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新型肺炎「日本は五輪のため感染者を少なく見せようとしている」PCR検査を巡る陰謀論に与するな

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルスの感染を調べるPCR検査機器(写真:ロイター/アフロ)

「全ての人への検査は有効ではない」

[ロンドン発]現状では新型コロナウイルスを検出できる唯一の検査法であるPCR検査を巡り、激しい論争が起きています。日本の検査件数は1日平均約900件にとどまり、中国メディアから「東京五輪を開催するため感染者を少なく見せようとしている」と批判されています。

PCR検査は偽陽性、偽陰性が出る可能性があるものの、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は「唯一の検査法であり、必要とされる場合に適切に実施する必要がある。国内で感染が進行している現在、全ての人にPCR検査をすることは対策として有効ではない」と指摘しています。

「既に産官学が懸命に努力しているが、設備や人員の制約のため、全ての人にPCR検査をすることはできない。急激な感染拡大に備え、限られたPCR検査の資源を、重症化のおそれがある方の検査のために集中させる必要があると考える」と重症化の早期発見に全力を注ぐ考えです。

加藤勝信厚生労働相は26日、国立感染症研究所や地方衛生研究所、民間への委託を合わせて最大で1日約3800件が可能と説明していたPCR検査について18~24日の実施件数は1日平均約900件と想定を大幅に下回っていることを明らかにしました。

乗員乗客705人、厚労省の職員や検疫官ら7人の集団感染という「疫学的大災害」(米紙ニューヨーク・タイムズ)を引き起こした英国船籍のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の検疫でも検査能力の限界から感染拡大の実態把握が遅れてしまいました。

「五輪開催の判断期限は5月下旬」IOC委員

国際オリンピック委員会(IOC)のディック・パウンド委員はAP通信に「自信を持って東京五輪を開催できるか問わなければならない。今のところ問題はないが、5月下旬が判断の最終期限だ。IOCがパンデミックの状況に選手を送り込むようなことはない」と発言しました。

中国の独立系メディア、財新は「民間に委託すれば日本は1日に9万件を超える検査を実施する潜在的な能力があるのに、政府は検査の数を減らそうとしている。感染者の数を少なく見せることができるからだ」と疑問を唱えています。

記事中、民間を検査から排除することで国立感染症研究所は検査の予算を増やすことができ、政府は東京五輪を予定通り開催できるという陰謀論まで匂わせています。安倍政権があまりにもPCR検査に後ろ向きだったため疑問視する専門家も少なくありません。

米食品医薬品局(FDA)の元長官スコット・ゴットリーブ氏は24日に「韓国では新たに感染者161人と死者1人が報告された。(略)日本は韓国ほど検査を実施しておらず、感染経路が追えない事例の割合が多い。日本は大きなホットスポットになる恐れがある」とツイート。

26日時点で韓国の感染者は1261人、死者12人(日本は感染者189人、死者2人)。韓国の検査能力は1日7500件でしたが、24日には1万3000件までアップしました。

韓国の文在寅大統領は集団感染を引き起こしたとみられる新興宗教団体の信者20万人以上を検査して感染者を隔離して感染拡大を防ぐ方針です。

「このままでは、東京五輪はだめでしょうね」

日本の茶の間でもおなじみの医療ガバナンス研究所の上昌広(かみ・まさひろ)理事長もただならぬツイートを連発しています。

厚労省は2月17日、公費負担で行われる行政検査の対象について各自治体に以下の事務連絡を送っています。

(1)37.5度以上の発熱かつ呼吸器症状を有し、入院を要する肺炎が疑われる者(特に高齢者または基礎疾患があるものについては、積極的に考慮する)

(2) 症状や新型コロナウイルス感染症患者の接触歴の有無など医師が総合的に判断した結果、新型コロナウイルス感染症と疑う者

(3) 新型コロナウイルス感染症以外の一般的な呼吸器感染症の病原体検査で陽性となった者であって、その治療への反応が乏しく症状が増悪した場合に、医師が総合的に判断した結果、新型コロナウイルス感染症と疑う者

(4)季節性インフルエンザにかかる検査やその他一般的な呼吸器感染症の病原体の検査で陰性であった場合

限りがある医療資源

上氏の懸念はそれでは手遅れになるということなのでしょう。

しかし医療資源には限りがあります。検査能力の拡大を図る必要があるものの、韓国のように全数把握を目指すより、高齢者や持病のある人が重症化する前に早期発見して治療に専念した方が賢明だと筆者は思います。

専門家会議もパレートの法則80:20に従って80より20に優先的に取り組む方針を明確に示しています。新型コロナウイルスの研究論文によると重症化すると呼吸不全から多臓器不全を引き起こす恐れがあります。8割は軽症で自宅療養していれば自然と治ります。

感染症指定病院の病床数は非常に限られています。水際作戦の最前線が突破されてしまった今、流行のピークを遅らせる一方で最終防衛ラインを犠牲者の最小化に置くのは決して間違った考え方ではありません。

健康な人は睡眠や栄養を十分にとって適度な運動で抵抗力を高める。風邪を引いたかなと思ったら自宅で療養するのが公衆衛生のルールです。

パニックを起こして病院や診療所に殺到して、医療従事者を感染させたり逆に自分が感染したりするマネは厳に慎まなければいけません。

1日約3800件(日本の人口は約1億2680万人)の検査目標はイギリスの約1500件(人口6644万人)に比べてもそれほど見劣りしているわけではありません。

病院や診療所、薬局には行くなと釘を刺すイギリス

アフリカからの渡航者が多いイギリスでは感染症対策は確立されています。

この2週間内に中国の湖北省に、2月19日以降イラン、封鎖されているイタリア北部、韓国の“特別警戒地域”に滞在していた人はすぐに111番に電話するよう呼びかけています。

この2週間に中国や韓国、タイ、日本、香港、台湾、シンガポール、マレーシア、マカオに滞在していた人についても咳や高熱、息切れの症状があれば111番。2月19日以降イタリア北部のその他地域、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーに滞在していた人も同様です。

新型コロナウイルスの感染が確認された人に接触した人にも111番を呼びかけています。

疑い例の恐れのあるグループは自宅待機させ111番で対応するので、間違っても病院や診療所、薬局には行かないよう釘を刺しています。パニックが起きるとそれでなくても人手不足の医療現場が麻痺してしまったり、逆に感染を広げてしまったりする恐れがあるからです。

陰謀論の源泉

筆者は安倍政権と専門家会議がぐるになってPCR検査を怠っているという陰謀論には与しません。それこそパニックを引き起こすインフォデミックに他なりません。

しかし陰謀論の根っこには森友・加計・桜を見る会問題など安倍政権の隠蔽・忖度(そんたく)体質があります。安倍政権は科学者主導の体制を構築して、もっともっと透明性を高めていかなければ新型コロナウイルスと闘うことはできないでしょう。

日本医師会は26日、PCR検査を巡り医師が必要と判断したのに検査できない不適切事例がないか全国調査する方針を示しました。新型コロナウイルスの重症患者を死なせないよう検査のスケールアップとスピードアップが急務なのは言うまでもありません。

相談窓口の電話番号も分かりやすい「567(コロナ)」などで統一し、音声認識やチャットボックスを利用して必要な人に必要な情報やサポートを迅速に提供できるシステムを構築してはどうでしょうか。人工知能(AI)による自動診断や、遠隔診療も検討課題だと思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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