ウィキリークス創設者は正義のミカタか、単なるハッカーか 再燃する「知る権利」vs「秘密国家」論争

ロンドン警視庁に逮捕されたアサンジ容疑者(写真:ロイター/アフロ)

変わり果てた英雄

[ロンドン発]一世を風靡した内部告発サイト「ウィキリークス」創設者ジュリアン・アサンジ容疑者(47)が11日、ロンドンの在英エクアドル大使館から顔は不気味にむくみ、髭はぼうぼうという変わり果てた姿で引きずり出されました。

米国の国家機密を持ち出すのを手助けした容疑で米国に引き渡され、死刑になるのを恐れて同大使館に逃げ込んでから7年近く。2487日ぶりにアサンジ容疑者は、米国の要請を受けた英ロンドン警視庁に逮捕されました。

米司法省は11日、アサンジ容疑者をすでに起訴しており、身柄を引き渡すよう英国政府に要請したと発表しました。国家機密を持ち出した元米陸軍上等兵チェルシー(旧ブラッドリー)・マニング元服役囚(31)にパスワードの破り方を教えたとされています。

2年前に就任したエクアドルのレニン・モレノ大統領は、悪化していた対米関係の改善に取り組みました。同国は昨年8月、米国とは一線を画する米州ボリバル同盟からも脱退しました。

アサンジ容疑者は9年前に一度拘束され、保釈が認められましたが、エクアドル大使館内に逃走。この日、保釈の要件を破ったとしてウェストミンスター治安裁判所で最長12カ月、投獄されるという判決を受けました。

英国では死刑は廃止されており、最後に執行されたのは1964年です。一方、米国には死刑制度が残っています。このため、死刑にならないことを米国が約束しない限り、アサンジ容疑者の身柄が米国に引き渡されることはないでしょう。

米憲法修正1条にうたわれた「報道の自由」

米国のドナルド・トランプ共和党政権は、マニング元服役囚に恩赦を与えたリベラルのバラク・オバマ前米大統領と違って超タカ派です。国家機密の漏洩を幇助したアサンジ容疑者に厳罰を加えたいと考えています。

トランプ大統領は2016年の米大統領選最後の1カ月だけで、民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン元国務長官の電子メール3万件以上を暴露した「ウィキリークス」に164回も言及。「私はウィキリークスを愛している」とまで発言していました。

しかし今や「ウィキリークスについては何も知らない」「私は関係ない」と態度を豹変させています。なぜなのか、考えてみましょう。

アサンジ容疑者は大統領選でトランプ陣営の元幹部と接触し、クリントン氏の情報を出すと伝えたと報じられています。今回の逮捕をきっかけに大統領選にロシアが介入した問題が蒸し返されることをトランプ大統領は心配しています。

しかし問題の根はもっと深いようです。米憲法修正1条には「表現の自由(知る権利)」がうたわれています。

「米憲法の父」と呼ばれるジェームズ・マジソン第4代大統領(1751~1836年)は「国民が情報を持たず、情報を入手する手段を持たないような国民の政府というのは、喜劇への序章か悲劇への序章か、あるいはおそらく双方への序章に過ぎない」と述べています。

「表現の自由」を尊重したオバマ前米大統領

オバマ前大統領はウィキリークスの国家機密漏洩問題に深入りすると「表現の自由」を侵害する恐れがあるとみて、マニング元服役囚に恩赦を与え、アサンジ容疑者には目をつぶる方針でした。

しかし超タカ派のトランプ政権は、アサンジ容疑者は米国の国家安全保障を脅かすハッカーと断定、エクアドルと英国に圧力をかけ、ついにアサンジ容疑者を逮捕させました。

トランプ大統領は自分を批判する主要メディアを「フェイク・ニュース」と批判し、「報道の自由」や「知る権利」を敵視しています。

米国からアサンジ容疑者の身柄引き渡しを求められる英国も米国型の「国家安全保障」か、「表現の自由」という普遍的な価値を重視するのか、究極の選択を突き付けられています。

サイバー時代の寵児だったアサンジ容疑者

アサンジ容疑者は10代から「天才ハッカー」と呼ばれ、仲間たちと米航空宇宙局(NASA)など欧米のコンピューター・ネットワークを次々とハッキング。31の罪状で起訴されますが、判決は少額の弁償で済みました。

情報を盗み見るだけで、実害を残さなかったからです。その後、ハッカーを卒業し、内部告発者の安全を100%保証するシステムを完成させ、「ウィキリークス」と名付けます。

ウィキリークスは「完璧な匿名性を保証するシステムが内部告発の連鎖を引き起こし、やがて国家や企業、独裁者が独占する情報を解き放って既存の権力構造を一気に瓦解させる」との理念を掲げて、世界中から注目されます。

駐アフガン・イラク米軍の機密文書や米外交公電を英紙ガーディアンと組んで暴露した時は、アサンジ容疑者は「正義のミカタ」「サイバー時代の寵児」ともてはやされます。

しかし避妊具を着けずにスウェーデン人女性2人と性行為をしたとして婦女暴行容疑が発覚して転落。ガーディアン紙をはじめ欧米の主要メディアはアサンジ容疑者から距離を置き始めます。

「刑務所暮らしの方がまだマシ」

在英エクアドル大使館は、ロンドン・ナイツブリッジの高級百貨店ハロッズ近くにあるビルの2階に入居しています。ロンドン警視庁は1日1万1000ポンド(約160万円)の費用をかけて見張りを続けてきました。

アサンジ容疑者が直射日光を浴びることができたのは大使館のバルコニーから声明を発表した20分だけ。

支援者の英映画監督ケン・ローチ氏はランニングマシンをプレゼント。運動不足を解消するため、アサンジ容疑者は1日約120キロ走ったこともあるそうです。

しかし、日照不足が健康を蝕み、心肺機能が著しく低下し、血圧にも異常を来していたことはアサンジ容疑者の姿からも明らかです。

アサンジ容疑者は「これなら刑務所暮らしの方がまだマシ」とこぼしていましたが、オバマ前大統領とは真逆を行くトランプ政権の追及の手から逃れるのはこれまで以上に難しくなりそうです。

【ウィキリークスの経過】

2010年5月、米国の機密文書を持ち出した米陸軍のマニング上等兵を逮捕

2010年6~10月、ウィキリークスが、マニング容疑者の持ち出した米外交公電25万件以上と駐アフガニスタン・イラク米軍など機密文書約47万件を暴露

2010年11月、スウェーデン検察当局がスウェーデン女性2人に性的暴行を加えたとしてアサンジ容疑者に対する欧州逮捕状を発布。アサンジ容疑者は容疑を否認

2011年2月、スウェーデンへの引き渡しは可能と英裁判所が判断

2012年6月、アサンジ容疑者が米国に引き渡されれば死刑になると在英エクアドル大使館に逃げ込む。後に政治亡命が認められる

2013年8月 マニング被告に禁錮35年の判決

2016年2月、国連人権委員会・恣意的拘禁に関する作業部会が「世界人権宣言など国際規約に違反しており、英国、スウェーデン両政府による不当拘束に当たる」と非難

2017年5月、同年1月にオバマ大統領が与えた恩赦でマニング服役囚は釈放。スウェーデン検察当局がアサンジ容疑者に対するレイプ事件の捜査を取り下げ

2018年3月、アサンジ容疑者が他国の内政に干渉したとしてエクアドル当局がインターネットアクセスを遮断

2018年11月、米司法当局がアサンジ容疑者を極秘裏に起訴していたことが発覚

2019年3月、ウィキリークス捜査への協力を拒んだとしてマニング元服役囚を再び拘束

2019年4月2日、アサンジ容疑者は繰り返し政治亡命の条件を破っているとエクアドルのモレノ大統領が警告

2019年4月11日、ロンドン警視庁が米国の要請に応じてアサンジ容疑者を逮捕

(おわり)