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韓国映画『パラサイト』のアカデミー賞受賞にトランプ米大統領がかみついた理由を考えてみた

木村正人在英国際ジャーナリスト
『パラサイト』のポン・ジュノ監督と韓国の文在寅大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「今年のアカデミー受賞作品はなんて最悪なんだ」

[ロンドン発]「ところで今年のアカデミー受賞作品はなんて最悪なんだ」――。

ドナルド・トランプ米大統領は20日、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が米アカデミー賞で外国語映画として初の作品賞を含め、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞と最多4部門に輝いたことに不満を爆発させました。

米西部コロラド州での支持者集会。トランプ大統領は「今年のアカデミー賞の勝者は韓国作品。いったいどうなっているんだ。韓国とは十分過ぎるほどの問題を抱えている。貿易がその代表だ。なのにアカデミーは韓国に(最高の栄誉である)作品賞を与えた」とまくし立てました。

「そんなに良い映画なのか。『風と共に去りぬ』(1939年公開、作品賞、監督賞など10部門受賞)を取り戻せないか。『サンセット大通り』(1950年公開、脚本賞など3部門受賞)はどうだ」

「アメリカには非常に多くの良い映画がある。ところが今年の勝者は韓国作品だった。私は国際映画賞とばかり思っていた。あれは外国作品だ。こんなことは以前は起こらなかった」。トランプ大統領の発言は大統領選での再選に向け支持者を固める狙いがあるのでしょうか。

『パラサイト』はアカデミー賞受賞でアメリカでのチケット販売は234%も伸びました。米国の配給会社ネオンはツイッターで「無理もない。彼は(字幕を)読めないから」とやり返しました。

膨らむアメリカの対韓国貿易赤字

再びリベラルに舵を切ったアカデミー賞に反発するトランプ大統領の白人至上主義、人種差別主義、米国第一の外国排斥という構図で片付けてしまうのは単純過ぎるように思います。

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米韓間の最大の懸念はアメリカの対韓国貿易赤字です。95%の品目の関税を撤廃する米韓自由貿易協定(FTA)が2012年に発効。それ以来、上のグラフを見れば分かるようにアメリカの貿易赤字は急激に膨らみ、トランプ大統領になってFTAを改定しました。

しかしアメリカの対韓国貿易赤字は両国間の時限爆弾としてくすぶり続けています。

トランプ大統領は2018年6月、シンガポールで開かれた初の米朝首脳会談後、単独記者会見に臨み「将来的には在韓米軍を撤収したい」と語りました。トランプ大統領が「在韓米軍の撤収」を北朝鮮の非核化の取引材料にすることに朝鮮半島の専門家から強い懸念が示されました。

政治献金を募る会合でトランプ大統領は、韓国の文在寅大統領の英語アクセントを真似し「韓国はすごいTVをつくれるようになり経済は発展した。どうして、われわれが韓国を守るために金を払わなければならないのか。韓国は自分で払わなければならない」と揶揄(やゆ)しました。

在韓米軍駐留費負担を巡り対立は深刻化

2019年11月、韓国紙の朝鮮日報は来年以降の在韓米軍駐留費負担額について米国が5倍以上の47億ドル(約5244億円)を提示したと報じました。北朝鮮の核・ミサイルへの抑止力として、米領グアムに配備されるB52戦略爆撃機の運用費も含まれるとの臆測が流れています。

2018年の米韓交渉では米国は前年比50%増しを要求しましたが、韓国が同8・2%増の約1兆389億ウォン(約960億円)を負担することで決着。更新期間は5年から1年に短縮されました

今年1月、マイク・ポンペオ米国務長官とマーク・エスパー米国防長官は米紙ウォールストリート・ジャーナルに「韓国は同盟国であって被保護国ではない」と題した寄稿で挑発的に基地の負担増を要求。両国間の対立が深刻化していることを際立たせました。

2019年11月、失効が迫る日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)について韓国政府が日本政府に協定終了の通告を停止すると伝えてきました。徴用工問題がこじれ、日本が輸出管理の優遇対象国から韓国を除外したため、韓国はGSOMIAの終了決定を日本に通告していました。

トランプ大統領は頑なな文在寅大統領にフラストレーションを募らせており、アカデミー作品賞や監督賞に輝いた『パラサイト』やポン・ジュノ監督に八つ当たりしたとみることもできます。

急進左派は徹底的に叩け

保守派の朴槿恵政権時代、ポン・ジュノ監督は政権に不都合な「文化芸術界のブラックリスト」に入れられ、2013年に公開した『スノーピアサー』は「市場経済を否定し、抵抗運動を煽る」と国家情報院によって烙印を押されたことがあります。

文在寅大統領は南北統一を目指す急進左派政権です。

一方、アメリカでは民主党の大統領候補指名争いでは民主社会主義者を自認するバーニー・サンダース氏がリード、急進左派に分類されるエリザベス・ウォーレン上院議員も健闘しています。

サンダーズ氏の主張と共振現象を起こしかねない『パラサイト』は早いうちに叩いておくに限るという防衛本能がトランプ大統領に働いたようです。支持者に『パラサイト』を観て宗旨変えしないよう予防線を張る狙いがあったのかもしれません。

温暖化対策の強化を唱え、反資本主義の急進左派勢力から喝采を浴びるスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん(17)を徹底的に叩くのときっと同じ構図なんだと筆者は考えます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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