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また狙われたロンドン橋 勇敢な市民が消火器で応戦 5人殺傷の男を武装警官が射殺 5分でテロ封じ込む

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロンドン橋でのテロ事件で付近を警戒する武装警官(写真:ロイター/アフロ)

勇敢な市民がテロ犯押さえ込む

[英イングランド北西部マンチェスター発]欧州連合(EU)離脱を巡って総選挙中の英国は、ロンドン中心部にあるロンドン橋で29日昼過ぎ、イスラム過激派の男がナイフ2本を使って市民や通行人5人を次々と刺し、うち2人が死亡しました。

テロ事件を受け非常線が張られた現場周辺(下田屋毅氏提供)
テロ事件を受け非常線が張られた現場周辺(下田屋毅氏提供)

しかし通行人らがロンドン橋北側の「魚屋ホール」に飾ってあった鯨類イッカクの角で男を牽制し、消火器をふりかけて取り押さえました。男は自爆ベストのようなものを着用しており、爆発させる素振りを見せたため、通報で駆けつけたテロ即応チームの武装警官が射殺しました。

スマートフォンで撮影された動画を見ると、男は通行人に馬乗りにされ完全に制圧されていましたが、危険と判断した武装警官が通行人を引き離した上で男を射殺しました。今後、銃使用と射殺が適性であったかどうか判断されることになります。自爆ベストは偽物でした。

発生から射殺まで5分という早業でした。テロ被害の拡大防止を最優先にし、テロリストの活動を停止するため容赦なく射殺する冷徹さが改めて浮き彫りになりました。2017年の総選挙中にも大きなテロが2件起きているので厳戒態勢が敷かれていたのでしょう。

同年5月には米人気女性シンガーソングライター、アリアナ・グランデさんのコンサートが開かれていたマンチェスターの会場が過激派組織「イスラム国(IS)」のシンパとみられる自爆テロ犯に襲撃され、22人が死亡、139人が負傷しました。

同年6月にも、今回と同じロンドン橋で、ISに関係するとみられる男3人が通行人を車ではねた後、食材市場「バラマーケット」の客らを刃物で襲撃。8人が死亡し、48人が負傷しました。襲撃犯の3人は通報から8分後に現場に急行した武装警官に射殺されました。

ソフト警備で大丈夫か

ロンドン警視庁ではテロリストを射殺することを「ストップ」と呼んでいます。テロリストは自爆ベストを着用していることが多いため、射殺するのが一瞬でも遅れると被害が拡大する恐れがあります。

大成功に終わった先のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会はソフト警備でした。しかし、来年の東京五輪・パラリンピックに向け、日本のテロ対策は十分でしょうか。

007シリーズでも有名なスパイの祖国イギリスでは、情報機関による携帯電話やインターネットの盗聴は当たり前、街の至るところに設置された防犯カメラと連動させた最先端の顔認識システムも導入されています。

テロやハイブリッド戦争に備えるため、欧米警察の装備は軍隊並みに強化されています。英国でもテロや重大事件の一報があれば射殺の判断を任された武装警官が現場に急行します。ハンドガンで武装し、テロ即応チームのパトカーには車にはカービン銃が積まれています。

テロ即応チームの装備(筆者撮影)
テロ即応チームの装備(筆者撮影)

警察装備の見本市で本物の武装警官にハンドガンやカービン銃を持たせてもらったことがありますが、思っていたより軽かったので驚きました。テロの発生を防ぐのは難しく、いったん発生すれば「射殺」するしか被害拡大を防ぐ手立てがありません。

一瞬の判断の遅れが文字通り、命取りになるため、射殺の判断は現場の武装警官1人ひとりに委ねられています。

テロリストを「ストップ」せよ

筆者は17年12月、女性初のロンドン警視庁トップ、クレシダ・ディック警視総監にテロリストの射殺について質問したことがあります。ディック氏は05年のロンドン同時テロで民間人を自爆テロリストと勘違いして誤射して死なせる事件を起こした際の「戦略指揮官」でした。

クレシダ警視総監(ロンドン警視庁提供)
クレシダ警視総監(ロンドン警視庁提供)

――ロンドンでは05年には民間人誤射という不幸な事件がありました。それでもテロが起きると、武装警官はテロリストを射殺しています。射殺するか否かの判断は誰がしているのですか。また、射殺する判断の基準は何ですか

ディック警視総監「日本が五輪に備えるには、最悪の事態を含めて、すべてのシナリオを想定して対策を準備しなければなりません。想定外のケースにも備えておく必要があります。もちろんテロリストを殺害する、我々は『ストップ』と言う言葉を使っていますが、そうした事態も考えておかなければなりません」

「恐ろしい決断をしなければならない事態に備えて、我々は武装対応能力に多大な投資を行っています。特にパリやブリュッセルでテロが起きてからは武装対応能力を一段と向上させました。ホテルや鉄道など複数の場所が4日間にわたってイスラム過激派グループに攻撃された08年のムンバイ同時多発テロをきっかけにテロ対策の戦術は大きく変わり始めました」

「武器を持たない街頭警官に、洗練された武装チームを加えました。十分な装備と武器を持ち、機動性を兼ね備え、戦略的に配置されています。テロに即応するために、小さなチームが構成され、規律があり、指揮系統がはっきりしています。あらゆる事態に対応できるようにしています。最後にテロリストを殺害する他ない時、武装警官は非常に落ち着いています」

「ウェストミンスター橋から議会に突入したテロリストは数秒(82秒)でストップ(射殺)されました。ロンドン橋やバラマーケットで起きたテロでも犯人3人は通報から8分のうちにストップされました。これによって数十人から、おそらく数百人の命が救われたのは間違いありません」

「決断しなければならないのはテロに直面する現場の警官です。そして事態が終わったあと、決断した理由を説明し、武器使用が正当だという証拠を示さなければなりません。その決断について調査を受けることも現場の警官は承知しています。撃つか、撃たないかの判断は現場の警官に任されているのです」

「重大な暴力的な犯罪者を刑務所から早く釈放するは間違いだ」

今回のテロ事件で射殺されたウスマン・カーン容疑者(28)は8人の仲間とロンドン証券取引所などの爆破を計画したり、インド北部とパキスタン北東部の国境付近にあるカシミールにテロリスト軍事訓練キャンプを作ろうとしていたりしたとして12年2月に有罪判決を受けていました。

テロ計画の中には当時、ロンドン市長だったボリス・ジョンソン首相殺害も含まれていました。

昨年12月に仮釈放され、足に電子タグを装着することが義務付けられていました。事件当時、ロンドン橋北側の「魚屋ホール」では英ケンブリッジ大学による元服役囚の社会復帰の集まりが開かれ、カーン容疑者も参加していました。

カーン容疑者は「魚屋ホール」から攻撃を始め、ホールの中にいた市民がイッカクの角を手に取って反撃したそうです。

ジョンソン首相は緊急管理委員会「コブラ」を開いて対策を協議しましたが、それに先立ち「重大な暴力的な犯罪者を刑務所から早く釈放するのは間違いだ。国民は重大な犯罪者、特にテロリストにはそれにふさわしい刑が執行されるのを望んでいる」と強調しました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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