「国家とテクノロジーの戦いが始まる」「米中貿易協議で大幅な妥協はない」和製ソロスに見える世界(下)

フェイスブックの仮想通貨リブラは実現するのか(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]米中貿易摩擦の行方、フェイスブックの仮想通貨リブラについて、ロンドンに本拠を構える債券では世界最大級のヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井將雄さんにおうかがいしました。

――米中貿易摩擦は出口があるように見ておられるのでしょうか

「米国のトランプ政権は10月15日に予定していた対中追加関税の引き上げを見送りました。現在、米国の農産物を中国が大幅に購入することと、為替についての協議を進展させることが一応合意事項になっています」

「今後は中国の産業補助金や外資規制、テクノロジーに対する規制をどうしていくのか、まだ予断を許さない状況です。今回のような部分合意が今後もあるものの、米国も中国もそれぞれを競争相手としているので、大幅な妥協をする余地は現政権が続く限りはあまり期待できないと見ています」

――米中貿易戦争によって中国経済の減速は大きくなるのでしょうか

「中国の減速は避けられないと思います。中国はそれでも大国として妥協しないという方向で決めているし、妥協することが香港や台湾へのメッセージとして何もメリットがないことを知っています。双方が必要な部分について部分合意はするものの、本質的な包括合意には至らないと思います」

――香港では大規模な抗議デモが続き、大混乱しています。香港の金融センターはどんな影響を受けるでしょうか

「今は英中共同宣言によって一国二制度が保証されていますが、一国一制度になる日はそれほど遠くありません。香港返還から50年が経つ2047年に完全統合ですから制度も徐々に一致していくでしょう」

「そうした中で完全に中国化したときに、中国が政治的に香港を金融センターとしてどういうような活用をしてくるのか、その時の中国の国力にも大きくよってくると思います」

「人民元を中心とした経済圏を世界に広げていくために香港をどう位置付けていくのか。中国が世界最大の経済大国として金融の支配権を握っていなければ、すなわち引き続き西側諸国による金融の支配が続いているのであれば、現在の位置付けがそのまま維持されるでしょう」

――米国経済はこのままうまく行くのでしょうか

「いや、かなり伸び切っています。リーマン・ショック以降10年、11年が経っているので、景気循環的には米連邦準備理事会(FRB)をはじめとする世界の中央銀行が大量の流動性を出して支えているという状況が続いていて、何とか不況入りは避けられています」

「米国は予防的に利下げを3回しました。そういう中、引き続き世界の牽引役になれるかどうかというと、やっぱり米国経済は大きな比重を占めていると思います」

――経済成長は金融緩和をいくらしても永遠には続かないですよね

「永遠には続かないですね。質問の仕方にもよります。『あと6カ月続きますか』という質問だったら、『それは可能かもしれません』ということだと思います」

「ドナルド・トランプ大統領としては再選まではなるべく引きずりたいということ。もう来年11月ですからね。選挙が視野に入っているので、選挙の年に景気が失速したなんていうことは大統領にとっては大きなマイナスでしょうから。彼はそういうのを極めて気にするタイプなので」

「減税策は非難されながらも、米国企業の株価が、業績が悪化する中でこれだけ上がってきているというのは、やっぱり大きく効いています。トランプ大統領がこの3年間にやった政策自体は米国の景気とか、資産富裕効果にはプラスだったということだと思います」

――これから起きる一番大きな変化は何だと思われますか

「テクノロジーの進展が速いので、テクノロジーを政府が規制し切れるかどうかに大きくよってきているのではないかなと思います。テクノロジーを制御できなかった場合、国家よりも強い存在が出てくるかもしれません。そういう指針となっているのが国家より強い通貨です。フェイスブックの仮想通貨リブラを想像してみて下さい」

「国家より強い通貨が誕生するとなると、その通貨が中央銀行の力の及ばないものとか、各国の富の均衡が市場で調整できない、為替通貨で統制できないものになってきた場合、富を持つ者に一極集中してくるので、その覇権がどこに行くのか」

「中国系のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)なのか、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)なのか、それとも国がうまく規制の範囲内で収められるのか。国家とテクノロジーの覇権争いというのは、これからも非常に大きなテーマになってくると思います」

――リブラはだんだん形勢が悪くなっているような印象を受けるのですが

「ビットコインが出てきて、仮想通貨にスポットが当たり、通貨の代替が現れた時、20カ国・地域(G20)など政府主体、中央銀行はその影響力を何とか退けたいとの思いを込めて暗号資産と呼び、通貨と切り離そうとしました。私は仮想通貨の方がどちらかというとぴったりした名前だと思います」

「現在の通貨で中央銀行が緩和をして、バランスシートを大きく広げて弱くなる通貨を世界中が意識している中で、そういった弱い通貨よりも強い通貨を求める人が多くなる。中央銀行がバランスシートを増やしていくと通貨の価値は下落していきます」

「それは経済効率性から言っても、中央銀行がマイナス金利を多大にやっていくというのは多分に危険な発想であるので、資産を持つ者はそういう強い通貨を希求します。それが金なのかもしれませんし。でも金には限りがあるので世界的に普及する代替通貨ができた場合は、一挙に世界に波及する可能性があると思っています」

「誰が発行して、どういう形になるかは、まだ正しいルールは決まっていませんが、たとえフェイスブックのリブラが政府によって後退させられたとしても、必ずどこかの段階で世界的な、仮想通貨というよりも、代替通貨は出てくると思います」

――グローバリゼーションがもてはやされていたころ、国家対市場というコンセプトが強く打ち出された時期がありました。これから来る時代は国家対テクノロジーなのでしょうか

「新しい1人の天才が世界を変え得る時代が来ているのかもしれません。それがGAFAなのか、BATなのか。GAFAとBATに聞いたら、彼ら自身がまた新しい代替を恐れていると思います。フェイスブックにしてもついこの間、上場したばかりです」

「誰が勝者になるのか、10年後はまだまだ分かりません。国家対テクノロジー、市場対テクノロジーということになると思います。市場というのは、もうちょっと柔軟性があるのでテクノロジーを取り込むだけの力がありますが、国家は柔軟性をもってテクノロジーを取り込むのは非常に困難だと思います」

「戦いとなると、国家対テクノロジーの方でしょう。テクノロジーの扱い方によって人や国家の力を超える力を持った時、残った後の国家は大きな負債だけを抱えて厳しい状況になっているのかもしれません」

「金融危機の引き金になったリーマン・ショックに欧州危機、ブレグジット、トランプ大統領の誕生もそうだったと思うのですが、この10年って比較的、G20といった枠組みも含め、市場と国家が密接に結びついた問題が多くなってきていると思います」

「欧州では欧州連合(EU)で国家の壁を大幅に低くしようとしたものの、今また元に戻ろうとしています」

「昔は1910年代とか、1930~40年代とか、大きな戦争がありました。その後、意外と静かだった世の中が少しずつ変わってきました。それに火を付けたのはテクノロジーなのかもしれませんね。SNSがなければ英国もEUを離脱していなかったかもしれません」

「2000年代の最初はグローバル化。リーマン・ショック後に秩序の再構築が行われてブロック化が進み、次の10年は国家対テクノロジーの戦い。国家が負けると、われわれが今までベンチマークとしてきた国に対する帰属性というのが大きく変わるので、通貨から市場から、すべてが変わってしまうかもしれません」

「全員が円じゃなくてリブラを持つようになる。そして、円の債務だけを持った日本政府が残る。すると国家に帰属する意味がほとんどなくなってくる」

「それをコントロールしていくために国家は規制も含めて国家の傲慢さとか、国家が持っている悪い部分の力、悪意のある恣意性みたいな力をフルに使っていく、そういう10年になるのではないですかね」

「米中の競争はそういった一面がもうすでに現れている。そうしないと国家はテクノロジーに勝てないのかもしれません」

――今の日本政府のとっている政策というのは国家の資産をどんどん毀損していっていますよね

「バランスシートの拡大はリスクが非常に大きいものです。インフレにならない限り財政赤字には問題がないというMMT(現代貨幣理論)は実験にすぎません」

「バランスシートを大きくしてしまってファンディングができなくなると必ずどんなレバレッジでも破綻します。国自体がそういう方向に行ってしまった日本は悪い意味でのフロントランナーであるのは間違いありません」

(おわり)

筆者撮影
筆者撮影

浅井將雄(あさい・まさお)

旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。