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韓国が土壇場でGSOMIA破棄を撤回 米軍経費負担増求めるトランプ大統領は「マフィアのゆすりと同じ」

木村正人在英国際ジャーナリスト
GSOMIA破棄の凍結を受けて、コメントを発表する茂木敏充外相(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]23日午前零時に失効が迫っていた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)について韓国政府が日本政府に協定終了の通告を停止すると伝えてきました。これでGSOMIAの効力は維持されます。

茂木敏充外相は22日夕、名古屋市内で記者団に「北朝鮮問題への対応のため、安全保障上の日韓、日米韓の連携は重要だ。韓国政府も戦略的な観点から判断したと受け止めている」と述べました。そして、こう付け加えました。

「GSOMIAの問題と輸出管理の問題は全く別の問題。根本にある問題は旧朝鮮半島出身労働者問題で、韓国側に対して一日も早く国際法違反の状態を是正するよう引き続き強く求めていきたい」

GSOMIAは日韓の防衛・国防当局が北朝鮮の核・ミサイル実験などセンシティブな軍事情報をスムーズに交換するために結んだ協定です。2012年にいったん締結しかけましたが、韓国の都合で延期。16年に交渉が再開され、同年11月に署名しました。

協定は1年ごとに自動更新され、破棄する場合は更新期限の90日前に相手国に通告しなければなりません。元徴用工問題がこじれ、今年8月、日本が輸出管理の優遇対象国から韓国を除外したため、韓国はGSOMIAの終了決定を日本に通告していました。

北朝鮮の核・ミサイルや中国の軍事的な台頭に対抗する日米韓の安全保障トライアングルは、ドナルド・トランプ米大統領の近視眼的で法外な米軍駐留経費負担の増額要求や歴史問題を巡る日韓関係の悪化で大きく揺らいでいます。

GSOMIA問題や在韓米軍・在日米軍の駐留経費負担について、英有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)アメリカのマーク・フィッツパトリック前本部長(現研究員)の意見をお伺いしました。フィッツパトリック氏は日本や朝鮮半島情勢に詳しい核問題の第一人者です。

――韓国が日本とのGSOMIAを終了することが心配されていましたが、土壇場で方針を転換したようです

フィッツパトリック氏「GSOMIAがこれからも維持されることを心から願っています。 米国の国防コミュニティーの中にいる他の人と同様に、私は日韓のGSOMIAを、北朝鮮という共通の脅威に対する相互防衛を支援する、小さいけれども重要な一歩だとみていました」

「韓国の文在寅大統領がGSOMIAを終わらせるという決定は、感情的なナショナリズムに基づいていました。影響はそれほど大きくないものの、GSOMIA終了は共通防御を弱体化させます」

「米韓同盟に与える間接的な影響はより深刻です。米国がこの問題についてどう考えているか韓国は全く気にしないというシグナルを送るからです。韓国は同盟にタダ乗りしているというドナルド・トランプ米大統領の単純な見方を後押しするでしょう」

「私はこの問題でトランプ氏を非難します。 以前の大統領ならGSOMIAを救うために仲介していたでしょう。もしトランプ氏が文大統領に直接、継続を訴えていたなら、文大統領は決定を覆しても面子を潰さずに済んだでしょう」

「代わりにトランプ氏は在韓米軍の駐留経費負担を大幅に増やすよう韓国に圧力をかけました。これは近視眼的でした」

――在韓米軍の駐留経費負担を巡り、現行の5倍に相当する年50億ドル(約5400億円)を求めたと報道されています

「韓国、日本、その他の同盟国に対して米軍駐留のための経費負担を急激に増やすようトランプ大統領が圧力をかけていることを非常に心配しています」

「米軍駐留に関して公平な負担を同盟国に頼むのは一手段です。しかしトランプ氏の行き過ぎた要求はマフィアのような“ゆすり、脅し”で、米国のイメージ、信頼、同盟に及ぼす影響を考慮していません」

「トランプ氏の強要は予想がつくナショナリストの反発を引き起こします。韓国人は以前は、米韓同盟と米軍の駐留を強く支持していましたが、今ではその価値があるか自問しています」

「トランプ氏の取引を迫るようなアプローチは、米国の安全保障へのコミットメントに対する信頼性を損ないます。その影響は3つの意味で非常に危険です」

「第一に米国との同盟に代わる選択肢として、韓国をより中国の方に押しやってしまいます。第二に、韓国で頼れるのは自分たちだけだ、そのためには核兵器が必要になるという認識を高めてしまうことです。日本でも同様の反応が避けられないのではないかと心配しています」

「最後に、トランプ氏の要求は、米国において危険な孤立主義者の衝動をかき立てています。米軍の駐留経費を負担しない同盟国に米国が利用されているという孤立主義者たちの主張は真実ではありません」

「しかし、トランプ氏がその主張を繰り返し続けると、米国人はそれを信じて、世界の大部分を安全で安定した状態に保ってきた70年に及ぶ同盟ネットワークを支持しなくなるでしょう」

「相互の繁栄は、同盟国と同じぐらい米国にも利益をもたらします。トランプ氏が、同盟はすべて駐留経費の問題に帰すると考えるのは非常に間違っています」

「トランプ氏の要求は、米軍を傭兵ととらえているため、米国のイメージをも損ねています。過去の在外米軍の駐留経費負担を巡るホスト国との交渉は、ホスト国は米軍駐留の追加費用を負担すべきだという理論的根拠に基づいていました」

「しかし韓国や日本、その他にも米軍部隊の基本給を支払うように頼むことは在外駐留米軍の性格(位置付け)を変えてしまいます」

――日本は北大西洋条約機構(NATO)と同じようにGDPの2%まで防衛費を増やすべきですか

「国防費をGDPの2%にするというのは合理的な目標ですが、達成するかどうかはそれぞれの加盟国に委ねられています。いくら支出するかという量的な質問より重要なのは、何に使うかという質的な問題です。日本の防衛省と自衛隊は何が必要なのかをよく理解していると思います」

「 2%目標はNATOにとってより理にかなっています。なぜならNATOは恐るべき仮想敵国と長い陸続きの国境を挟んで対峙しているからです。 NATO加盟国がこの目標を達成するには数年かかります」

「日本の場合、特に政治的な意味で2%は非現実的な目標です。防衛費が1%の聖域を超えたのは良いことです。防衛費の上限は任意に設定でき、今の1%は非現実的な数字だからです」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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