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新型コロナ「病院に運ばれたが最後、家族でも会えなくなる」春はやって来るのか ミラノからの伝言(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト
セレーナ・ボルピさん(本人提供)

[ロンドン発]新型コロナウイルスで中国を上回る死者を出したイタリア。北部ロンバルディア州ミラノで暮らすイタリア人女性セレーナ・ボルピさんに綴ってもらった「ロックダウン(都市封鎖)」日記の後編です。

3月13日、金曜日

ロンバルディア州の学校閉鎖以来、自宅でほぼ3週間過ごしたことになります。私のパートナーは日曜のロックダウンまで働きに出ていました。もちろんレッドゾーン発動からは休みはいつもより多めにもらっていました。

彼はミラノの北に位置するモンツァのパブ兼地ビール醸造所で働いていますが、日曜は他の事業所と同じようにお休みです。長く働いているスタッフは休暇を取ることを義務付けられています。

連帯を示すためバルコニーに掲げられた国旗(ボルピさん提供)
連帯を示すためバルコニーに掲げられた国旗(ボルピさん提供)

私たちは夏に数日しか休みを取らなかったので、彼には30日間の有給休暇が残っています。今は大丈夫ですが、ロックダウンが長く続いて有給休暇を消化してしまったら、政府の援助を申請しなければなりません。私たちは長い間一緒に暮らしていますが、彼は正式に住所を移していません。

彼の家族は30分ほど離れたミラノの小さな町に住んでいます。自由な移動が出来なくなってから厄介な問題となりました。彼が長くここに住んでいることを証明できるものがないのです。地元警察が行き来の理由を質問していますが、彼が止められた場合困ったことになりかねません。

戸外に出る際は身分証明書(ID)と一緒に外に出る理由を書いた書面を持っていかなければなりません。外出が許可される理由は、食料品や生活必需品、医薬品の買い出し、外出できない高齢者や病人の世話、在宅勤務でこなせない仕事の関係です。

犬の散歩やランニングは限られた時間内ならOKですが、人が集まることやグループスポーツを避けることは義務付けられています。残念なことに実に多くの人が人と会うために公園を使っています。

閉鎖された公園(ボルピさん提供)
閉鎖された公園(ボルピさん提供)

各自治体の長のほとんどが(私の自治体の市長も含めて)緑地帯を閉鎖しようとしています。

母の気管支炎は良くなって平熱に戻りました。とても嬉しい。恐いのは新型コロナウイルスだけではありません。他の病気も悪化させると大変。病院も医療従事者もいっぱい、いっぱいの状態です。

多数の新型コロナウイルス感染者が集中治療室(ICU)での治療を必要としますが、新聞報道によると医者が救える人と救えない人を選別し始めたというのです。実際はそれほど単純ではありません。インタビューの中で、医師は人工呼吸器の数が限られていると話しています。

高齢ですでに基礎疾患を患っている患者の場合は助けられる見込みが限りなく少ない。その患者が使う人工呼吸器を助かる見込みのある患者に使う。頭では完全に分かったつもりでも、やはり私の母や母に似た境遇の人たちはこの状況では助けてあげられないのかなと思ってしまうのです。

3月14 日、土曜日

父の元同僚が亡くなりました。水曜に救急車で運ばれて行ったそうですが、それが家族が見た最後の姿です。家族の1人がフェイスブックで告知しました。私たちは新型コロナウイルスが原因ですかと尋ねられるほど親しい関係ではありません。

街路樹も花を咲かせ始めた。横断幕には「全ては上手く行く」と書かれている(ボルピさん提供)
街路樹も花を咲かせ始めた。横断幕には「全ては上手く行く」と書かれている(ボルピさん提供)

最終的には感染者かどうかということは大した違いになりません。今は誰であれ病院に運ばれたが最後、家族でさえ会えなくなるのです。家族は見舞いに行けません。病院で回復に向かえば良いのですが、自力で頑張るしかありません。もし良くならなければ独りで死ぬことになります。

人々が集まることを禁止された今、まともなお葬式をあげることもできません。結婚式や教会のミサ(典礼)も禁止の対象です。新型コロナウイルスはイタリア人をイタリア人たるものにしているハグやミサやサッカー、全て取り去ってしまいました。

人々はもちろんあきらめようとは思いません。兆候はフラッシュモブ(ネットなどを通じて呼びかけられた即興の集会)や定時に行われる窓からの合唱に出ています(彼らは国歌やイタリア民謡を歌います)。

バルコニーで歌うイタリア人の姿はネットで拡散され、他の国の人々からコミュニティーの結束を象徴するものとして賞賛されました。

一方、イタリア政府が導入した措置はやり過ぎと揶揄する声も聞かれます。私たちは単にWHOが成功例と認めた中国のやり方を踏襲しているだけです。

遅かれ早かれ、どこの国も中国のやり方に従わないといけないと確信しています。イギリスがやっているように彼らが待てば待つほど感染は広がるでしょう(ボリス・ジョンソン英首相は3月23日にロックダウンを宣言)。

私は7年間住んでいた英国の友人に、これがどれほど深刻であるかを説明しようとしてきましたが、いくつかの例外を除いて、彼らは私が妄想に取り憑かれているようだと思っているようです。

新型コロナウイルスの大流行は自分たちのところでは起きないという幻想を抱いています。これはイタリアや中国の問題だと考える方が安易なので、私はそう思いたい気持ちは部分的に理解します。

閉店したワインショップ。65歳以上には無料で配達している(ボルピさん提供)
閉店したワインショップ。65歳以上には無料で配達している(ボルピさん提供)

しかし、数日前、ジョンソン英首相は、新型コロナウイルスに感染して抗体を持った人が感染者を取り囲むような状況になって流行を終息に向かわせる集団免疫を獲得することが最善の戦略だと示唆し、愛する人をこのウイルスで失うことは避けられないと話しました。

こうした種の推論に関する問題は、病気になる人々はどんなケースでも医療を必要とし、一度に多くの患者が発生するとすでに財源不足に陥っているイギリスのNHS(国民医療サービス)を簡単に圧倒してしまうだろうということです。

イタリア全体がロックダウンされている理由の1つは、今、医療崩壊に瀕しているロンバルディア州の医療システムはイタリアにとどまらず、欧州でも最高級で、他の州の新型コロナウイルスの症例数は少ないものの医療システムはロンバルディア州ほど良くないからです。

政府は、少数の新型コロナウイルスの症例でさえ、他の州の医療システムに深刻な問題を引き起こす恐れがあることを知っており、それらを保護することを最初に決定しました。イギリスのNHSが利用できるリソースも実際には非常に限られているため、イギリス政府も同じことを行う必要があります。

3月15日、日曜日

私の一日はすべて、3歳になるトリュフ・ドッグ、ジャンゴとともに始まります。午前7時半、ジャンゴは朝食を求めてきます。これは検疫前の生活とそれほど変わりません。なぜならパートナーと私は、朝は家で仕事をして、夜は外に働きに出ていたからです。

愛犬ジャンゴとボルピさん(本人提供)
愛犬ジャンゴとボルピさん(本人提供)

しかしジャンゴを散歩に連れて行くのは難しくなりました。私たちは今、フェンスで囲まれた犬が自由に遊べる場所で1日に数分だけジャンゴを遊ばすことができます。新しい制限が導入されるように感じており、ひょっとすると近い将来それもできなくなるかもしれません。

私たちの住まいはとても狭いです。ちょうど50平方メートルかそこらの広さです。私たちはバルコニーや庭は持っていません。少し閉所恐怖症を感じ始めます。私はもう3週間近く家にいますが、4月はまだまだ遠いです。

今日、私は木に花が咲いていることに気づきました。温度は暖かくなっていますが、まだ寒い日もあります。検疫の下では時間の経ち方が違います。春が近づいていることに今まで完全に気づきませんでした。

私はスーパーマーケットからの帰り道、花の写真を撮りました。しかし何かを盗んでいるような小さな罪悪感を抱きました。後ろで救急車のサイレンの音が聞こえました。そうしたサイレンは私たちの昼と夜のサウンドトラックであり、バルコニーの歌は排除されます。

多くの人が死に直面し、誰かが命をかけてその命を救おうとしている時に花に足を止め、見つめることはつまらないことなのでしょうか。私は花に感謝します。花が咲くのを見つめていると、この目に見えない瞬間がこんな困難な時にも何かの価値を持つと信じています。

それは現代の詩人ゴールウェイ・キネル(1927~2014年)の詩を思い出させます。

ボルピさんが足を止めた花(本人提供)
ボルピさんが足を止めた花(本人提供)

そのつぼみ

すべてのものを表し、

開花しないものでも

内から自己を祝福するすべての花

時々それが必要になる

物事の素晴らしさに気づき直すために

死と悲しみが勝利するように見えるところでは立ち止まって気づくことが大切です。内から咲く花に再び気づくために、いかに物事が花開くのかを。そう、春は現実にやって来ています。私はそれに感謝しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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