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英下院、EU離脱合意を再び149票差で否決 「合意なき離脱」の否決で国際社会に対する責任を果たせ

木村正人在英国際ジャーナリスト
2回目の採決も否決され、うなだれるメイ首相(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]地獄から天国、そして再び地獄へ転落――英国のテリーザ・メイ首相と欧州連合(EU)が土壇場で見直しに合意したEU離脱協定について12日、2回目の採決が英下院で行われ、149票の大差で再び否決されました。

2回目の英下院採決(英BBC放送より筆者作成)
2回目の英下院採決(英BBC放送より筆者作成)

英・EUの交渉は11日夜、急展開し、英・北アイルランドとアイルランド間に「目に見える国境」を復活させない安全策(バックストップ)をEU側が悪用して将来の通商交渉を脱線させようとした場合、英国は仲裁を申し立てられるという内容の法的文書で双方が合意しました。

一時は楽観ムードが流れましたが、アッという間に雲散霧消してしまいました。

12日昼前、ジェフリー・コックス英法務長官が法的文書について「英国が永遠にEUの関税同盟に繋ぎ止められる法的なリスクは残る」と最終判断したためです。

保守党・強硬離脱(ハードブレグジット)派と残留派の計75人と北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)10人が反対票を投じました。

メイ首相がマジックハットの中から取り出した鳩(ハト)は飛び立つ前にコックス法務長官と強硬離脱派、DUPに絞め殺されたかたちです。

EU側もメイ首相もできる限りのことをしたと筆者は思います。その離脱協定書も政治宣言も法的文書も全く信じられないとなると、もう交渉する意味はないでしょう。

英国がEUから離脱するにはメイ首相の離脱合意を承認するしか道はありません。さもなくば離脱はきっぱりあきらめるかです。

2回目の否決で英国はテザー(命綱)が切れた宇宙飛行士がブラックホールに落ち込んだのと同じように、EUから離脱できない宙ぶらりん状態で漂流することになります。

【今後の政治日程】

3月13日 「合意なき離脱」の是非を下院に問う

3月14日 「合意なき離脱」が回避されたら「離脱の延期」を下院に諮る

3月21、22日 EU首脳会議

3月29日 英国のEU離脱期限

5月23~26日 欧州議会選

5月24日 メイ首相の離脱合意が下院で承認されていた場合の延期案

7月2日 新しい欧州議会の招集日(本当の意味でのデッドライン)

13日の「合意なき離脱」の採決で賛成票を投じるのは強硬離脱派とDUPの75人前後に加えて最大野党・労働党の強硬離脱派数人とみられ、否決される見通しです。万が一、可決されるような事態になるなら、国連安全保障理事会の常任理事国ポストは返上すべきでしょう。

英国はすでに国際社会を代表する正当性を失いました。

これから英・EUが片付けなければならない問題は離脱をいつまで延期するか、英国は5月の欧州議会選に参加するかです。

延期の期間についても英・EUの協議が必要です。EU側は2020年末までの長期延期を求める可能性がありますが、すでに390億ポンドにのぼっている離脱清算金がさらにかさむのは必至です。強硬離脱派とDUPは抵抗するでしょう。

英国が欧州議会選に参加する姿は筆者には想像できません。英下院は現在、4つのグループに分かれています。

(1)EUとの合意離脱派(保守党中心)242人

(2)2回目の国民投票を求める残留派150人前後(野党中心)

(3)労働党の残り約160人(関税同盟に残留、一部は2回目の国民投票に流れる可能性も)

(4)「合意なき離脱」派80人?

英国がEUから離脱したければ合意離脱派と「合意なき離脱」派がまとまる必要があります。労働党が保守党主導のEU離脱をひっくり返したければ2回目の国民投票実施を打ち出す必要があるでしょう。

しかし「隠れ離脱」派のジェレミー・コービン労働党党首の態度は今一つはっきりしません。地方の選挙区ではEU離脱を求める声は依然として強いからです。

筆者の目には離脱の延期期間を決めてからメイ首相は辞任する覚悟を決めているように見えます。1月15日に行われた1回目の採決は230票差という歴史的な大差で否決され、今回も149票差で否決。メイ首相は英下院でもEUでも信頼を失いました。

メイ首相の辞任、保守党の党首選に加え、下院の膠着状態を解消するには解散・総選挙しかないようにも思えます。その結果「合意なき離脱」派が勢力を拡大する恐れは否定できません。しかし、EU側はこれ以上「合意なき離脱」派に付き合うつもりはないでしょう。

英国が本当にEUから離脱して将来の関係を再構築したければ、結局、メイ首相の離脱合意しか選択肢は残されていないのです。他国と通商協定を結ぶということは幾許(いくばく)かの制約を受けることになります。

それが嫌なら英国は北朝鮮のように孤立するしかありません。英国は思い上がりを捨て、外資と移民、北海油田で経済がもっている現実を忘れるべきではないでしょう。

EU離脱決定までは年間200万台を目指していた英国の自動車生産台数はついに150万台を割りました。ホンダが英スウィンドン工場を閉鎖すれば130万台に転落します。

英国はEU、英国に進出する日系企業や他国にまき散らしている迷惑というものをそろそろ自覚しても良い頃です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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