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「私たち看護師はマスクのようなもの、使い捨ての」新型コロナで医療崩壊するイタリアの死者、中国を上回る

木村正人在英国際ジャーナリスト
イタリアの看護師アレッシア・ボナリさんのInstagramより

新聞が訃報で埋まる

[ロンドン発]欧州を襲う新型コロナウイルスの“震源地”イタリアの死者が中国を上回りました。無症状病原体保有者や軽症者が広げる「ステルス感染」に気付かず、病院でクラスター(感染者の集団)を発生させたうえ、都市封鎖が遅れたのが原因です。

ツイッターで伊北部ロンバルディア州ベルガモの地元紙に掲載された訃報が紹介されています。2月9日には1ページ半だったのに、3月13日には実に10ページに膨らみました。

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同州コドーニョで38歳の男性が「気分が悪い」とかかりつけ医を訪れたのは2月14日のこと。インフルエンザと診断されますが、2日後、症状はさらに悪化して病院を訪れました。

それまで男性は元気に活動して家族らに感染させ、病院で医師や看護師、他の患者への感染を広げたとみられています。

ジュゼッペ・コンテ伊首相は「アウトブレイクの原因は病院のエラーだ」と糾弾しました。このため、医療従事者は「私たちはヒーローでもなければ、感謝の言葉を求めているわけでもない。しかし政治指導者の非難はウイルス以上に私たちを傷つける」と猛反発しています。

致死率はイタリア8.3%、中国4%

3月19日現在、イタリアの感染者は4万1035人、死者は3405人、致死率は8.3%です。一方、中国の感染者は8万1155人、死者は3249人、致死率は4%です。致死率に開きがあるのは中国がPCR検査だけではなくCTスキャンによる肺炎の診断も判定基準に加えたことが一つ。

英インペリアル・カレッジ・ロンドンMRCセンターによると、中国湖北省での致死率は18%、中国本土からの旅行者では1.2~5.6%、全体では1%前後まで下がるという分析結果を公表しています。どうしてこれだけ致死率にばらつきが出るのでしょう。

母数の感染者を数える基準を広げれば致死率は下がります。しかし本来なら感染者の1%前後に収まるはずの致死率が跳ね上がるのは、診療者や病院を無症状病原体保有者や軽症者が訪れ、医師や看護師に感染させてクラスターが発生、重症・重篤患者の数が医療資源を上回る”津波”現象が起きるからです。

中国保健当局の対策チームが発表した論文によると、2月11日の時点で医療従事者の3019人が感染。イタリアでは100万人の医療従事者全体の約0.3%に当たる2898人が新型コロナウイルスに感染しています。感染者に占める割合は実に7%にのぼっています。

風邪を引いたかなと思った人が新型コロナウイルスに感染していることを知らずに診療所や病院を訪れると大変なことになります。病院からクラスターの連鎖的発生が起きて感染を爆発的に拡大させてしまうのです。

しかも濃厚接触者の医師や看護婦は自己隔離が必要になって働けなくなってしまいます。医療従事者の中からも犠牲者が出ています。

「新型コロナと戦うためにまず医師と看護師を守ろう」

エビデンスに基づく医療を提唱するNPO(非営利団体)GIMBE財団のニノ・カルタベロッタ代表は「もう話す必要はありません。新型コロナウイルスから私たちを守らなければならない医師や看護師を適切に守りましょう」とツイッターで呼びかけています。

「われわれはまだ個人の自由を語りたいのか。それとも全ての民主主義国家が新型コロナウイルスに敗北するのを甘んじて受け入れるのか」。イタリアでは新型コロナウイルスに感染した1万8255人が入院し、うち2498人が集中治療室(ICU)で治療を受けています。

「イタリアは海外から人材を輸入して、若者を戦いに投げ込んでいる。しかし適切な防護具を与えなければ、装備なしで兵士たちを戦場に送り込むようなものだ」。ツイートには、イタリアの医療を崩壊に追い込んだ政治への怒りが込められています。

イタリアでは欧州債務危機で医療費が大幅に削減されました。

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都市封鎖など公衆衛生的介入が遅れれば、どんなに優れた医療システムを持っていたとしても中国湖北省武漢市やイタリア北部、イランの後を追うのを回避することはできません。

新型コロナウイルス感染症の治療に当たる医療従事者の2割が感染しているという報告もあり、保護具の不十分さを浮き彫りにしています。伊政府は資格試験を免除して1万人の医学生を通常より8~9カ月早く医療現場に投入します。まるで戦時下日本の“学徒出陣”を思い起こさせます。

イタリアの看護師「仕事に行くのが怖い」

伊中部トスカーナ州の看護師アレッシア・ボナリさんは6時間にわたってゴーグルを着用した後、顔にその青あざができた写真を3月9日にインスタグラムに投稿しました。戦闘機乗りのゴーグルを連想させます。アレッシアさんはこう訴えます。

アレッシアさんのインスタグラム
アレッシアさんのインスタグラム

「私は看護師で今、医学的緊急事態に直面しています。私は仕事に行くのが怖いです。マスクが顔にうまく密着していなかったり、汚れた手袋で誤って自分に触れたり、ゴーグルが私の目を完全に覆っていなかったりしたため、何かが通過した可能性があることを私は恐れています」

「保護具は私を身体的に傷付けます。白衣で汗をかきます。いったん防護服を着ると6時間、トイレに行ったり水分を補給したりすることはできません。私は心理的に疲れています。しかし自分の仕事を誇りに思い、愛しているので、患者の看護を続けます」

「この投稿を読んでいる若者にお願いするのは、私たちの努力を無駄にしないよう、自宅にとどまっていて下さい。若くても感染して発症する恐れがあります。さらに悪いことには誰かを感染させてしまう恐れすらあるのです」

「私には自宅に戻って自己隔離するという贅沢をする余裕はありません。私は職場に行って、自分の務めを果たします。だからあなたはあなたのできることをして下さい。どうか、お願いします」

ロンバルディア州クレモナで働く看護師は疲労のあまりラップトップの上に突っ伏して泥のように眠っています。

看護師は十分に保護されているわけではありません。看護師の1人がロベルト・スペランツァ保健相に手紙を書きました。「私たちは基本的に使い捨ての看護師です。マスクのようなもの、使い捨ての」。イタリアでは医師と看護師の対ウイルス塹壕戦が果てしなく続いています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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