Yahoo!ニュース

国民奉仕の東京五輪「最大2年間延期へ」IOCの判断を安倍首相も受け入れる

木村正人在英国際ジャーナリスト
延期される見通しとなった東京五輪(写真:ロイター/アフロ)

「延期の判断も行わざるを得ない」

[ロンドン発]新型コロナウイルスが世界中で大流行しているため、国際オリンピック委員会(IOC)が東京五輪・パラリンピックを最大2年延期する可能性があると英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)や英紙ガーディアンが報じました。公式発表は来月になるそうです。

新型コロナウイルスの感染者は世界で33万人を超え、死者も1万4000人を突破しました。IOCのトーマス・バッハ会長は選手たちに向けた書簡で「世界的に悪化している状況を踏まえ、IOC理事会は本日、シナリオの次のステップを開始した」と表明しました。

「あなたたちの多くは慣れている方法で準備したり訓練したりすることはできない。あなたの国の新型コロナウイルス感染症対策のために全く練習できない選手もいる。私たち全員が共有しているのは途方もない不確実性だ」

「この不確実性は私たちの神経を揺さぶり、前向きな未来についての疑念を高めたり強めたりする。それは希望を破壊する。それでも東京五輪の関する最終決定は時期尚早だが、今後4週間以内にこれらの議論を完了することができると確信している」

これを受けて、安倍晋三首相も23日午前の参院予算委員会で「仮にそれ(完全実施)が困難な場合は、アスリートの皆さんのことを第一に考え、延期の判断も行わざるを得ない」と述べました。

IOCと日本は五輪を中止しないという紳士協定に達した

FT紙によると、IOCは22日「日本当局、スポーツ団体、放送局、スポンサーのコミットメントと協力が必要になる。中止は議題ではない」と初めて延期の可能性を示唆。関係者は「IOCと日本が五輪は中止しないという紳士協定に達した。今の議題は延期の期間だ」と明かしています。

延期の選択肢は(1)来年夏(2)来年秋(3)2022年まで延期の3つだそうです。スポンサー企業によると、延期の選択肢は安倍晋三首相が全国一斉休校を要請した後の3月の第1週から議論されていたようです。しかし強硬開催を主張するIOCと日本に批判が集まっていました。

2012年のロンドン五輪組織委員会会長を務めた世界陸連のセバスチャン・コー会長が表明していた見解は次の通りです。

「いかなる代償を払ってでも五輪を開催すべきだとは思わない。選手の安全を犠牲にすべきではないことは確か。競争の公平性は最優先にされなければならない。平等な競争条件を失うと競争の完全性が失われる。誰もこれを望まない。少なくとも全ての選手とはファンは」

カナダの元アイスホッケープレーヤーでIOCアスリート・コミッションに選ばれたヘイリー・ウィッケンハイザー氏はこうツイート。

「今、私にできることは選手たちが感じている不安や悲しみに寄り添うことだけ。しかしこの危機は五輪より大きい。選手は練習できない。参加者は旅行プランを立てられない。にもかかわらずIOCは自信をもって予定通り開催すると主張している。鈍感で無責任だ」

リオ五輪で金メダルを獲得したギリシャのエカテリーニ・ステファニディ氏もロイター通信に「延期も中止もしないということは、IOCは私たち選手を危険にさらすということ。もし東京五輪が予定通り開催されないとしたら代替案(プランB)は何なの?」と疑問を唱えていました。

新型コロナは世紀に一度のパンデミックだ

世界保健機関(WHO)のラリー・ゴスティン公衆衛生・人権センター所長はこうツイートしました。

「東京五輪を予定通り開催すべきかどうか尋ねられている。 IOCの問いは WHOの判断に委ねられている。 五輪を予定通り開催することは全く無責任だ。どうしてか?  私はジカウイルス感染症(ジカ熱)にもかかわらずリオ五輪を開催する熱烈なサポーターだったが、新型コロナウイルスは世紀に一度のパンデミックだ」

大会組織委員会とIOCは2月以降、東京五輪のプランBはないと言い続けてきました。しかし新型コロナウイルスのワクチンができるまで、イギリスの場合は以下の公衆衛生的介入を実施して感染拡大を制御する方針です。

(1)症例の自宅隔離。咳または発熱がある人は7日間自宅に留まる

(2)自宅検疫。症状がある人の家族全員が14日間自宅に留まる

(3)社会的距離。世帯・学校・職場の外で接触を4分の3減らす

(4)高齢者の社会的距離。深刻な疾病リスクが最も高い70歳以上の人々のみ社会から距離を置く

(5)学校および大学の閉鎖(一斉休校)

ワクチンができるまで流行は終息せず、それまでに2年はかかるそうです。感染症の流行は公衆衛生的介入を強めればいったん収束に向かっても、緩めればまた流行します。市民に自由制限を求めながら世界中から人が集まる五輪は予定通り開催するというのは矛盾しています。

中国に続いてイタリアやスペインで起きている状況を目の当たりにすると流行が落ち着くまでに世界中で何人の人が亡くなるのか想像もできません。五輪が延期になると影響が大きく、IOCにも日本政府にも予定通り開催したいという強い願望があったのは理解できます。

読売新聞が20~22日に行った全国世論調査で東京五輪・パラリンピックの開催を「延期する方がよい」と答えたのは69%。「予定通り開催」は17%、「中止」は8%でした。ANNの世論調査でも「延期」は74%、「予定通り開催」は14%、「中止」は9%でした。

国の支出や大会組織委員会の公表分、東京都の見込む関連経費を合わせた総コストが3兆円に達するのは確実(共同通信)とみられる中、延期でコストがさらに膨れ上がるのは必至。IOCの収入の7割以上は放映権によるため世界のTVネットワークとの交渉も迫られます。

IOCのバッハ会長にも、安倍首相にもアスリートファーストだけでなく市民ファーストの視点が必要だったのではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事