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新型コロナ なぜ一斉休校しないのか? 英国の首席科学顧問がお答えします イランでは長さ90mの墓穴

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナの米入国停止措置を受け、欧州株が急落(写真:ロイター/アフロ)

「熱や咳があれば1週間自己隔離を」

[ロンドン発]新型コロナウイルスの流行で、ボリス・ジョンソン英首相は12日、イングランド主席医務官と政府首席科学顧問と並んで会見し「私たちの世代が経験する公衆衛生上最悪の危機だ」と宣言。「熱や咳のみられる人は1週間自宅で自己隔離して下さい」と呼びかけました。

ジョンソン首相は神妙な表情で「自分は英国民に対して正直でなければならない。より多くの家族が彼らの愛する人たちを失うことになる」と語りかけました。

イギリスは「封じ込め」フェーズから感染のピークを遅らせて山を低くする「遅延」フェーズに移行します。ピークは10~14週間後にやってくるとみています。

海外への修学旅行の中止や基礎疾患のある人のクルーズ船旅行の自粛も呼びかけました。

欧州連合(EU)の加盟国がスポーツイベントなど大規模集会の中止や一斉休校など大胆な措置をとる中、作戦の逐次実行に徹しています。

イギリスの感染者は596人、死者は10人、集中治療室(ICU)で治療を受けているのは20人超です。

パトリック・ヴァランス政府首席科学顧問は「イギリスの実際の感染者は他国の検査数と陽性率を見ると5000人から1万人いるとみられます」と分析。もはや感染を止めるのは不可能なのでゆっくり感染して集団免疫を獲得すると明言しました。

免疫を持つ人が一定割合まで増え、感染を防ぐようになることを「集団免疫を獲得する」と言います。数理モデルをつくる英インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授のこれまでの発言を聞く限り、イギリスの集団免疫レベルの基本シナリオは60%とみられます。

来シーズンにはワクチンが開発されている可能性があるため、感染して自分で免疫を獲得した人とワクチン接種を受けた人の割合をコントロールしながら60%に持っていく戦略と筆者はみています。

しかし、それを国民向けの記者会見で公言するとは思ってもみませんでした。

「今封じ込めすぎると冬に病院がパンクする」

今封じ込めすぎて感染のピークがNHS(国民医療サービス)の繁忙期である冬にやって来ると大変なので一番暇な夏に来るようにコントロールする目標まではっきり示しました。最悪シナリオの罹患率はドイツの70%を上回る80%に設定して実行計画を立てていると言います。

ヴァランス顧問によると、スポーツイベントなど大規模な集会より感染リスクが高いのは密閉空間での密接な会合だそうです。今、一斉休校をしない理由についてヴァランス顧問はユーモアを交えてこう説明しました。

「休校の効果はあるものの最小限です。効果を上げるのは13~16週間以上の休校が必要になります。しかし子供に友達と会ってもダメ、おしゃべりしてもダメと言っても実行できる可能性はゼロであることぐらい最先端の数学者でなくても分かるでしょう」

ジョンソン首相は「一斉休校は効果より害の方が大きい」と説明しました。もちろん状況が変わって特別なアドバイスがあれば休校するという選択肢は残しているそうです。

イタリアの轍を踏まないためには

フライト制限についても中国便を95%削減してもエピデミックを1~2日遅らすぐらいの効果しかなく、50%ぐらい減らすのがちょうど良いとの見方も示しました。「封じ込め」が破綻した今、イギリスは新型コロナウイルスにも「いい加減」に対処しようとしているようです。

一方、イタリアの感染者は1万5113人、死者は1016人に達しました。イギリスの感染者と比較してみました。

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この日の記者会見によると「イギリスの感染はイタリアより4週間遅れて進んでいる。イタリアのようなカーブを描いて感染が拡大するのか否かは今後の取り組みにかかっている」そうです。イギリスの基本戦略は次の通りです。

(1)ハッピーバースデーを2回歌いながら石鹸と温水で手を洗う

(2)熱や咳の症状がある人は1週間、自宅で自己隔離→ピークを20~25%削減

(3)家族全員を自宅で隔離→ピークを25%削減(未実施)

(4)新型コロナウイルスに脆弱なお年寄りをケア→死亡率を20~30%削減

集団免疫を獲得するまで先は長いので今からあまり頑張りすぎないようにというアドバイスもありました。

イランでは遺体を埋める長さ90メートルの墓穴

一方、中東のホットスポット、イランに関しては、米紙ワシントン・ポストが12日、犠牲者の遺体を収納した複数の納体袋や人工衛星がとらえた新しい墓穴の列の動画や写真を報じました。

公式発表によるとイランの感染者は1万75人、死者は429人ですが、実際にはもっと被害が膨らんでいる恐れがあります。

同紙によると、イランが首都テヘランから南に約120キロメートルのコムで2人の陽性患者が死亡したと発表したのは2月19日。その2日後にはコムにある墓地で新しい墓穴が掘り始められました。2つの溝の長さは合計して約90メートルもあります。

死者の中には議員、元外交官、最高指導者の上級顧問も含まれ、副大統領ら多数の要人も感染していることが明らかになっています。コムの墓地だけで公式に発表された全国の犠牲者以上の遺体が埋められていたそうです。

反米のイランは中国と密接なつながりを持っています。医療崩壊に瀕しているイタリアよりはるかに脆弱なイランの医療システムは完全に崩壊しているかもしれません。これだけ感染が広がると実際の犠牲者は指数関数的に膨れ上がっている恐れすらあります。

日本では「緊急事態宣言」を可能にする法案

それぞれ国によって新型コロナウイルスの対策は異なります。地理的な条件や気候も違うし、生活習慣や医療制度も異なるからです。新型コロナウイルスも2009~10年の新型インフルエンザ同様、日本の死亡率が世界の中でも少なくなる可能性は十分にあると筆者は考えます。

しかしそれは個人対策の徹底によるところが大きいのでしょう。手洗いのほか人混みを避けたり、自分を感染から守るためには役に立たないマスクが逆に人にうつすのを防ぐ効果を上げたりしているからです。

それと日本は何と言っても現場のお医者さんが献身的です。新型インフルエンザの教訓を生かし、医療機関と自治体の連携も構築されています。そして、新型コロナウイルスのさらなる感染拡大に備え「緊急事態宣言」を可能にする法案が13日成立する見通しです。

専門家会議の見解(3月9日)によると「1人の感染者から2次感染させた平均の数は概ね1程度で推移」「日本国内では感染が確認された発症者 366 例のうち55 例(15%)は既に軽快し退院。日本では死亡者数は大きく増えていない」そうです。

日本はPCR検査の数が少ないので感染者の数ははっきりとは分かりませんが、今のところ感染者639人、死者16人です。安倍晋三首相がどのフェーズを意識して何を目指しているのか筆者には全く分かりません。同じ島国でもイギリスと日本は随分違うなあと改めて実感します。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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