「マーストリヒトの呪い」離脱合意3度目も否決 メイ首相が犯した12の大罪 関税同盟に残留案が浮上

EUから出るに出られない英国。メイ首相ら離脱派のデコレーション(筆者撮影)

[ロンドン発]英国の欧州連合(EU)離脱交渉は当初の離脱期限である29日、英下院で3度目の採決が行われました。230票、149票という歴史的な大差で2度も否決されたテリーザ・メイ英首相とEUの離脱合意は三度、58票差で否決されました。

賛成286票、反対344票。メイ首相の「辞める代わりに私の離脱合意に賛成して」という最後のお願いも空振りに終わりました。

英国とEUの間をさまようメイ首相(筆者撮影)
英国とEUの間をさまようメイ首相(筆者撮影)

メイ首相の辞任は時間の問題です。これで英国は4月8日までにEU側に、5月の欧州議会選に参加するかどうか、つまり離脱期限を年末か、それより少し長く延期してどんな代替策を実行するのか伝えなければなりません。

4月10日にEU緊急首脳会議が開かれ、新たな離脱期限の12日を前にEU側の対応が決められます。

野党議員や保守党の残留派議員が主導した3月27日の法的拘束力のない「示唆的投票(indicative votes)」で示された代替策は次の2つです。

(1)恒久的かつ包括的な関税同盟

賛成264票、反対272票(8票差)

(2)下院で可決された離脱案を2回目の国民投票にかける

賛成268票、反対295票(27票差)

2回目の国民投票は不確実性をさらに高めるので避けたいところです。EU残留派の前財務相で現在は無料夕刊紙イーブニング・スタンダードの編集長を務めるジョージ・オズボーン氏は「EU離脱がなくなった幸福な日」とうれしそうに連続ツイートしました。

同紙に掲載された政治風刺画も皮肉たっぷりです。

EU側のミシェル・バルニエ首席交渉官は英国が関税同盟に残るなら48時間もあれば政治宣言をいじれるとの見方を示しました。将来の通商交渉が決裂した場合、北アイルランド・アイルランド間に「目に見える国境」を復活させないバックストップ(安全策)を緩和できると指摘しています。

英国の最終判断は週明けの4月1日以降に持ち越されました。憲政の常道に照らせば、完全に暗礁に乗り上げた下院の状況を解消するにはメイ首相は最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首の同意を得て、解散・総選挙に打って出るしかありません。

英世論調査協議会会長でストラスクライド大学のジョン・カーティス教授は総選挙になった場合の議席を次のように予測しています。保守党と閣外協力する北アイルランドのプロテスタント系地域政党・民主統一党(DUP)の議席数は合計で325から317に減るそうです。

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労働党を軸にした野党連合が政権を奪取する可能性が出てきます。

「合意なき離脱も辞さず」と息巻いてきた強硬離脱(ハードブレグジット)派とDUPに鼻面を引き回された保守党が、関税同盟に残ることになれば、米国やインド、アジア太平洋諸国との自由貿易協定(FTA)も結べないばかりか、政権を失う恐れすらあります。

自業自得とは言え、保守党にとっては踏んだり蹴ったりの状況です。DUPにはバックストップが発動され、英国本土との間に「目に見えない国境」ができるのは受け入れがたい悪夢です。

強硬離脱派にとっては単一通貨ユーロの導入でEUの統合を深化させたマーストリヒト条約批准(1993年)に対する復讐戦でした。強硬離脱派の頭目ジェイコブ・リース=モグ氏の父親は93年の造反を主導しました。

2代にわたる離脱派ジェイコブ・リース=モグ氏(筆者撮影)
2代にわたる離脱派ジェイコブ・リース=モグ氏(筆者撮影)

リース=モグ氏はこの日、ようやく賛成に転じましたが、93年の造反組の生き残りが強硬離脱派の中心メンバーです。彼らが頑として完全離脱の信念を変えないのはこのためです。

しかし英国のEU離脱交渉をここまで混乱させた最大の責任はメイ首相にあります。

(1)内務相時代、現在、英国側のEU離脱首席交渉官を務めるオリバー・ロビンズ氏を異例の第2事務次官として招くも移民の純増数を年間10万人以下に抑える目標を達成できず、EU離脱の主因をつくる

英国側の首席交渉官オリバー・ロビンズ氏(筆者撮影)
英国側の首席交渉官オリバー・ロビンズ氏(筆者撮影)

(2)2016年6月に実施されたEU残留・離脱の国民投票では、デービッド・キャメロン首相(当時)が主導する残留派に与しながら、何もしなかった

(3)「英国がEUから離脱したら、北アイルランドとアイルランド間の国境は復活する」と無責任発言。後に撤回

(4)16年7月に首相に就任すると「ブレグジットと言ったらブレグジットよ(Brexit means Brexit)」「赤・白・青(英国旗ユニオンジャックの3色)のブレグジットを目指すべきよ(a red, white and blue Brexit)」という名言(迷言)を連発した

(5)17年1月、「悪い合意ならない方がマシ(no deal is better than a bad deal)」と演説。「合意なき離脱」をあおる

(6)17年3月29日、EU離脱のグランドデザインがないまま、強硬離脱派に突き上げられて離脱手続きの開始をEU側に通告(EU基本条約50条の発動)

(7)17年6月、デービッド・デービスEU離脱担当相らの進言で、絶対にしないと繰り返していた解散・総選挙に打って出る。事前の予想は地滑り的大勝だったにもかかわらず、「死に馬」のコービン党首に蹴られて、よもやの過半数割れ

(8)17年12月、交渉最大のトゲとなるアイルランド国境のバックストップについて深く考えずにEU側と基本合意

(9)18年7月、首相の公式別荘チェッカーズで離脱後もEUと共通のルールをつくる離脱案をまとめ、デービスEU離脱担当相やボリス・ジョンソン外相の辞任を招く

(10)18年11月、英下院で過半数を形成できる見通しがないまま、EUと離脱協定書と政治宣言を交わす。ドミニク・ラーブEU離脱担当相、エスター・マクベイ雇用・年金相ら4人が辞任

(11)過半数を獲得できる見通しが立たないまま、採決の先送りを続ける。2度も歴史的な大差で敗北を喫したにもかかわらず、自分の離脱合意にこだわり続ける

(12)3月20日夜、テレビ演説で議会に責任転嫁して下院議員ばかりか有権者の反発を招く

メイ首相の内相時代に仕えた官僚の1人は以前から筆者に次のような見方を示していました。

「メイ首相はリスクを取ることを避け、ネガティブな報道や批判を嫌い、内務省の官僚や彼女のインナーサークル以外の人を十分に信頼しないという3つの特徴がありました。このため、メイ首相は決断を避けるか、決断したとしても極めてまずいものになってしまいます」

「今回も最初からメイ首相は小さなグループだけからアドバイスを得ていたのでしょう。経験豊富な官僚を排除し、その代わり内務省時代に一緒に働いたロビンズ氏を登用しました。彼女は秘密主義で、決断をするのに時間がかかり、自分に同意できない人を遠ざけようとします」

「メイ首相はどんどん間違った方向に突き進み、その中に閉じこもってしまいます。その結果、決して機能することのない計画に行き着いてしまい、最後まで執着するのです」

離脱合意が完全に死んでしまった今、メイ首相に関税同盟に残留する案をのむ柔軟性が残されているのでしょうか。関税同盟案をのむと保守党は分裂してしまいます。野党側にはメイ首相への不信感が爆発寸前まで充満しています。

「合意なき離脱」を選択すれば英国経済は大きなダメージを受け、国民に対する許し難い裏切りになります。EUに長期延期を申し入れて解散すれば保守党は議席を減らす恐れがあり、ますます離脱は遠のいてしまうでしょう。

保守党強硬離脱派の圧力とEU離脱を唱える英国独立党(UKIP)の台頭を抑えるため、望まないEU離脱を国民投票にかけたキャメロン前首相は英国史上最低の首相として歴史に残ります。

騒動の原因だった強硬離脱派の頑迷固陋さによって、英国のEU離脱は幕を下ろし始めたのかもしれません。

(おわり)