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強大化する「中国の脅威」にNATOも対処を 地中海・北極圏・サイバー・宇宙に拡大する「一帯一路」

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国の海運会社に買収されたギリシャ・ピレウス港のコンテナ埠頭(筆者撮影)

「ルールに基づく秩序に中国も従え」

[ロンドン発]70周年を迎えた北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議に先立ち、イェンス・ストルテンベルグ事務総長は3日、欧州の同盟国に国防費の増額を迫ってきたドナルド・トランプ米大統領と並んだ記者会見でこう述べました。

「2016年以降、カナダと欧州の同盟国は国防費を1300億ドルも増やした。24年までに4000億ドルに増える。前例のないことだ」。それ以外にNATOが抱える4つの課題を挙げました。

・テロとの戦い

・軍縮

・ロシアとの関係

・中国の台頭

トランプ大統領は「中国は強大化した」と強調。ストルテンベルグ事務総長は「中国は最近、米国と欧州全土を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)や極超音速グライダーを含む多くの最先端兵器システムを披露した」と指摘しました。

同事務総長は「中国は数百もの中距離弾道ミサイルを配備した。もし中距離核戦力全廃条約(INF)を結んでいたら、INFに違反だ」とも述べました。

ストルテンベルグ事務総長はこれに先立ち米CNBCのインタビューに対してはこう話しています。「NATOが南シナ海に展開することはあり得ないが、中国がインフラに膨大な投資を行い、我々(NATOの領域)に近づいて来ている事実は言及しておく必要がある」

「中国はアフリカや北極圏に進出し、サイバー空間や宇宙でも活動している。中国の国防費は米国に次ぐ世界2位だ。当たり前のことだが、これはNATOにも影響を及ぼす」

米国のケイ・ベイリー・ハッチソンNATO大使もCNBCに対し「中国は強力な競争相手になった。もう技術や知的所有権の窃取を見逃しておくわけにはいかない。ルールに基づく秩序に中国も従わなければならない」と強調しました。

米国の念頭にあるのは中国に対する包囲網を構築する一方で、自由と民主主義、法の支配を守るよう迫る「コンゲージメント(封鎖的介入)」と呼ばれる戦略です。

中国に切り崩される欧州

中国の習近平国家主席が唱えるインフラ経済圏構想「一帯一路」は南シナ海からマラッカ海峡、インド洋、アデン湾、スエズ運河を経て地中海に延びています。中国の投資はスエズ運河、ギリシャのピレウス港、イタリアのジェノバ港、トリエステ港に留まりません。

欧州連合(EU)の旧共産圏11カ国とバルカン諸国5カ国の計16カ国との関係を強化する「16+1」イニシアチブを中国は進めています。互いに投資、運輸、金融、科学、教育、文化の協力や交流を促進するのが狙いです。

【EU11カ国】ブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニア

【バルカン諸国5カ国】アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ、セルビア

これにEUの重債務国ギリシャ、イタリア、ポルトガルの3カ国を加えた計19カ国が「一帯一路」を支持しています。中国は鉄道や架橋、港湾のほか、第5世代通信規格(5G)ネットワーク、ロジスティックの効率性を上げるブロックチェーン網も構築しようとしています。

欧州のコンテナ取扱容量の1割を支配した中国

中国や東アジア情勢に精通する元英外交官で英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティのマシュー・ヘンダーソン・アジア研究センター所長は「70周年を迎えたNATO 中国はなぜ私たちの課題なのか」と題した論考で次のような見方を示しています。

マシュー・ヘンダーソン所長(筆者撮影)
マシュー・ヘンダーソン所長(筆者撮影)

「中国はNATOの北大西洋、北極圏、バルト海、地中海、スエズ運河、アデン湾でますます活発に活動している。インド太平洋地域の多くで活動しており、日本、台湾、フィリピン、ベトナム、シンガポールに脅威をもたらし、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、米国に挑戦している」

「習体制の下で中国は対立的になり、軍事、軍事転用が可能な民間技術、知的財産、専門知識を窃盗するためNATO同盟国を標的にしている。サイバーおよび人的スパイ、情報操作、エリートの籠絡、中国の5Gネットワークを導入させようという圧力、民主的プロセスへの介入、港湾や原子力施設など主要な国家インフラの買収。これらはすべてNATOとその同盟国の安全保障に具体的な危険をもたらす」

「NATOに対する最も差し迫った脅威は、中国が十数もの地中海と他の欧州の港を管理するという戦略的拡大に関連している。これらの港は欧州のコンテナ取扱容量の約10%に相当する。アデン湾地域での買収とスエズ運河地域への投資に続いて、中国による主要な地中海の港湾管理が拡大すると、欧州での海域でNATOの優位性が著しく損なわれる」

「ロシアと中国の海軍の合同演習は2015年初頭に地中海で、17年にバルト海で始まった。これは中国がNATOの前庭での挑戦を強調する活動だ。中国は南シナ海および台湾周辺で米海軍の作戦に反逆している。NATOの国防支出の不足と米国の太平洋志向が強まると、ますます中国は地中海でのプレゼンスを増す恐れがある」

「港はサメの歯に変わる」

ヘンダーソン所長は筆者にこう強調しました。「NATOは中国問題について語らなければいけない。NATOはもともと最大の脅威であったロシアから欧州を守るため設計されていた。そして新たな脅威になった中国から欧州を守らなければならない」

「中国がもたらすリスクについてお互いに率直かつ明確に話すことができれば、協力して何か有益なことができる。なぜならNATO以外に欧州を守れるパワーはないからだ」

「安全保障の観点から欧州が地中海の港湾施設へ中国が投資している問題に対応する適切な政策を持っていたら、地中海の安全保障が脅かされるようなことはなかった。残念なことにEU加盟国は港を売却する潜在的な影響についてブリュッセルで話し合う必要はなかった」

「中国はさまざまな機会と弱点を非常に効果的かつ迅速に活用することができた。戦略的な港湾の株式を取得したり、管理下に置いたり、完全に買収したりすることさえできる。これは欧州側の明らかな誤りで、回避すべきだった。手遅れの感も拭えないが、まだ時間はある」

「一帯一路で非常に興味深いのは、中国が海洋進出と陸路の広がりを結びつけた驚くべき方法だ。鉄道や陸路は港と接続していることが分かる。全体的なアプローチがあることは明らかだ。ソフト、経済、軍事のつながりが見える」

「戦略的な空白が存在する場合、それを埋めるのが中国の利益であり、そうしないわけがない。実際に目の前で進んでいるのは産業の武器化であり、インフラの武器化だ。港を通じて被保護国(債務国)から保護国(中国)に価値が移され、港のつながりはサメの歯のつながりになる。ウィンウィンではなく、1人の勝者しか生み出さない」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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