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日本、韓国、インドが米英スパイ同盟「ファイブアイズ」に加盟する 尾を引く日韓GSOMIA問題

木村正人在英国際ジャーナリスト
日本の安倍晋三首相(左端)と韓国の文在寅大統領(右端)の距離は縮まらない(写真:ロイター/アフロ)

対中包囲網の構築、米下院委員長が求める

[ロンドン発]米下院情報特別委員会のアダム・シフ委員長は今月12日、下院への報告で、インドと日本、韓国の3カ国をアングロサクソン系の5カ国スパイ同盟「ファイブアイズ」の情報共有の枠組みに加えるよう求めていたことが分かりました。

19日、英シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティー」でリチャード・サミュエルズ米マサチューセッツ工科大学(MIT)日本プログラム所長が新著『スペシャル・デューティー(特務) 日本の情報コミュニティーの歴史』の出版に合わせて講演し、その中で指摘しました。

リチャード・サミュエルズ米MIT日本プログラム所長(筆者撮影)
リチャード・サミュエルズ米MIT日本プログラム所長(筆者撮影)

著書は米外交評議会が選ぶ今年のベスト・ブックスの1冊にも選ばれました。インテリジェンスに詳しい日本大学危機管理学部の小谷賢教授の手で翻訳され、日本でも出版される予定です。

アメリカとイギリスは第二次大戦で円滑な情報共有関係を持ち、ドイツと日本を撃破しました。それを受け1946年にBRUSA(後のUKUSA)協定を締結したのが「ファイブアイズ」の始まり。英連邦のカナダが1948年、オーストラリアとニュージーランドが1956年に加わりました。

「ファイブアイズ」はもともとアメリカと熾烈な核ミサイル開発競争を繰り広げた旧ソ連(ロシア)に対して情報収集の世界的な包囲網を築くのが狙いでした。水も漏らさぬ結束を誇る多国間協定の一つで、幅広い情報を共有してきました。

そこにフランスやドイツのような欧州のNATO(北大西洋条約機構)加盟国ではなく、インド、日本、韓国を加えようというのは、包囲網の主要ターゲットを中国にしてインド太平洋地域で情報収集と共有のネットワークを構築する狙いがはっきりしています。

安倍政権下、再設計期に入った日本の情報機関

MITのサミュエルズ所長の講演によると、日本の情報機関の歴史を5つの時代に分けることができるそうです。

(1)拡大期(1895~1945年)明治から第二次大戦敗戦

(2)被保護期(1945~1991年)戦後から冷戦

(3)修正期(1991~2001年)冷戦終結、非自民政権誕生

(4)再構成期(2001~2013年)米中枢同時テロ

(5)再設計期(2013年~)戦後レジームからの脱却を唱える安倍晋三首相の再登板

サミュエルズ所長は、敗戦で解体された日本の特務機関は戦争犯罪に問われるのを回避するためGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)参謀第2部 (G2)のチャールズ・ウィロビーに協力し、形を変えて生き延びたと指摘しました。日本の情報機関は再び拡大していくのでしょうか。

サミュエルズ所長は日本の情報収集能力について「日本の信号やイメージの収集能力は他の同盟国より優れていてアメリカの情報を補完するものだが、ヒューミント(人を介した情報収集活動)分野では大きな遅れを取っている」と指摘しました。

米下院の記録によると、情報特別委員会のシフ委員長は下院に対し次のように求めています。

インド、日本、韓国との情報共有の取り決め

国際的な提携とパートナーシップは、共有された価値と意図の基盤の上に構築されたアメリカの国家安全保障目標の追求と維持にとって重要。

当委員会は国防戦略の計画と実行を支援するために国防総省が国際的な同盟国およびパートナーと情報を共有することの重要性を認識。その一方で、同盟国と第三者は効率性と作戦能力を増し、国防総省が担当するすべての分野で戦略的な安定性を高める。

当委員会は第三者との情報協力は堅牢性が低くなる恐れがあるものの、「ファイブアイズ」全体で情報を共有するメカニズムは、確立された演習、人員の交換、サイバー空間のデータの共有を通じて成熟し続けていると信じる。

当委員会はインド、日本、韓国など第三者の役割と貢献を支持し、インド太平洋地域の平和と安定の維持に向けた継続的な貢献を認識。

当委員会は、インド、日本、韓国と「ファイブアイズ」同盟国の協力と情報共有を運営する政策と手順と、その取り決めを強化する機会が存在するかどうかを理解することに関心がある。

よって当委員会は、情報担当国防次官に対して米国家情報長官のオフィスと協力して、法の制定から60日以内にインド、日本、韓国と「ファイブアイズ」同盟国間の情報共有メカニズムを拡大する利益と課題、リスクについてブリーフィングするよう指示する。

「米国はユーラシア大陸の中国やロシアを監視しておきたい」

青森県三沢基地は米国家安全保障局(NSA)の情報収集の拠点になってきました。1983年の大韓航空機撃墜事件で、撃墜の詳細が稚内の自衛隊基地にいたNSA分遣隊と三沢基地の象の檻で記録され、傍受記録が米国から発表されました。

サミュエルズ所長は「三沢基地で傍受された交信は自動的に米空軍と共有されていた。当時の米国の国連大使がこの交信記録を“日本政府の協力で”と言って公表した時、後藤田正晴官房長官は事前に相談を受けておらず、激怒した」と指摘しました。

サイバーセキュリティーと国際政治に詳しい土屋大洋・慶応大学教授に2015年7月当時、日本のファイブアイズとの協力の可能性についておうかがいしたことがあります。

土屋教授「全体像として考えた場合、日米英の連携の中で、英米がすごく日本側にプッシュしてきています。日英協議や日米協議がサイバーセキュリティーに関して行われています」

「米国の発想では昔ながらの地政学の話があって、ユーラシア大陸にある中国なり、ロシアなりを監視しておきたい。昔で言う、封じ込めです。サイバースペースの中でも、その封じ込めというのを考えています」

「大西洋を挟んでヨーロッパ側から見たユーラシアの封じ込めというのはイギリスに任せているところがあります。欠けているのは太平洋を挟んで、東側から見た時のユーラシアの封じ込めなわけです。そこは日本にやってもらいたいというのが今、米英に共通した了解になりつつあります」

「ファイブアイズと言って、もちろん今でもありますが、エシュロン(米国を中心に構築された通信傍受システム)を引き継いだサイバー同盟です。米英に加えてニュージーランド、オーストラリア、カナダの5カ国です」

「しかし、地理的な問題からすると日本にパートナーになってもらうのが重要だということなんです。日本側も防衛省の情報本部などでいろいろやってきたわけです。アナログの無線の世界からデジタルの方にも広げていくという方向でいろいろ日米協議をやっています」

破棄は免れたものの、尾を引くGSOMIA問題

11月23日午前零時に失効が迫っていた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)について韓国政府は日本政府に協定終了の通告を停止すると伝えてきました。GSOMIAの効力は何とか維持されることになりました。

サミュエルズ所長は日韓の軋轢に「現代の日本外交にとって最も悲しい話だ。米国にとって最も大切な2つの同盟国がお互いに効率的に協力し合うのが難しくなっている。情報面では日本と米国はGSOMIAを2007年に結んでいる。その後すぐ、日本は多くの国々とGSOMIAを結んでいる」と話しました。

「日韓のGSOMIAが締結されたのは2016年で、日米の締結から9年も遅れている。当時、合意した韓国の朴槿恵前大統領は投獄された。韓国はGSOMIA破棄を撤回したものの、失われた信頼は戻らない。非常に悪い状況だ。日韓双方にとってマイナスだ。他の同盟国も同じだ」

元徴用工問題にこだわり続ける安倍首相は11月4日、訪問先のタイで東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)首脳会議に先立ち韓国の文在寅大統領と11分間、言葉を交わした程度です。お互いの信頼は大きく損なわれたままです。

歴史認識に端を発する日韓のGSOMIA問題は日本と韓国が「ファイブアイズ」同盟に加わるのに、大きな支障になる恐れがあります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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