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新型コロナ なぜトランプ大統領は英国を除く欧州の入国禁止を発動したのか 再燃する欧州危機

木村正人在英国際ジャーナリスト
英国を除く欧州の入国禁止を発動したトランプ米大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「外国のウイルスと立ち向かう」

[ロンドン発]新型コロナウイルスに関する世界保健機関(WHO)のパンデミック(世界的な大流行)宣言を受け、アメリカのドナルド・トランプ大統領は13日から30日間、欧州のシェンゲン協定国26カ国に過去14日間滞在した外国人の入国を禁止すると11日夜、表明しました。

入国禁止措置の表明は中国、イランに続いて3カ所目です。

1月31日、香港とマカオを除く中国

2月29日、イラン

3月11日、シェンゲン協定国26カ国(感染者1万7442人、死者711人)

シェンゲン協定を結んでいる欧州連合(EU)加盟国中22カ国と欧州自由貿易連合(EFTA)加盟4カ国の間ではパスポート(旅券)なしで人の移動が自由に認められています。ホワイトハウスによると、シェンゲン圏由来の感染は53カ国201人に広がっています。

米疾病予防管理センター(CDC)によると、レベル3(広範な感染が継続している国)は中国、イラン、イタリア、韓国。イタリアが「第二の武漢」と化し、医療崩壊に瀕する中、トランプ大統領は「外国のウイルス」が国内に持ち込まれるのをシャットアウトする方針です。

「アメリカの幸福を第一に考える」

ホワイトハウスからテレビ演説したトランプ大統領は「EUはアメリカと同じ感染予防措置を講じておらず、中国やその他のホットスポットからの旅行を制限していない。その結果、欧州の旅行者によってわが国で新しいクラスター(集団感染)が多数引き起こされた」と指摘。

EUから離脱し、シェンゲン圏にも入っていないイギリスについて「われわれが議論しているのは欧州からアメリカに来るものだ。これらの制限はイギリスには適用されない」とあえて言及しました。英米間の自由貿易協定(FTA)交渉をにらんだメッセージでしょうか。

トランプ大統領は11月に迫る大統領選を意識して「アメリカ国民の生命・健康・安全を守るために必要な措置をとることを躊躇(ちゅうちょ)しない。私は常にアメリカの幸福を第一に考える」と強調しました。下は米ョンズ・ホプキンズ大学CSSEの新型コロナウイルス感染マップです。

米ョンズ・ホプキンズ大学CSSEより
米ョンズ・ホプキンズ大学CSSEより

茶色の円グラフは回復者や死者を除いた現在の感染者数を表しています。今や欧州が中国と並ぶホットスポットになっていることが一目瞭然です。WHOのパンデミック宣言で世界的な対策フェーズは封じ込めから遅延・緩和フェーズに重心を移したことは明らかです。

それでもトランプ大統領が封じ込めにこだわった理由は2つあると思います。トランプ大統領は当初、新型コロナウイルス対策に熱心ではありませんでした。大統領選を前に有権者に目立つ対策をアピールして信頼を回復する狙いがあります。

「外国のウイルス」という言葉を使ったのも自分の支持層に訴える狙いがあるのでしょう。

もう一つが医療制度の問題です。かなり古いデータになりますが、2000年のWHO報告書によると、医療制度の世界ランキングは今まさに医療崩壊に瀕しているイタリアは2位。アメリカは37位。ちなみに日本は10位です。

ワクチンも治療法も見つからない新型コロナウイルスが国内に侵入するとイタリアを上回る大惨事になりかねないという現実的な危機感があると思います。

イタリアの悲劇

今年2月11日、イタリアのジュゼッペ・コンテ首相はEUの欧州議会でこんな演説をして激しい批判を浴びました。

「さまざまな形で欧州市民がエリートに突き付けている強力な反対は私たちの良心に語りかけている。政治は経済的合理性を主張し過ぎて宿題をしておらず、その使命を放棄していることを私たちに思い出させる」

EUは欧州単一通貨ユーロの安定を最優先にしたため緊縮策を緩めず、イタリアのような重債務国を苦しめています。北アフリカや中東に近いギリシャ、イタリア、スペインに難民が押し寄せても十分な支援をしませんでした。

「欧州は一つ」の理想とは裏腹に「自国第一」の本音が浮き彫りになりました。

今回の新型コロナウイルス流行でも、ドイツ政府はマスクやその他の防護具の輸出を禁止。フランス政府はマスクの製造管理に乗り出しました。チェコ政府もマスクの供給を国内にとどめるよう要請しました。こうした動きに対する批判はドイツに向けられています。

一方、中国は医療崩壊に瀕するイタリアに200万枚以上のマスクと1000台の人工呼吸器などの医療機器を輸出します。手始めにハイテクマスク10万枚、防護服2万着、5万人分のPCR検査キットを送る準備をしています。

今回の新型コロナウイルス・パンデミックを引き金にさらに中国になびくEU加盟国が増えるのは避けられそうにありません。

歴史は繰り返される

伊ミラノで暮らす知人は「最近のニュースはイタリアでの流行はドイツから広がったと報じました。上海を訪れ、現地の同僚からうつされたたドイツ人男性が欧州最初の感染者の可能性があるという内容でした」と話します。

ペスト禍に見舞われた1630年のミラノを描いた伊作家アレッサンドロ・マンゾーニの『婚約者(いいなづけ)』にも「アレマン(ドイツ南西部)の人々がミラノに持ち込むことを恐れていたペストが本当にやって来た。国中に広がり、多くの人が犠牲になった」という一節があります。

「欧州はしっかりつながっており、ドイツはその中心にあるので新型コロナウイルスの感染がそこから始まったと考えるのは合理的です」と知人は言います。他のイタリア出身の知人もドイツから新型コロナウイルスは持ち込まれたという説を信じています。

歴史の悪夢は繰り返すのでしょうか。トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が国境開放を宣言したため、2月末から難民が再びギリシャ国境に殺到、再び緊張が高まっています。

マッテオ・サルビーニ書記長率いるイタリアの極右政党「同盟(旧北部同盟)」は「われわれは国境管理の強化を求めてきたが、人種差別主義者と非難された。しかしイタリアは新型コロナウイルスにより大きな被害を受けている国の一つになったではないか」と主張しています。

同盟に属するベネト州のルカ・ザイア知事は「中国人は生きたネズミを食べる」という発言で謝罪に追い込まれました。同盟の欧州議会議員は「必要があればシェンゲン協定を一時停止すべきだ」と求めています。

新型コロナウイルスは欧州に新たな危機をもたらしています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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