悲劇を生んだベトナムの労働輸出政策と欧州の密航ネットワーク 英冷凍コンテナ死39人は全員ベトナム人

犠牲者とみられるチャー・ミーさん(左)とヌンさん(SNSより)

15人を逮捕、2人を指名手配

[ロンドン発]英南東部パーフリート港近くで先月、トレーラーの冷凍コンテナから39人の遺体が見つかった事件で、当初は中国人と発表されていた全員がベトナムからの密航者だったことが分かりました。改めてご冥福をお祈りします。身元はまだ発表されていません。

エセックス警察やアイルランドの警察はこれまでに過失致死、人身売買などの容疑で5人を逮捕、2人を指名手配しています。

(1)北アイルランド在住のトレーラー運転手、モーリス・ロビンソン被告(25)=過失致死、人身売買、不法移民、マネーロンダリング(資金洗浄)の罪で起訴

(2)北アイルランド在住の運転手、イーモン・ハリソン被告(23)=過失致死、人身売買の罪で起訴。英国への密航者を運んだトレーラー3台のうち1台を運転していたとされる

(3)(4)イングランド北西部ウォリントン在住の夫婦ジョアンナ・マー、トーマス・マー両容疑者(いずれも38歳)=過失致死と人身売買容疑で逮捕されるも保釈。英メディアに「問題の冷凍コンテナは売却した」と証言

(5)北アイルランド在住の男(48)=過失致死と人身売買容疑

(6)(7)北アイルランド在住の兄弟のローナン・ヒューズ(40)とクリス・ヒューズ(34)両容疑者を過失致死、人身売買容疑で指名手配

ベトナムの国営メディアはこの事件に関連して計10人を逮捕したと報じました。

英大衆紙デーリー・メールによると、ベトナム中部ゲアン省周辺の100人以上が新しい人生を求めて英国に向かったそうです。密航者を乗せたトレーラーは計3台とみられ、そのうち1台の39人が全員死亡しました。

「ベトナム人密航者でなければいいのだが」

実は冷凍コンテナから遺体が見つかった当日の先月23日夜、友人のベトナム人ジャーナリストとパブで話している時、彼は「英国へのベトナム人密航者が増えているので、ベトナム人でないことを祈っている」と心配していましたが、不幸にもその懸念は的中してしまいました。

この週末、東ロンドンにあるカトリック系のベトナム教会で39人の死を悼む礼拝がしめやかに営まれました。サイモン・グエン神父は「私たちは自由、尊厳、幸福を求めて命を失った人々に哀悼の意と同情を示します」と祈りを捧げました。

英下院の外務委員会は4日、不法移民への対応に関する報告書の中で「国境の閉鎖にだけ焦点を当てた政策は移民をより危険なルートに追いやり、犯罪グループの手に落とし入れる」と警鐘を鳴らしました。

トマス・タジェンダット委員長は「39人が死亡したケースは衝撃を与えました。しかし、この悲劇はこれだけにとどまりません。今日、世界中の何百もの家族が、密航業者に命を賭けるような致命的なギャンブルに駆り立てられた最愛の人を失う危険にさらされています」と言います。

英国は欧州大陸からドーバー海峡で隔てられているものの、米軍のシリア撤退と、クルド人支配地域へのトルコの軍事作戦により難民や移民の流れが急増する恐れがあります。

外務委員会は、欧州連合(EU)離脱交渉で英国がEUレベルの難民・移民対策を協議する会議に参加していないため、こうした会議への即時復帰を求めています。

さらにEUと協力して欧州域外で亡命申請しても認められる法的ルートの拡大、リビアの移民プログラムへの英国の資金提供が人権侵害に寄与していないことを保証する強固な監視と保護措置を要請しています。

欧州を目指す難民・移民

欧州への密航で命を落とす悲劇は今回のベトナム人冷凍コンテナ死事件だけに限りません。下は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)がまとめた欧州に流入した難民・移民数の推移です。

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欧州に100万人を超える難民が流れ込んだ2015年の欧州難民危機でトルコ側の国境管理が厳しくなったため、さらに危険なルートをとる難民・移民が増え、死亡者が激増しました。国境を閉鎖し、国境管理を強化すると犠牲者を押し上げてしまうのが現実です。

「現代の奴隷」問題に取り組む国際人権団体「アンチ・スレイバリー」によると、ベトナムから英国へと、社会的に不安定な若者の人身売買が行われるケースが増加しています。密航者は大麻の栽培所やネイルバー、強制的な売春宿、偽造品の製造所で働かされています。

下は「アンチ・スレイバリー」などの団体が作成したベトナム人の密航マップです。

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【緑の森林印】ベトナム人密航者が徒歩で森林地域を経て欧州に入る密入国ポイント

【青の飛行機印】ベトナム人が飛行機で欧州に入るポイント

【赤のトラック印】ベトナム人密航者がハノイからモスクワに空路で飛んだ後、車やトレーラーを使って中東欧経由で西欧に密入国するポイント

【柿色の針と糸印】欧州で販売される偽物の衣服を密造する工場。ベトナム人密航者の多くが働かされている

【赤のハンマー印】ベトナム人密航者がEUに密入国する間、搾取される建設産業

【紫の買い物カゴ印】ベトナム人密航者にベトナムの商品やサービスを提供する市場

【黄緑色の葉っぱ印やピンク色のネイル印】ベトナム人密航者が違法に働いている薬物の密造工場とネイルバー

【水色の船印】ベトナム人密航者がフェリーを使って英国に密入国する海上ルートのポイント

欧州にはかなり大きなベトナム人コミュニティーが存在します。旧ソ連時代にベトナムからの「ゲスト労働者」が旧ソ連圏諸国で一時的な労働契約を結び、その後、多くの人が定住しました。

ベトナム人コミュニティーはその後も成長し、中東欧の主要都市周辺や国境の街で見られるアジアの市場に集中しています。こうしたベトナム人コミュニティーが密航ネットワークのインフラとしてそのまま使われているようです。

欧州へのベトナム人密入国は年間1万8000人

国連経済社会理事会によると、ベトナム人密航ネットワークは活発で、年間約1万8000人を欧州に密入国させていると推定しています。ベトナムの密航組織はゲアン省イェンタインやハイフォン市に活動拠点を置いています。

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家族はベトナム文化の基盤であり、ベトナムの社会生活の中心です。子供たちは大きくなったら家族を支えるという強い義務感を持って育ちます。2018年12月時点でベトナムは世界でもトップ10に入る年間159億ドルの海外送金を受け取ったとみられています。これは国内総生産(GDP)の6.6%に相当する金額です。

2001年、ベトナム政府は150万人の雇用機会を生み出すため国家プログラムの一環として労働輸出政策を実施しました。17年には前年比7%増の13万5000人近くを「ゲスト労働者」として海外に送り出しました。現在、約54万人のベトナム人が台湾(17万人)や日本など海外で働き、祖国に仕送りしているとみられています。韓国、マレーシア、タイがこの後に続いています。

日本で3年間働いていた犠牲者のチャー・ミーさん

日本の法務省によると令和元(2019)年6月末の在留外国人(中長期在留者と特別永住者)数は282万9416人で前年末に比べ9万8323人(3.6%)の増加となり過去最高を記録しました。

(1)中国78万6241人(全体の28%、前年比2.8%増)

(2)韓国45万1543人(同16%、同0.4%増)

(3)ベトナム37万1755人(同13%、同12.4%)

しかし多くのベトナム人実習生が職場から姿を消し、闇の労働市場に流れ込んでいます。昨年、強制退去させられた外国人は98カ国・地域で1万6269人、このうちベトナム人が最も多く4395人でした。

今回の事件の犠牲者の1人で冷凍コンテナの中から家族に「ママ、パパごめん。私の渡航はうまくいかない。私は死んでいく。息ができないから」とダイイング・メッセージを送ってきたファン・チー・チャー・ミーさん(26)は日本で3年間働いたことがあるそうです。

日本から遠く離れた英国で起きた悲劇は日本と決して無縁ではありません。

(おわり)