックが来年なかったら、国が政策、対応なども、ここまでやっていないのではないかと僕は思います。

木村:平井さんは小さい頃から、スポーツが得意だったのですか。特に水泳は小学生の頃から、やはりすごかったのですか。

平井氏:いや、そんなことはないです。僕は遅咲きです。小学生ぐらいのとき全国大会などに出られていましたけれども、日本でトップ3に入るようなことは無理でした。初めて学年というか、世代で1番になったのは、高校3年生、18歳のときです。僕はどちらかというと才能よりも超努力型ということです。

昨年9月の日本選手権でレース中にアクシデントに見舞われ4位に終わって今年5月の世界最終予選の代表に入れず、東京五輪出場の可能性がなくなり、一度は引退を表明しましたが、東京五輪延期が決まり、世界最終予選も来年の同じ時期にずれると海外の情報筋から聞いています。

ということはその世界最終選考会に出場する日本選手の選考ももう1度行われることになるでしょう。世界の仲間たちと連携ととりながら状況を見てもう一度挑戦したいと今は思っています。

平井康翔氏

1990年4月2日生まれ。千葉県生まれ。市立船橋高等学校、明治大学政治経済学部を卒業。株式会社朝日ネット人事総務部付、SBIホールディングス株式会社社長室付を経て、現在、アキレスアンドセンチュリオ株式会社代表取締役社長。日本人初のOWS競技オリンピアンとして、2012年ロンドン五輪で15位、16年リオデジャネイロ五輪で8位入賞。

オフィシャルウェブサイト :https://iswimandtravelaroundtheworld.com

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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