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108回も約束した3月末離脱を撤回した「泥沼の女」に国民の9割が「英国の恥」

木村正人在英国際ジャーナリスト
自分の離脱合意に賛成しない英議会をTV演説で非難するメイ英首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

議会に責任をなすりつけたメイ英首相

[ブリュッセル発]英国の欧州連合(EU)離脱交渉が暗礁に乗り上げ、離脱期限が3月29日に迫る中、テリーザ・メイ英首相は20日夜、英首相官邸からTVを通じて英国民に「有権者は政治的な内紛とゲームに疲れ切っている。政治家は次のステップに向け決断すべき時だ」と呼びかけました。

2016年の国民投票で投票者の52%がEU離脱を選んだとは言うものの、何の準備もしないままEUに離脱手続きの開始を通告、絶対にしないと断言していた解散・総選挙に打って出てよもやの過半数割れを喫し、EUとの交渉で上手を取られたのはメイ首相の責任です。

「離脱と言ったら離脱よ」と離脱の中身については言を濁し、「悪い合意なら合意なき離脱の方がマシよ」と啖呵を切って強硬離脱派を煽り、離脱合意が歴史に残る230票差、2度目も149票差で否決されたにもかかわらず離脱期限ギリギリまで時間を稼いだのは他ならぬメイ首相です。

混乱の最大の原因は何と言っても、「鉄の女」と称賛された故マーガレット・サッチャー英首相とは程遠い「泥沼の女」メイ首相のリーダーシップにあります。

それをこの期に及んで「悪いのは自分の合意を承認しない議会にある」と有権者に直接、訴えても状況を悪くするだけです。直近の世論調査で9割が離脱交渉について「恥辱だ」と回答しています。

メイ首相の合意が可決されたら短期延期

最新の動きは次の通りです。

(1)メイ首相が書簡でEUのドナルド・トゥスク大統領(首脳会議の常任議長)に6月30日までの離脱期限の延長を申し入れ。

(2)トゥスク大統領はメイ首相とEUの離脱合意が英下院で行われる3度目の採決で承認された場合、EUは短期延長(5月23日まで)を認めるだろうと表明。しかし否決された場合、離脱期限前日の28日にEU臨時首脳会議を開催して長期延長を検討するという2段構えの作戦。

(3)英下院のジョン・バーコウ議長が、議案の内容が実質的に変更されない限り3度目の採決は行わない方針を打ち出す。

(4)英下院は「合意なき離脱」を回避することを可決。

メイ首相はこれまで英下院の答弁で108回も「英国は3月29日午後11時にEUを離脱する」と繰り返してきました。有権者の目にはメイ首相は108回も真っ赤な嘘(うそ)をつき続け、最後の最後で開き直ったと映っているはずです。

21、22日、ブリュッセルでEU首脳会議が行われます。それに先立ちトゥスク大統領が混乱の長期化を恐れて、英下院でメイ首相の合意が承認されるのが望ましいという考えを改めて示した格好です。

強硬離脱派85人を切り崩せるか

離脱交渉のキャスティング・ボートを握っているのは英国の主権を守るためには市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」もやむ無しと息巻く保守党の強硬離脱(ハードブレグジット)派と北アイルランドのプロテスタント系地域政党・民主統一党(DUP)の計85人です。

このうち最低でも75人を味方につけない限り、メイ首相の合意が英下院で承認されることはありません。メイ首相のTV演説を聞く限り、状況は全く好転していないことがうかがえます。メイ首相とEUは「合意なき離脱」の道を塞ぎ、強硬離脱派を追い込もうとしています。

英中央銀行・イングランド銀行が「合意なき離脱」の場合、国内総生産(GDP)は8%縮小すると予測しています。

強硬離脱派がどういう人たちかと言えば、このマイナス8%が長期的にはプラス10%にも20%にもなると信じ込んでいる頑迷固陋な英国版「真正保守」派の政治家です。その根拠は何かと問われれば「自分の本能だ」と答えて恬(てん)として恥じない人たちです。

「EUから離脱しさえすれば英国経済は中・長期的には夢のように良くなる」と無知蒙昧な有権者を煽っている人たちです。EU域外のスイスもノルウェーも経済が好調なのは、EUと強い経済的なつながりを維持しているからです。

ケンカ別れしてEUを離脱したら英国経済はどん底に沈んでしまいます。EUは単一市場と関税同盟の城壁を閉ざし、英国をEU市場から締め出してしまうでしょう。米国やインド、中国と自由貿易協定(FTA)を結ぼうとしても、英国は足元を見られて徹底的に買い叩かれるのは必至です。

EU離脱で規制から解放されて研究・開発が加速するというのは「捕らぬ狸の皮算用」に過ぎません。その原動力となる移民も外資も今回のEU離脱交渉を巡る混乱で、これからも英国の鼻面を引き回しかねない強硬離脱派にはうんざりさせられているはずです。

デービッド・キャメロン前英首相が国民投票を実施したのは、こうした強硬離脱派を宥(なだ)めるためでした。強硬離脱派は英国をEUから離脱させるばかりか、英国経済を破壊し、額に汗して真面目に働いている労働者の生活を滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にしようとしているのです。

メイ首相とEUの合意が英下院で承認されない場合、経済は長期の停滞を余儀なくされ、英国は「欧州の病人」と呼ばれた1970年代に逆戻りする恐れがあります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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