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ファーウェイの5G部分参入容認 市場占有率に上限も 英首相はトランプ米大統領の“踏み絵”に応じず

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ米大統領の”踏み絵”に応じなかったジョンソン英首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

コアと周辺の間にファイアウォール

[ロンドン発]ボリス・ジョンソン英首相が28日の国家安全保障会議(NSC)で中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入を周辺(エッジ)機器に限り認めました。周辺機器の市場占有率にも35%の上限を設けます。

英BBC放送が速報しました。

ファーウェイ全面排除を求めるアメリカのドナルド・トランプ大統領が反発するのは必至です。英大手電気通信事業者BTが低価格のファーウェイの機器を使い出して15年。今さらファーウェイを5Gだけでなく3Gや4Gのネットワークから締め出せないという事情があります。

英ボーダフォンの資料から5Gネットワークを見ておきましょう。ジョンソン政権の方針はコンピューターサーバーのあるコアと周辺の間にファイアウォール(防火壁)を設けた上、市場占有率に上限を設けてファーウェイの潜在的なリスクを管理する考えです。

核兵器基地や軍施設、原子力発電所など細心の注意が必要な地域からは排除する方針です。

5Gネットワークの仕組み
5Gネットワークの仕組み

「データを守れる国だけが主権国家足り得る」

トランプ米大統領は24日、ジョンソン首相と電話会談、ファーウェイを排除してアメリカのベンダーを使うよう求めました。しかし米ベンダーは育っておらず、ジョンソン首相は「もう1年も他の選択肢を求めているが、答えがなかった」とイギリスの方針を説明しました。

マイク・ポンペオ米国務長官も26日、ツイートで英保守党のトマス・タジェンダット下院議員の「データを守ることができる国だけがこれからは主権国家足り得る」という言葉を引用。29日にロンドンを訪れ、ジョンソン首相やドミニク・ラーブ外相らと会談する予定です。

タジェンダット下院議員は「ジョンソン首相はドラゴンにわれわれの重要は国家インフラに巣を作らせようとしている」と反発しています。

米共和党のマルコ・ルビオ上院議員らは「ファーウェイの5G参入を認めない国が増えるにつれ、イノベーターや起業家が競合する製品を開発する余地が広がる。こうしたインセンティブはすでに実を結びつつある」と指摘しています。

これに対して、ジョンソン首相は「テクノロジーの進展を認めない理由はない。全ての消費者とビシネスが素晴らしいテクノロジーと通信にアクセスするのを認める必要がある。その一方でわれわれのセキュリティーと世界のキー・パートナーを守らなければならない」と述べました。

ファーウェイ排除なら最大8500億円の経済的損失

ジョンソン首相が考慮しなければならなかったポイントは次の通りです。

(1)サイバーセキュリティー上のリスク英情報機関は、リスク管理は可能と判断

(2)第二次大戦以来続くアメリカとの「特別な関係」スエズ危機やベトナム戦争で英米は対立

(3)アングロサクソン系スパイ同盟「ファイブアイズ」の結束トランプ政権によって英米情報機関の絆は揺るがない

(3)欧州連合(EU)離脱後のアメリカとの自由貿易協定(FTA)交渉ファーウェイ5G問題はいずれ落ち着くと判断

(4)高度情報化のカギを握る5Gネットワークの早期構築ファーウェイを全面排除すると5G導入が1年半から2年も遅れ、45億~60億ポンド(6400億~8500億円)の経済的損失が発生するとの指摘も

(5)EU離脱後に中国マネーを呼び込むための対中配慮イギリスでのファーウェイの存在感が増し、他の国に波及する効果を中国は期待。ドイツのアンゲラ・メルケル首相もファーウェイ全面排除による経済的損失について言及

イギリスの情報機関はコンピューターサーバーのあるコア部分から外せばサイバーセキュリティー上のリスクは十分管理できると判断。これを受けてジョンソン首相はエリクソンやノキアという他の選択肢も残しながら、ファーウェイを5Gネットワークから全面排除しませんでした。

専門家「米国流オール・オア・ナッシングは現実的ではない」

英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のサイバー研究責任者ジェームズ・サリバン氏は27日、報道陣向けの電話会見で「ジョンソン政権はファーウェイの5G機器によるサイバーリスクを実用的な方法で管理できると最終決定したようだ」との見方を示しました。

サリバン氏の指摘は次の通りです。「5Gネットワークの最も取り扱いに慎重を要する“コア”部分からファーウェイを除外する一方で、携帯電話のマストやアンテナなどの“周辺”機器の供給を許可する方針だ」

「純粋に技術的な観点から見ると、これはサイバーリスク管理の原則を順守する実用的かつ現実的な決定だ。イギリスの技術機関である国家サイバーセキュリティーセンター(NCSC)の専門家の見解を反映している。イギリスは管理方法を開示する必要がある」

「完全に信頼できる機器やベンダーは存在しない。課題は部品やインフラのセキュリティーに対する信頼度に基づき現実的なリスク許容度を設定することだ。許容度は機器の地理的な位置、サイバーセキュリティーの熟練度、ベンダーの代替可能性、コストなど国の事情に影響される」

「技術における中国の優位性は、多くの場合、中国の要素がどこかに存在することを意味する。電気通信、エネルギー、医療、民間航空、製造業、その他の多くの分野に加え、何らかの形で必ず中国が関係していると言って良いデジタル製品が含まれる」

「アメリカが主張するオール・オア・ナッシングのアプローチは現実的ではない。5Gのコア部分は周辺機器よりもはるかにネットワークを制御できる機器で構成されている。コア部分は基地局のルーティング(経路制御)およびスイッチング(切り替え)機能を含む」

「5Gネットワークではコアと周辺の機能は技術的に区別されたままだ。無線アクセスネットワーク(RAN)アンテナなど周辺での個々の機器の障害はネットワークの小さな領域にのみ影響する。ネットワークのリスクを管理するためのさまざまな手段がある」

「5Gは革新的なテクノロジーではなく、サイバーセキュリティーへの過去のアプローチは引き続き適用可能だ。ファーウェイがネットワークにバックドアを意図的に設置しているという明確な証拠はまだ示されていない」

「5Gを巡る議論はサイバーセキュリティー面だけでなく、より広い地政学的な論点を含んでいる。国際社会における中国の影響力拡大、中国の技術と生産力への欧米の依存、中国の技術革新に欧米が遅れを取っていることへの恐れなど経済的要因に関連している」

「中国のテクノロジー企業が当局の弾圧をどのように可能にしたのか人権に関する懸念もある。トランプ政権はファーウェイの5G参入を認めた国とは情報を共有しないと脅しており、ファーウェイの機器を使用する国には軍事基地や大使館を置かない可能性があるとまで言っている」

「各国は、技術的要因ではなく政治的要因が5Gやその他の技術に関連する意思決定にどの程度情報を提供しているかについて明確にする必要がある。政治的な考慮を隠そうとするべきではない。それは議論を混乱させ、国内の技術専門家の権限を損なうだけだからだ」

またRUSIのマルコム・チャーマーズ副所長もこう指摘しました。「アメリカはファーウェイの5G 参入を認めるか否かを同盟国の安全保障テストにしてしまった。イギリスの判断が注目を浴び、他の欧州各国も中国問題についてある程度の自主性を維持できるだろう」

「これまで長らく市場任せにされてきたが、信頼できる選択肢となる西側のサプライヤーを育てることが重要だ。今回の騒動は英米関係を損なったものの、イギリスがファーウェイの5G部分参入を認めたからと言ってアメリカがイギリスとの情報共有を止めるとは信じがたい」

【これまでの経過】

2018年10月、マイク・ペンス米副大統領が「トランプ政権の対中政策」と題して講演。中国は陸・海・空・宇宙でアメリカの軍事的な優位を崩す能力を身につけることを最優先にしていると警鐘を鳴らす

2018年12月、カナダ政府がファーウェイの孟晩舟最高財務責任者(CFO)兼副会長を逮捕

2019年4月、保守系の英紙デーリー・テレグラフが「テリーザ・メイ首相(当時)がセキュリティー上の閣僚の警告を無視してファーウェイの5Gネットワーク構築への参入を認める」とスクープ。翌5月、メイ首相がギャビン・ウィリアムソン国防相(当時)を漏洩した疑いで更迭

2019年5月、アメリカ政府がファーウェイと関連68社を国家安全保障上のエンティティリストに追加

2019年7月、英下院科学技術委員会が「ファーウェイを5Gネットワークから完全に除外する技術的な根拠はない」と結論付ける

・ジェレミー・ライト・デジタル・文化・メディア・スポーツ相が英下院で「通信のサプライチェーンが多様性を欠くため、単一のサプライヤーに国が依存する恐れがある。イギリスの通信ネットワークのセキュリティーと回復力にさまざまなリスクが生じる」とサプライヤーの多様化にすぐに取り組むべきだと指摘

2020年1月、アンドリュー・パーカー情報局保安部(MI5)が「イギリスがファーウェイの5G 参入を認めたとしてもアメリカとイギリスの情報共有が危険にさらされることはない」との見方を示す

(おわり)

参考:「ファーウェイ以外の選択肢があるなら教えて」英首相 5G部分参入に米国反発 EU離脱後に早くも暗雲

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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