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【ラグビーW杯南ア優勝】黒人と白人の対立を煽るトランプ的レトリックはもう止めよ

木村正人在英国際ジャーナリスト
ウェブ・エリス・カップを持って凱旋帰国したコリシ主将を出迎えた南アのサポーター(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会で3大会ぶり3度目の優勝を果たした南アフリカ。「スプリングボクス(代表チームの愛称)」は5日、凱旋帰国し、ヨハネスブルクのO・R・国際空港でサポーター数千人の熱烈歓迎を受けました。

現地の主要英字紙ソウェタン(電子版)には「ラグビーW杯優勝を巡って対立を煽るような話を止めよう」という読者の手紙が寄せられました。黒人初の大統領、故ネルソン・マンデラ氏で有名な南アは1991年まで悪名高きアパルトヘイト(人種隔離)政策がとられていました。

「人種カードを持ち出し、すべてを政治化するのは新しい民主主義に対する害にしかなりません。私たちのチームは、他の国の政治指導者からも祝福されました」

「南ア国民がW杯の素晴らしい勝利を祝っている時、一部の人々はしかし、それを政治化することを選びました。人々には表現の自由がありますが、愚かさと分断に向かう流れを決して放置できません」

スプリングボクス初の”黒人”主将として「ウェブ・エリス・カップ(W杯)」を突き上げたシヤ・コリシ選手(28)は南アの希望を象徴しているように感じました。3度目の優勝は何を意味しているのか、スポーツと人種問題に詳しい南アフリカ人種関係研究所のマリウス・ルート氏と考えてみました。

――スプリングボクスは私の祖国・日本と私が現在住んでいるイングランドを破りました。何が優勝の原動力になったと思われますか

「主な要因は、経営陣とコーチングスタッフが改善されたことだと思います。南アは、ラシー・エラスムス氏の前任者アリスター・コーツィー氏時代の成績が悪く、7位までランクを落としていました。しかし、エラスムス氏ははるかに優れたコーチング戦略を採用し、南アフリカにある才能を最大限に活用しました」

――南アの人々はホスト国の日本と「ブレイブ・ブロッサムズ(日本代表の愛称)」をどう見ていますか

「南アの人々は、日本がどれだけうまく大会を運営し、試合を楽しむために来た人々を歓迎しているかに非常に感銘を受けたと思います。南アの人々も特に2015年にスプリングボクスを破った後は、日本ラグビーに目を見開かされています」

―― 9月にお亡くなりになられた伝説の快速ウィング、チェスター・ウィリアムズ氏にインタビューしたことがあります。1995年のラグビーW杯南ア大会でスプリングボクスが初出場初優勝を果たした時、ウィリアムズ氏はチームで唯一の“黒人”選手でした。彼はどのように南アを変えたと思いますか

「チェスター・ウィリアムズ氏は多くのことを成し遂げたと思います。(白人支配の象徴だった)スプリングボクスは南アの白人だけのチームではなく、南アフリカ人全員が参加できるチームであることを彼は示したからです」

――今回の優勝は南アフリカ人にとって何を意味しますか

「南アにとっては大きな勝利だと思います。わが国は現在、経済が悪化しており、厳しい時期を迎えています。前向きな成果を上げることができて良かったです。さらに今回はこれまでで最も人種的に多様なチームであり、南ア初の“黒人”主将もいます」

――今回の優勝と1995年と2007年の優勝時の違いは何ですか

「主な違いは、このチームの多様性だと思います。1995年のチームには“黒人”選手が1人しかいませんでしたが、2007年のチームは2人だったため、大きな違いがあることは明らかです」

――今回31人の代表チームに12人の“黒人”選手がいて一部はタウンシップ(今でも貧困に苦しむ黒人居住区)出身でした。タウンシップ出身であるという意味は何ですか

「ラグビーはエリートゲームであるだけでなく、もし人々が才能を持ち、懸命に努力するなら、スプリングボクスの代表選手になれることを示していると思います」

――コリシ主将の優勝インタビューは非常に感動的でした。南アの人々は彼の声をどのように聞いていますか

「ほとんどの南アフリカ人はシヤ・コリシ氏に非常に感銘を受けており、彼が心に強く訴えかける人だと考えています」

―― シリル・ラマポーザ現大統領は「南アは一つの国だ」と言いましたが、一部の国民は「国はひどく分裂している」と反発しました。これについてどう思いますか

「南アは人々が思っているほど分裂していません。主に南アフリカ人の違いを強調したいのは政治家です。私たちが実際には、多くの人々が考えるより似通っていることを示す報告書もあります」

――あなたの国が直面している難しさは何ですか

「失業、教育、犯罪と腐敗です」

――南アではラグビーは白人スポーツ、サッカーは黒人スポーツだと思いますか。南アのスポーツにおける人種差別とは何ですか

「南アでは現在、ほとんどのスポーツが人種的にかなり混ざっており、さまざまな人種の人々が一緒にプレーしています。サッカーの代表チームは“黒人”に支配されていますが、サッカーは南アの白人の間で大きな人気を集めています。南アのスポーツを『白』または『黒』で色分けすることはもうできないと思います」

――サッカーやラグビーは南ア社会全体にどのような影響を与えると思いますか

「2010年のサッカーW杯も南アにプラスの影響を与えたと思いますが、ラグビーW杯では優勝しました。サッカーW杯では起こりそうもないことで、ラグビーW杯の方がより前向きな影響があったと思います」

「白人どもが土地を略奪した」というレトリック

ルート氏は「希望が持てる理由」と題した今年4月に公表された報告書を送ってくれました。しかし政治家やソーシャルメディア上のレトリックはドナルド・トランプ米大統領的な敵意に満ちあふれています。

「白人どもが土地を略奪した」(ジェイコブ・ズマ前大統領)、「黒人国家の貧困」(ラマポーザ大統領)、「われわれは白人のノドを切り裂いている」「白人は大量虐殺を犯した」「南アの土地の正当な所有者は白人ではない」「白人はわれわれの土地を盗んだ敵だ」(ジュリアス・マレマ経済的解放の闘士=EFF)

ソーシャルメディア上にも「すべての白人は死に値する」(警官)、「攻撃者は目と舌を突き刺すべきだ」(陸軍少佐)と嫌悪にあふれています。

しかし、こうしたヘイトのレトリックとは別に多くの人々は人種差別(全体の2%)ではなく「雇用拡大」(同26%)、「腐敗撲滅」(同14%)、「教育の改善」(同11%)が南アの課題であると認識しています。

人種関係は「改善された」という意見は黒人で64%(全体では57%)、「同じ」は13%(同14%)、「悪化した」は20%(同26%)でした。差別された経験がないと答えた黒人も64%に達しました。

人種差別や植民地主義の話は政治家が失政の言い訳のために使っているという意見は60%(同64%)にのぼっています。

報告書は「南アの人種関係は昨年、驚くほど良好に維持された。しかしアフリカ民族会議(ANC)やEFFによる人種的なレトリックが激化しており、格差是正のため農地を無補償で収容して国民に分配する土地強制収用を確実にする狙いがある」と指摘しています。

白人農場主から農地を取り上げて分配しても南アの生産性が上がるわけではなく、格差も是正されません。「一つになって力を合わせれば何事でも成し遂げることができる」というコリシ主将のオール・フォー・ワンの叫びに南アの政治家も耳を傾けるべきでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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