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「日本は2021年デフレに逆戻りするリスクが高い」どうなる英国EU離脱 和製ソロスに見える世界(上)

木村正人在英国際ジャーナリスト
2016年1月「もはやデフレではない」と宣言した安倍首相だが(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]日本経済や英国の欧州連合(EU)離脱、米中貿易摩擦、フェイスブックの仮想通貨リブラについて、ロンドンに本拠を構える債券では世界最大級のヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井將雄さんに2回に分けておうかがいします。

――日本経済についてどう見ておられますか

「現状、日本が潜在成長率以上の成長をしているというのは疑いもない事実です。米中貿易協議の中で中国を中心にネガティブな影響があり、世界経済自体は昨年に比べやや減速しているものの、米国を中心としてまだ景気後退局面には入っていないというのが今年の状況です」

「10月に消費税を10%に上げたものの、若干の景気対策を行うことで今回は大きな落ち込みを逃れ得ると思っています」

――潜在的成長率以上の成長をしている要因は何でしょう

「日本の成長率は1%ぐらいです。労働市場が逼迫(ひっぱく)していること、来年の東京五輪・パラリンピックを控えて政府支出も引き続き増大していること、米国を中心に輸出自体は好調ということだと思います」

「外需も米国中心に引き続き好調、内需も五輪を控えて引き続き堅調。個人消費も悪くない。事実だけを積み重ねるとそうなります。政府支出も減っているわけではありません」

――日銀が一段の金融緩和をする可能性はあるのでしょうか

「今でも流動性は出していますし、バランスシートも膨らませているので、大きな金融緩和をしています。ただ長期金利が下がり過ぎてしまって年金の運用に大きな齟齬(そご)を来すようなレベルに来てしまったという認識が黒田東彦総裁にもあります」

「そういった副作用を減じながら緩和をしていく過程の中で、何とかイールドカーブを立たせ(短期金利と長期金利の差を大きくし)ながら、緩和姿勢を維持する。イールドカーブが平坦にならないような緩和策と短期金利の低下をセットにした案を検討しているという段階でしょう」

「世界経済の混乱とか、10月の消費増税による景気の腰折れを防ぐということで、黒田総裁は10月31日に将来の利下げの可能性を内包した声明文を明示しました。個人的には日銀の物価見通しは楽観的過ぎると思っており、2021年には再度デフレ入りするリスクが高いと見ています。それまでには一段の金融緩和は避けられない」

――緩和の出口というのはどんどん遠くなっているということでしょうか

「現時点の想定では出口は通貨が毀損する時だと思います。アルゼンチンやベネズエラのインフレ率がハネ上がりましたが、事前にはそのタイミングはなかなか予想できませんでした。日本の場合、『来るか、来ませんか』といったら、財政が放漫になっているので、いつか来る可能性はあると思います」

――厳しい状況ですね

「英国の対国内総生産(GDP)比の政府債務残高は今年、国際通貨基金(IMF)の推定で86%、日本の238%と比べると格段に少ないです。ブレグジットの英国よりも日本の方が財政状況も苦しいし、人口構成としても非常に厳しい状態であるのは間違いありません。少子高齢化は深刻な問題だと思います」

――日韓貿易紛争の影響はどう見ておられますか

「日本経済への影響は微々たるものです。あれはもう政治の問題ですから。韓国は分からないですが、今の文在寅大統領がいる間は、日本に対して大きな譲歩をする政治的メリットは全くないでしょう」

「日本から歩み寄るつもりも、今の安倍政権からは見受けられません。ユニクロも含めて韓国で不買運動が起きていますが、ユニクロのアジアでの売り上げは今年、過去最大になっているように、韓国におけるユニクロの不買運動は極めて軽微な影響です」

「他の飲料会社も同じような状況なので、日本の企業に与えるインパクトは今のところは軽微であると言っていいと思います」

「政治的な軋轢(あつれき)が経済に、今までもずっと政冷経熱みたいな状況でしたが、それがもう一層ひどくなって政治、経済にも影響を及ぼしています」

「しかし日本経済全体とか、アジア経済全体に日韓の衝突が及ぼす影響は現在のところ極めて軽微なものと言っていいでしょう。安保問題としての影響の方がずっと大きい」

――12月にボリス・ジョンソン英首相のEU離脱合意の是非を問う総選挙が行われることになりました。EU離脱が英国経済に与える影響は決して小さくありませんが、離脱した後に英国にどんな優位性が残ると考えておられますか

「テクノロジーの進展が世界共通語としての英語にもたらしている利益は極めて大きいと思っています。自動翻訳機も出てきていますが、その一方で世界の言語のベースの英語化がどんどん進んできています」

「あれだけ英国嫌いだったEUの議会が英語で行われてしまったりするような状況の中、英語の持つ重要性が非常に大きくなってきています。それがテクノロジーのシンプルなワーディング(言語)のベースになっているのも事実です」

「世界全体ではグローバル化の弊害から反グローバル化の波も大きくなってきています。各国でポピュリズムが出てきていますが、テクノロジーの世界での英語を中心とした共通化というのは逆に進んでいるので、それをベースにした優位性というのが起きると考えています」

「ただ、それを許容してきた英国の、特に規制緩和を中心とするマーガレット・サッチャー首相(在任1979~90年)以降の潮流が大きく損なわれる恐れがあります」

「舵のとりようによっては、サッチャーが登場する前に、英国にとっても非常に辛い、厳しい時期がありましたが、それに匹敵する特に金融を中心とする産業構造の転換に見舞われる危険性は十分あると思います」

――英国にとって最悪のシナリオは「合意なき離脱」や強硬離脱(ハードブレグジット)ですか

「ブレグジットではありません。ブレグジットだけなら乗り越えられたものが、これまでの政治の潮流とは異なる、旧来型の労働党(オールド・レイバー)が政権をとるのであれば、サッチャー以降30年もそういう政権はなかったわけですから、困難な時代に逆戻りするリスクが大きくあります」

――どうして英国は自分で自分を破壊するような状況に陥ってしまったのでしょう

「過去に日本でも、ドイツでも、戦争をすれば負けるかもしれないのにそういう状況に陥っていくケースはありました。歴史を紐解けば必然とまでは言いませんが、経済合理的に正しいことだけが通るわけではありません」

「経済合理性に寄っていけば、やっぱり貧富の差が出てきたり、そうなってきた場合に、国民の反発と移民がこれだけ入ってきたことに対する不満が高まったりします。国を開け過ぎて移民が入ってきたということでポピュリズムが台頭するのも避けて通れません」

「英国はマルチナショナル(多国籍)化、メトロポリタン化が驚くほど進んだ国です。しかし、これだけ英国人、本国人が少ないことに対する嫌悪感があっても当然なのかなというふうには思います」

「同じ立場に日本がなって、これだけの移民を許容できたかというと限りなく難しいと思います」

――そういう時代が終わりに近づいているという認識ですか

「これから開かなければいけない日本と、これからゆっくりと閉じていこうとする英国というのは、やっぱり大きな時間差があります。そういう国の成長過程にも大きくよってくるのではないでしょうか」

「英国は成長の大部分を移民の力によって達成してきました。1970年代までの英国の不況を多分に移民の受け入れや規制緩和で克服してきたと思います。でも、その弊害として、純粋な英国の人たちはそれによって自分たちの居場所を取られた部分が強かったということなのでしょう」

「日本は今、労働力や人口も不足してきて、もし政策として縮小均衡を取らなければ、移民労働者の受け入れが必須になってきます。そうした中で、日本もこれほどまでの移民を受け入れられるのかどうかというのは何年か後に、非常に大きな選択肢になってくると思います」

「英国で資本主義は大きく進展してきました。植民地時代を含め常にグローバル化を推進してきた国でしたが、グローバル化の行き着く先がブレグジットだったということは、資本主義のグローバル化というのもやはり限界があるということを感じさせられたということで、一つの時代を象徴するものではないかなと思います」

――英国がEUに残留する可能性はもう残っていないと思われますか

「それは冒涜(ぼうとく)じゃないですかね、国民投票に対する。それを決断することって政治家に許されるのですか。国民投票での決定を反故にして残留するって、どういうことなのでしょう。国民投票をあと2回やるのですか。もう1回で1勝1敗だから、さらにもう1回する? 僕はできないと思いますが」

――英米型オープンプラットフォームの経済システムの敗北を意味しているのでしょうか

「敗北じゃない。英米主義が敗北しているわけでは全くないと思うので。変化の一局面ということじゃないでしょうか。今から10年以上前、世界中でグローバル化という言葉がもてはやされた時に、木村さん(筆者)との討論の中で僕1人だけブロック化の時代と言っていたのを覚えておられると思います」

「結構当たっていたと思うのですが、その時には、誰も見向きもしてくれませんでした。でも10年先を当てるのもわれわれの仕事です。長らく世界の警察官だった米国はバラク・オバマ前大統領の時代にその役割を自ら終えました。中国も台頭してきてロシア、欧州と本当に群雄割拠してきています」

「どちらかというとグローバル化よりも、反グローバル化というか、各国の国境は徐々に高くなっていく方向に次の10年もあると思っています」

――EU側についてはどう見ておられますか

「誰もが助けられないギリシャとイタリアを抱え込み続けています。今、欧州単一通貨ユーロ圏は小康状態です。どちらかといえば、英国とEUの勝者は最後には英国です。何年か英国は足踏みしてもね」

「世界の政治のリーダーかつ世界第5位のGDP大国の離反は大きい。次の債務危機は英国なしでは乗り越えられないのではないか」

――ユーロ圏の次の債務危機はもう近づいてきているのでしょうか

「そんなに近づいてはいないです。でも避けては通れないと思います。日本の方がもうちょっと耐久性がありますね」

(つづく)

筆者撮影
筆者撮影

浅井將雄(あさい・まさお)

旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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