「朝日はヘイトを許すのか」真正保守の「伝統と文化戦争」になぜリベラルは敗れるのか

2019年、韓国「慰安婦の日」(写真:アフロ)

「ヘイト表現が罷り通った愛知の企画展が終わった」

[ロンドン発]国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」について産経新聞は18日付主張で「愛知の企画展閉幕 朝日はヘイトを許すのか」と指摘しました。まず内容を見ておきましょう。

〈ヘイト(憎悪)表現が罷(まか)り通った愛知の企画展が終わった。(略)昭和天皇の写真を何度も燃やし、最後にその灰を土足で踏みにじる動画がそうである。(略)韓国が日本非難に用いる、『慰安婦像』として知られる少女像も並んだ〉

〈朝日新聞は16日付社説で「『日本へのヘイト』との批判」を「あきれる話だ」と難じた。ヘイト行為に目をつむる朝日の主張には心底あきれる。社説は「規制すべきヘイト行為(略)に当たらない作品をヘイトと指弾する」のは「暴論でしかない」とした〉

「政治を変えたいのなら、まず文化を変える必要がある」と唱えて米国で「カルチャー(文化)戦争」を仕掛けた人物がいます。ドナルド・トランプ米大統領を誕生させた陰の功労者で、元首席戦略官兼上級顧問のスティーブン・バノン氏です。

英国の欧州連合(EU)離脱決定も経済論争というより国のかたち(主権)を問う「文化戦争」です。バノン氏は英国に強い関心を持っていました。英語で米国と結ばれ、文化的にも強い影響力を持っているからです。米大統領に先行する英国のEU国民投票はバノン氏にとっても非常に重要でした。

「失われた30年」の真正保守の台頭

日本経済は1990年代初頭のバブル崩壊とともに「失われた平成の30年」に突入。戦後50年の95年以降、安倍晋三首相や産経新聞を筆頭に日本の「伝統と文化」を重んじ、領土問題や歴史問題を先鋭化させる新たな保守(真正保守)勢力が台頭してきました。

背景には中国や韓国の経済的な台頭と中国と北朝鮮の軍事的な脅威があります。日本人の居場所とアイデンティティーが脅かされているという危機感が真正保守台頭の原動力でした。

日本のオルタナ右翼は米英両国より随分、早く出現しました。「伝統と文化戦争」のターゲットは国内では朝日新聞であり、国外では中国や北朝鮮、今や主敵は韓国になったようです。

「表現の不自由展」騒動を考える時、これは「表現の自由」や「芸術の自由」でも、憲法論争でもなく、「伝統と文化戦争」という情報戦争であることを理解しないと対応を間違えてしまうでしょう。

日本はすでに真正保守が国内で「伝統と文化戦争」に大勝利を収め、政治を完全に支配しています。それは歴史教科書問題の結末、国際捕鯨委員会(IWC)脱退と商業捕鯨の再開、日韓貿易戦争、「表現の不自由展」騒動を見れば一目瞭然です。

あなたの心はフ*ックされている

トランプ大統領の誕生や英国のEU離脱決定の裏で暗躍したロンドンの政治コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカ(以下CA社、昨年閉鎖)を覚えておられるでしょうか。

CA社がフェイスブック(FB)データを不正に利用していたことを告発したクリストファー・ワイリー氏が著書『Mindf*ck(心をフ*ックする) 世界を破壊するCA社の謀略の内幕』を出版しました。

FBデータの不正利用を告発したワイリー氏(筆者撮影)
FBデータの不正利用を告発したワイリー氏(筆者撮影)

ピンク色に染めた髪がトレードマークだったワイリー氏は地毛とみられる金髪でロンドン外国特派員協会(FPA)に姿を見せ、CA社の活動について次のように語りました。

「CA社はもともとロンドンに拠点を置く戦略的コミュニケーション研修所(SCL)グループで、私はそこで働き始めました。SCLグループは軍と契約を結んでいました。米軍も英軍もちょうど心理的に働きかける戦争について改めて関心を持ち始めていました」

「過激派組織『イスラム国(IS)』が差し迫った脅威として浮上してきました。何がオンライン上で人々を過激化させ、リクルートし、組織化させているのか。すべてがデジタル・ファースト、モバイル(携帯電話)・ファーストの世界に急激に変化していました」

「インターネットはまだ軍の最も重要な領域ではありませんでした。どうして人々が過激化し、シリアに行き、人を殺すようになるかを理解する必要がありました。ソーシャルメディアがどのようにそのプロセスに働きかけるのかを理解しなければならなくなったのです」

「魚雷は空中戦では役に立ちません。ISはミサイルだけでなく、心理的なナラティブ(物語)を発射してきます。何が、そして誰が影響を与えたのか、イデオロギーがどのように考え方を変えるのか、過激派の見方を受け入れる人はどんなタイプなのかを解明する必要がありました」

「政治を変えるには、まず文化を変える」

この手法に関心を持ったのが保守系ニュースサイト、ブライトバート・ニュースを運営するバノン氏でした。「政治を変えるためには、まず文化を変えなければならない」。バノン氏にとって、女性、高齢者、若者、低所得者・貧困層といった従来から使われていたカテゴリーはもう時代遅れでした。

必要なのは、開放性と誠実さ、外向性、協調性、情緒の安定性といった心理的タイプに基づく詳細な分析でした。党派に属さないウェブページを装って政治広告で個人を狙い撃ちにして経済的にも政治的にも取り残された被害者だと怒りを煽るのです。

その激怒は有権者の投票行動を変える――それがバノン氏の狙いでした。彼は米国の民主党員と共和党員の潜在的な人種差別意識を悪用することに特に熱心だったとワイリー氏は指摘しています。CA社は性格診断クイズアプリを装って集めたFBユーザー8700万人のデータを不正に利用して怒りの炎に油を注ぎました。

FBの「いいね!」10件を分析するだけで同僚の研究者より対象者のパーソナリティーを分析できるそうです。「いいね!」70件で友だちより、「いいね!」150件で家族より、「いいね!」300件で配偶者より詳しくその人の性格が理解できるので、その効果はてきめんでした。

ワイリー氏に「日本でも1990年代から同じような現象が起きているが、この文化戦争にリベラルが右派に勝つ見込みはあるのか」と質問してみました。

ワイリー氏「その答えは私には分からない。日本の場合、憲法の問題がある。韓国との対立もある。どこの国にも国内問題と国外問題がある。日本人がどのように自分たちを感じているのか。より強い力を持っているのか、失っているのか」

「それらがアイデンティティーの問題であり、文化の問題だ。文化の変化はリベラルと右派の対立軸だけでなく地政学が深く関係してくる。近隣諸国もイデオロギーではなく、地政学的に日本のコンテキストに影響を与えるインセンティブがある」

地政学上の変化だけでなく、現実世界とサイバー空間の統合が進むにつれ、情報戦争は収まるどころか、さらにエスカレートしていく恐れがあります。

(おわり)