Yahoo!ニュース

「表現の自由」を敵視する社会 ロンドンで左派の論客が極右に襲撃された

木村正人在英国際ジャーナリスト
第二次大戦でファシズムと戦った英国でも極右が台頭している(写真:ロイター/アフロ)

少数派や左派を攻撃する極右

[ロンドン発]英紙ガーディアンの著名コラムニストで左派の論客オーウェン・ジョーンズ氏(35)が17日未明、ロンドン市内のパブで友人と誕生日を祝った後、暴漢3~4人に襲われ、暴行を加えられました。

ジョーンズ氏に向かってきた暴漢は空手のキックを背後から浴びせ、地面に投げつけた後、頭や背中に蹴りを入れました。止めようとした友人も殴られたそうです。

ジョーンズ氏はツイートなどで「この1年間、極右によって路上で繰り返し狙われてきた。極右は私の写真を撮って、脅迫的なメッセージやビデオを投稿してきた。マイノリティー(少数派)や左派を攻撃している」と証言しています。

3年前の欧州連合(EU)からの残留・離脱を問う国民投票の直後、人種や宗教の違いに動機付けられたヘイトクライム(嫌悪犯罪)は1年間で44%も増えました。

ガーディアン紙初の女性編集長として知られるキャサリン・バイナー氏は「ジャーナリストや活動家への暴力は民主主義社会では許されない」と厳しく非難しました。

最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首も「ジョーンズ氏への攻撃は政治的に動機付けられている。わが国では極右が台頭している」とのメッセージを送りました。

弱者を敵視する社会

ジョーンズ氏は著書『チャヴ 弱者を敵視する社会』(2011年)で注目を集めた左派の論客です。サッチャー革命がもたらしたネオリベラリズム(新自由主義)の緊縮財政、民営化、規制緩和が英国社会と労働者の生活をどう破壊していったのかを世に問いました。

炭鉱は民営化され、炭鉱労働者の連帯と地域のコミュニティーは完全に破壊されました。一部の労働者階級は中産階級になったものの、政治家の間で「階級」ではなく「格差」だけが語られるようになったとジョーンズ氏は呼びかけます。

労働者の連帯が地域を改善してきたのに、労働者階級はサッチャー革命とそれに続く「ニューレイバー(新しい労働党)」によって破壊され、個人主義がはびこるようになったと指摘します。

階級史観に基づく「オールドレイバー(古い労働党)」のエレジーのようで筆者はジョーンズ氏の主張はあまり好きにはなれません。いくら嘆いてみたところで時代の流れを止めることはできません。

最近の労働党大会を取材していて「機会の平等」ではなく「結果の平等」を求めているように感じます。「結果の平等」は結局、人間のやる気をなくしてしまいます。

しかしジョーンズ氏の指摘がなければ、市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」を支持する人がこれだけ多いことを説明できなかったでしょう。

意見の違いは封殺される

「ホワイト・アンダークラス(白い負け組)」の怨念が強硬左派コービン党首だけでなく、ドナルド・トランプ米大統領を上回る「ホラ吹き(脱・真実)男」ボリス・ジョンソン英首相を誕生させました。

米分析ジャーナリズムサイト「ファイブサーティーエイト(538)」によると、トランプ大統領が誕生した2016年の米大統領選後の10日間で南部貧困法律センターには900件のヘイト事案が報告されました。1日平均90件で米連邦捜査局(FBI)が10~15年にとった統計の16件をはるかに上回っていました。

所得格差が大きい州ほど、人口1人当たりのヘイト事案の発生率は高かったそうです。

「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」騒動を見ても分かるように今、世界中が右派と左派に分断しています。異なる意見を戦わせることによって社会は発展していくのですが、暴力や脅しによって意見の違いが封殺されようとしています。

国境なき記者団によると、「ジャーナリスト受難の年」と言われた昨年、サウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏を含む66人のジャーナリストと13人の市民ジャーナリスト、5人のメディア・アシスタントが殺害されました。

今も投獄されているジャーナリストは238人、市民ジャーナリストは139人、メディア・アシスタントは17人です。

ヘイトは見逃される

「表現の自由」や「報道の自由」「芸術の自由」「知る権利」は、多元的な価値を基盤とする民主主義や社会の発展を支える上で最大限に保障されなければなりません。

警察庁によると、在日特権を許さない市民の会など極右のデモは2014年には約120件、15年には約70件でした。日本に居住する外国出身者らに対する差別意識を助長・誘発する言動を解消する「ヘイトスピーチ解消法」が施行された16年には約40件まで減少しましたが、17年には約50件に増加しています。

ヘイトスピーチ解消法には差別的な言動に対する禁止規定も罰則もありません。日本では「表現の自由」が保障されているからだそうです。

ヘイトは全く解消されないのに、企画展「表現の不自由展・その後」は「平和の少女像」や昭和天皇の肖像を燃やしているように見える作品の展示に抗議が殺到し3日間で打ち切られたことが日本における「表現の自由」の現状を如実に物語っています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事