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ジョンソン英首相、チャーチルの孫や「下院の父」の党籍剥奪 早くも「ゾンビ内閣」化 離脱延長法案成立へ

木村正人在英国際ジャーナリスト
ナチスのヒトラーになぞらえられたジョンソン首相(写真:ロイター/アフロ)

解散総選挙動議は不発

[ロンドン発]英国の欧州連合(EU)離脱交渉で、英下院は4日、市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」を回避する法案を賛成329票vs反対300票(第二読会)、賛成327票vs反対299票(第三読会)で可決しました。法案は上院の審議を経て成立する運びです。

保守党の造反組21人は党籍を剥奪されたため、与党は保守党と北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)を合わせても295議席(実質的な過半数は320議席)しかなく、少数政権に転落。ボリス・ジョンソン首相に率いられた「合意なき離脱」政権は議会再開早々「ゾンビ内閣」化してしまいました。

議会前広場でジョンソン首相のやり方に抗議する市民(4日夕、筆者撮影)
議会前広場でジョンソン首相のやり方に抗議する市民(4日夕、筆者撮影)

これでジョンソン首相はEUとの再交渉で合意できなければ離脱期限を10月31日から来年1月31日まで延長することをEU側に要請しなければなりません。英国のEU交渉チームはジョンソン首相になって4分の1以下に縮小され、「合意なき離脱」に突き進んできました。

ジョンソン首相は窮地を打開するため解散総選挙に打って出る動議をかけました。最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首はこれに応じず、ジョンソン首相は早期総選挙に必要な定数の3分の2(434議席)には遠く及ばない298票しか集められませんでした。

「革命軍事政権になった保守党」

党籍を剥奪された保守党下院議員の中には、第二次大戦でナチス・ドイツを打ち負かし、英国を勝利に導いたウィンストン・チャーチル首相の孫ニコラス・ソームズ氏やフィリップ・ハモンド前財務相、「下院の父」の称号を与えられたケネス・クラーク元財務相も含まれています。

その1人でEU残留を主張しているドミニク・グリーブ元法務長官は2回目の国民投票を呼びかける議会前広場での集会に登壇し、「保守党が革命軍事政権のように振る舞うのを目の当たりにして慄いている。すべての民主的な規範を軽視すると脅かしている」と批判しました。

保守党の党籍を剥奪されたドミニク・グリーブ元法務長官(筆者撮影)
保守党の党籍を剥奪されたドミニク・グリーブ元法務長官(筆者撮影)

ジョンソン首相は著書『チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力』を記し、国民的英雄のチャーチルと自分をだぶらせていますが、自分に楯突いた孫は容赦なく切り捨てました。

欧州連合(EU)に対する英国の世論を調査している「UK Thinks EU(英国はEUをどう思っているか)」のジョン・カーティス英ストラスクライド大学教授に状況を解説してもらいました。

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「保守党は他の党に比べて勢いを取り戻し、労働党は低調と言う人もいます。ユーガブ(YouGov)の世論調査が発表された3日夜、平均値を計算し直すと、保守党は労働党を9%ポイント引き離していました」

勝てない労働党

「現時点では少なくとも、早期総選挙が労働党のコービン党首を首相にする見通しはほとんどありません。コービン氏が考慮すべきことの1つは、実際に解散に応じた場合、党首としての役目に自ら終止符を打つことになる恐れがあるということです」

「彼が新たな敗北を生き延びるのは非常に難しいでしょう。コービン氏は熟慮しなければなりません。労働党はひどい状態にあります」

カーティス教授(筆者撮影)
カーティス教授(筆者撮影)

「保守党の9ポイントリードは大きいように聞こえますが、保守党はスコットランドで議席を失う重大なリスクにさらされています。スコットランドの新しい世論調査は保守党が(現在の13議席から)3議席に減る可能性を示唆しています」

「自由民主党は2年前よりもはるかに強い立場にあります。保守党の議席が自由民主党に行き、戦術的な投票があればもっと増えるでしょう。保守党は現状を維持するために労働党の地盤で議席を奪わなければなりません」

総選挙なら保守党が過半数獲得も

「選挙区の地域情勢が2017年総選挙と同じであると仮定すると、保守党は326~327議席とるかもしれません。そうなるとは限りませんが、保守党が過半数を獲得する可能性はちょうど50%を超えるぐらいあります」

「与野党の議席差が20または30程度になるかもしれないという示唆や、別のモデルでは311議席だという声もありました。それだけ接戦になるということでしょう」

「早期総選挙になった場合、ジョンソン首相とコービン氏の間で争われる選挙ではなく、ジョンソン首相とブレグジット党のナイジェル・ファラージ党首の間の争いになります」

「9ポイントリードは、保守党がブレグジット党からEU離脱票を取り戻すことによってもたらされました。保守党はEU残留票を全く取り込めていません」

EU離脱派同士の内戦へ

「ジョンソン首相が早期総選挙を行う唯一の道筋が離脱協定書を受け入れることである場合、ファラージ氏は『われわれは合意なき離脱を求めている。合意なき離脱を実現するなら、ジョンソン首相は信頼できない』と言い続けるでしょう」

「EU離脱派同士の内戦になります。離脱派の半分は『合意なき離脱』を望んでいます」

「ジョンソン首相はテリーザ・メイ前首相に比べてより効果的に選挙運動を展開するでしょう。しかしファラージ氏も相当のやり手です。ジョンソン首相とファラージ氏の闘いに総選挙の結果は左右されます」

「EU残留派も労働党と自由民主党の間で分裂しています。皮肉にもジョンソン首相にチャンスを与えているのは自由民主党が労働党の票を奪って伸びているからです」

「正直なところ、労働党は『合意なき離脱』阻止法案が成立するまで総選挙にならないように動いているのは明らかです」

「ジョンソン首相が休会期間を3週間から5週間に伸ばしたことは彼自身に跳ね返っています。どのように10月14日に総選挙を実施して10月末までにEUと再交渉してその合意について下院の承認を得ようというのか分かりません。今でも時間が十分ではないのに、ジョンソン首相はさらにその時間を制限してしまいました」

蛇の生殺し状態にされたジョンソン首相

「もしジョンソン首相が離脱期限の10月31日までに総選挙を行うつもりなら『合意なき離脱』阻止法案をひっくり返さなければなりません。野党側が彼を窮地に追いやりたいのなら窮地に追い込んだまま放っておくことです」

「議会期固定法では野党の党首に解散総選挙を拒否する権利を与えています。野党の戦略は政府をとろ火にかけて、ジョンソン首相の信頼性が低下するのをじっくり待つことです」

野党側はジョンソン首相がEUに嫌々、頭を下げて離脱期限の延長を申し込むのを待って、EU離脱派の分裂を誘い、じっくり料理する腹積もりのようです。ジョンソン政権はもはや政治的に死んだも同然です。

「合意なき離脱」を封印できたとしても反ジョンソン派は決して一枚岩ではなく、EU残留、穏健離脱に割れ、何も決めることができない状況が続いていることに変わりはありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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