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「ステルス感染」が新型コロナの爆発的流行を起こす 「検査、検査、検査」を呼びかけたWHOの波紋

木村正人在英国際ジャーナリスト
WHOの大号令で世界中で論争を巻き起こすPCR検査(写真:ロイター/アフロ)

英国も一斉休校に大転換

[ロンドン発]新型コロナウイルスの大流行で18日、イギリスの感染者が1日で700人近く増え、死者の累計も104人になり、ボリス・ジョンソン首相は20日から学校やカレッジ(中等・高等教育機関)、保育園の一斉休校に入ると発表しました。期限は決められていません。

学校の一斉休校は流行終息まで「出口戦略」が立てられないため、最後の最後の手段という位置付けでした。ジョンソン首相の方針転換は感染拡大のスピードが一気に加速し、感染をゆっくり進めて集団免疫を獲得する戦略への批判が一段と強まったためとみられます。

ただし医師・看護師・警察官・消防士・救急救命士・宅配サービスの運転手ら緊急時に不可欠なサービスを提供する労働者の子供や特別なケアを必要とする子供は例外です。重症・重篤患者が津波のように押し寄せる医療崩壊に備えるNHS(国民医療サービス)の訓練も始まりました。

救急救命センターや呼吸器科以外の医師や看護師は心臓マッサージや気管挿管、人工呼吸器の装着を演習しています。テレビでその様子を観ているだけでも悲壮感が伝わってきます。重篤患者の最期の言葉はスカイプで家族に伝える方針で、遺体安置所が拡張されています。

新型コロナ検査を1日5000件から2万5000件に

ベッド3万床を空けるため通常の手術は中止されました。英政府は新型コロナウイルスの感染拡大を正確に把握するため病院の患者に対し1カ月以内に現在の1日5000件から2万5000件の検査を実施できるようギアアップし、感染が最も疑われるケースから優先して実施します。

病院の外でPCR検査をできる仮施設を設置。ジョンソン首相は企業に政府と協力して新型コロナウイルスの抗体ができているかどうか調べる抗体検査試薬の開発を急ぐよう要請しました。感染した医師や看護師、キーワーカーが現場復帰できるかどうか確かめるためです。

4時間で結果が出るPCR検査キットを開発した米メーカー、サーモ・フィッシャー・サイエンティフィックは4月までに1週間で500万キットを製造すると発表。英首相官邸にもキットを持ち込みました。スイスの製薬企業ロシュのキットは3時間半で結果が出ます。

WHOが「検査、検査、検査」の大号令

世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長が16日「すべての国にシンプルなメッセージがあります。テスト(PCR検査)、テスト、テスト。 疑いのある全症例を検査して下さい」と大号令をかけました。

PCR検査の実施件数がお隣の韓国に比べ格段に少ない日本でも「どうして日本は韓国のようにドライブスルーのPCR検査ができないの」という疑問と不満が広がっており、イギリスでも「もっと検査をしないと感染拡大の本当の姿が見えてこない」と論争になっていました。

イギリスでは計5万6221件のPCR検査が行なわれ、2626人が陽性でした。

16日の定例記者会見からアダノム事務局長の発言を見ておきましょう。「私は全ての国が包括的なアプローチをとる必要があると言い続けていますが、感染を防ぎ、命を救う最も効果的な方法は感染の連鎖を断ち切ることです」

「目隠しされたまま炎と戦うことはできません。誰が感染しているか分からない場合、このパンデミック(感染症の世界的大流行)を止めることはできません」

「 疑いのある全ての症例を検査し、陽性である場合、隔離し、発症する2日前までに誰がその陽性者に濃厚接触していたか見つけ出し、そうした濃厚接触者もテストして下さい」

「 世界的な需要を満たすために毎日さらにキットが生産されています。WHOは120カ国にほぼ150万キットを出荷しており、キャンペーン会社と協力して最も必要としている人たちがテストを受けられるようにしています」

「爆発的なステルス感染」を止めろ

下は貧困や疾病、飢餓、気候変動、紛争、絶滅リスク、格差などグローバルな問題に取り組むサイトOur World in Dataのデータから筆者が作成したグラフです。日本とアメリカのPCR検査が他の国に比べて少ないことが浮き彫りになっています。

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日本医師会によると、医師が必要と判断したにもかかわらずPCR検査につながらなかった「不適切事例」が全国で少なくとも290件もあったそうです。韓国や中国、他の先進国にできることが日本にはできなくなってしまったのが「失われた30年」の悲しい現実です。

同サイトはこう指摘しています。「検査の割合が低すぎると、何が起こっているのか把握できない。多くの国で検査の実施率が低いのは軽度の症状のため検査を受けていないか、多くの国で検査能力が低いからだ」

検疫中に集団感染が明るみに出たクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では感染者712人のうち無症状病原体保有者は333人(43.8%)。全乗員乗客が下船した時点では55.5%でした。無症状病原体保有者を把握できない限り「ステルス(見えない)感染」は止められません。

検疫開始時に乗員乗客3711人全員のPCR検査を実施する能力があれば、「見えない感染」と戦うことができたかもしれません。

米コロンビア大学公衆衛生大学院は16日、新型コロナウイルスの大流行のエピセンター(発生源)である中国湖北省武漢市では重症化していない軽症者や無症状病原体保有者から「爆発的なステルス感染」が広がったとする論文を米誌サイエンスで発表しました。

ポイントは次の通りです。

(1)1月23日に中国湖北省武漢市が閉鎖する前に全ての感染の86%が未検査だった

(2)検査を受けた感染者の3分の2は未検査の人から感染

(3)大規模な移動制限と規制措置が実施された後、感染はそれほど速く広がらなかった

ジェフリー・シャーマン教授(環境健康科学)は「中国での爆発的な感染は軽度、限られた症状の人、無症状病原体保有者が主な原因だ。未検査の感染者は非常に多く、感染力がある。これらのステルス感染は流行封じ込めの大きな課題になる」と話しています。

PCR検査の課題

免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授はPCR検査について「もっとできるようになることが望ましい」としながらも、次のような懸念を示しています。

「PCR検査は何時間もかかり、その割に偽陽性も偽陰性も出る。お金がかかる」「開業医のところに患者がPCR検査をしてほしいと来たらどうなるのか。クリニック全体が汚染される可能性がある。ダイヤモンド・プリンセスで起こったようなことが開業医や病院の待合室で起きる」

アメリカの医師会が発行する米医学雑誌ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション(JAMA)にPCR検査に関する中国の報告が掲載されています。PCR検査による陽性率には検体を採取した部位によって大きな違いが出ます。

下気道洗浄液93%

痰72%

鼻ぬぐい液63%

喉ぬぐい液32%

糞便29%

新型コロナウイルス感染症では痰が採取できるケースはそれほど多くありません。ドライブスルーや簡易施設で採取できる鼻ぬぐい液や喉ぬぐい液の陽性率は低くなる恐れがあります。

「ステルス感染」と戦う新兵器として抗体迅速検査キットの開発・実用化競争が激しさを増しそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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