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北朝鮮の金正恩に急所を握られたトランプ米大統領 決裂した2回目の米朝首脳会談

木村正人在英国際ジャーナリスト
2回目の米朝首脳会談に臨むトランプ大統領と金正恩氏(写真:ロイター/アフロ)

予定より2時間早く切り上げ

[ロンドン発]27、28日、ベトナムの首都ハノイで開かれた2回目の米朝首脳会談。両首脳はワシントンと平壌に連絡事務所を開設することに関心を示したものの、何の合意もないまま会談は予定より2時間も早く切り上げられました。

ワーキングランチや合意文書への署名はキャンセル。ドナルド・トランプ米大統領はバツが悪そうに記者会見に臨み、「時には会議の席を立たなければならないこともある」「米国は北朝鮮が完全な非核化を約束しない限り、すべての制裁を解除するつもりはない」と説明しました。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長はこれに先立ち、報道陣に「もし私にその(北朝鮮を非核化)つもりがなかったら、今ここにはいなかった」と話し、トランプ大統領も「あなた方がこれまでに聞いた答えの中で一番良いものかもしれない」と応じていました。

トランプ大統領は署名する合意文書まで用意していました。今後、3回目の首脳会談が行われるかどうか定かではありません。それでは何が決裂の原因になったのでしょう。

焦点になった第2のウラン濃縮施設

金正恩氏は新たな核実験と米本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験は行わないと改めて約束しました。寧辺(ヨンビョン)核施設を恒久的に解体する代わりに、米国の制裁をすべて解除するよう求めましたが、米国側はこれに応じませんでした。

米国側は北朝鮮が寧辺の他にも地下のウラン濃縮施設を稼働させているとみており、制裁の全面解除はすべてのウラン濃縮施設の解体が条件と突っぱねたようです。

寧辺の核施設では、原子炉の排水施設付近に新しい建物が建てられたことや放射化学実験施設、蒸気プラントが稼働している可能性も報告されています。

米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は今年1月、遠心分離器のあるウラン濃縮施設の屋根の雪が溶けていることから、ウラン濃縮施設が稼働している可能性があると指摘していました。

北朝鮮側は寧辺を非核化の目くらましに使っている可能性があります。

「カンソン」濃縮施設

「カンソン」と呼ばれる秘密施設について米政策研究機関「科学国際安全保障研究所」(ISIS)のデービッド・オルブライト所長が昨年5月に詳しく分析しています。それによるとポイントは次の通りです。

・2つ以上の独立した政府機関から情報を確認した

・数年前から稼働している

・現場近くで働いていた脱北者から情報はもたらされた

・6000~1万2000台の寧辺と同じ遠心分離機が設置されているとみられている

北朝鮮は、ウラン濃縮施設は寧辺1カ所だけだと説明し、これまで「カンソン」の存在を完全に否定しています。「カンソン」は平壌郊外の千里馬(チョンリマ)にあるという指摘もあります。

完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄は可能か

1994年の米朝枠組み合意は北朝鮮が核開発を凍結する見返りに軽水炉を建設、完成するまで石油を供給することで合意しましたが、2003年に決裂。6カ国協議による05年と08年の核放棄合意は数カ月後に北朝鮮によって一方的に破棄されました。

バラク・オバマ前米大統領時代の12年、北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射、核実験実施、寧辺でのウラン濃縮活動の「一時停止」について国際原子力機関(IAEA)の監視を受け入れることで合意した「閏日(うるうび)合意」はわずか数日で反故にされています。

08年6月に北朝鮮がプルトニウムを生産していた寧辺の黒鉛減速炉の冷却塔を爆破したことは核放棄に向けた大きなステップに見えました。

しかしその3カ月後、米国が、軍施設を含む核開発に関係するとみられるいかなる用地、施設、場所にも完全にアクセスすることを要求したとたん、北朝鮮は拒否しました。

完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄(CVID)を実現する検証方法を当時のブッシュ(子)米政権で強く要求したのは現在、国家安全保障担当大統領補佐官を務めるジョン・ボルトン氏でした。

核、ミサイル実験の凍結が精一杯

自らの体制維持を最優先にする金正恩氏が、やっと手に入れた核兵器を放棄することはまず考えられません。そのためトランプ大統領も北朝鮮の核、ミサイル能力をこれ以上、拡大させないことに注力しています。

現段階では、核兵器の製造に必要な兵器級の高濃縮ウランやプルトニウムをこれ以上作らせない、米全土を射程に収めるICBMの精度を高める発射実験を凍結させることが米朝首脳会談の課題のようです。

ICBMの発射実験を再開されると、精度がどんどん上がっていきます。そうなるとトランプ大統領はますます苦しい立場に追い込まれてしまうでしょう。米国にとっては核実験とICBMの発射実験を凍結させるのが精一杯というのが悲しい現実なのかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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