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夜、おしめをする女性「監獄島」は地獄と化した 燃える「ジャングル」これがEU難民政策の真実だ

木村正人在英国際ジャーナリスト
黒煙をモウモウと上げて燃えるモリア難民管理センターそばのキャンプ(難民男性提供)

炎に包まれたテント村

[ギリシャ・レスボス島発]「変な匂いがする。何かが燃えている。逃げて」。ギリシャ・レスボス島のモリア難民管理センターの隣にあるテント村「ジャングル」。1月16日水曜日の午後、テントの1つからアフリカ系の難民女性が慌てふためいて飛び出してきました。

欧州連合(EU)と国際赤十字のマークが入った可燃性のテントシートは一気に燃え上がり、テント村の一角は炎の海と化しました。「青い海と空」で有名なエーゲ海はこの時期、鉛色の雨雲が低く垂れ込めています。(動画は難民男性が筆者に提供)

テントの中で休んでいた難民の大半は逃げるのが精一杯で所持金や衣服、日用品、難民申請書のすべてを失いました。西アフリカ出身のパトリックさんは所持金や難民申請書だけは何とか持ち出せました。黒煙がモウモウと立ち上げ、天を覆いました。

テントの中で難民は電気ヒーターをつけて暖を取っている(筆者撮影)
テントの中で難民は電気ヒーターをつけて暖を取っている(筆者撮影)

暖を取るためにテントの中に引き込まれた電気コードか暖房器具からテントに引火したとみられています。防耐火基準を満たしているとは到底思えないテント村は放置されたままなのに、焼け跡はきれいに片付けられ、焼け焦げた木が「火災の証人」として残されていました。

「ジャングル」の中の配電盤(筆者撮影)
「ジャングル」の中の配電盤(筆者撮影)

出産後4日でテントに追い返された

周囲のフェンスが所々破れ、自由に行き来できるようになったモリア難民管理センターには基本的に家族連れが、その隣のテント村「ジャングル」には独身の若い難民男性が収容されています。しかしテント村で暮らす女性や幼い女児を連れた家族もいます。

アフガニスタン南部カンダハール州から逃れてきた家族(筆者撮影)
アフガニスタン南部カンダハール州から逃れてきた家族(筆者撮影)

夜恐ろしくてトイレに行けず、おしめをして就寝する女性。出産後わずか4日で新生児とともにテントに追い返された女性もいます。モリア難民管理センターの中で暮らしていても午後11時を過ぎると警備がなくなるため、性的暴力を恐れる女性たちは眠れぬ夜を過ごしています。

「ここはその名の通りジャングル。センターの中で食事の配給を受けるのに2時間も並ばないといけない。殴り合いのケンカは日常茶飯事で、相手がナイフを持っていることもある。テントを空けると所持品がなくなる。仲間は携帯電話を盗られた」

半年前、レスボス島にたどり着いたアフガニスタン南部ウルズガン州出身の自動車整備工メイサムさん(20)はトルコのイズミルから一緒にゴムボートで海を渡った仲間5人と同じテントで暮らしています。食事と言ってもパンかライスがほとんどで、テントの中で作り直しています。

仲間とテントで暮らすメイサムさん(左から2人目、筆者撮影)
仲間とテントで暮らすメイサムさん(左から2人目、筆者撮影)

密航費用は1人700ドル(約7万7000円)。ゴムボートには60人が乗っていました。アフガンではイスラム原理主義勢力タリバンの支配地域が南部で拡大し、逃げ出す人が増えています。「タリバンは従っているうちは良いが、一度でも逆らうと殺されてしまう」とメイサムさん。

テントには2段ベッド2つにシングルベッド1つ。「5つのベッドに6人がどのようにして寝ているの」と尋ねると、メイサムさんは隣のアサドラーさん(21)の方を見て「僕たち2人は一緒のベッドで寝ているんだ。冗談だけど、まるで夫婦だね」と笑いました。

闇に葬り去られる「死」

もう雨が3週間も降り続いています。「テントから雨漏りがしてくる。電気ヒーターが1つあるが、冬は寒い。体を洗うのは水だよ。電気が来ない日もある。支給されたのは湯たんぽだけ。アサドラーは風邪気味だけど、診察を申し込んでも翌日回しで結局、辛抱するしかない」

「体が強くなければ、とても生き残れないよ」とメイサムさんは言います。

「ジャングル」では雨の中、衣類が干されていた(筆者撮影)
「ジャングル」では雨の中、衣類が干されていた(筆者撮影)

隣でアサドラーさんが「もう頭がおかしくなるよ」と吐き捨てました。20日前には10歳の少年が死にました。2週間前にはカメルーン出身のジョン・ボールという24歳の男性が息を引き取りました。氷点下の寒さで電気が切られ、喘息の発作が起きたと言われています。

赤ちゃんが死亡したという噂(うわさ)もあります。こうした事件についてきっちりとした調査も説明も難民に対して行われることはありません。

メイサムさんは「僕たちはただ安心して住める国がほしいだけなんだ」と話しました。行き先は決めていません。アサドラーさんはカナダ、その他の仲間が希望する移住先はギリシャ、フランス、スイス、ドイツ、ノルウェーとまちまちです。

分離される難民

昨年3月から週3~4回モリア難民管理センター周辺でフランス語を話すアフリカ出身の難民を対象に支援活動を続けるフィンランド出身の「エホバの証人」アリサさん(58)=仮名=はこんな話をしてくれました。

「最近、レスボス島にやって来るのはアフガン出身の難民が大半。ここには中米ハイチ、エジプト、リビアを含め80カ国の出身者がいます。コンゴやカメルーン、マリなどアフリカ出身の難民は南のサモス島に収容されています」

はっきりとした理由は分かりませんが、難民同士の争いを避けるためとみられています。

「レスボス島やサモス島にやっとたどり着いた難民の大半はギリシャ本土に渡って地下鉄やバスに乗って他の国に移り、仕事を見つけて故郷の実家に仕送りするバラ色の夢を描いています」

「しかしジャングルの生活が待っているのです。欧州の人々はレスボス島で起きている現実を知らないのです」

子供連れの難民(筆者撮影)
子供連れの難民(筆者撮影)

コンゴ出身のサムソンさん(32)は「弱者」と認定され、6カ月の滞在許可が認められました。ギリシャならどこへでも行けますが、6カ月が過ぎると延長を申請しなければなりません。「十分な睡眠や食事を取ることもできず、ジャングルでの生活は想像を絶しているよ」

エーゲ海に隔てられたギリシャ本土に渡れる日を、もう2年待っている難民もいます。

島の人口の7倍の難民が押し寄せた

レスボス島の対岸にうっすら見えるトルコはミティリニ海峡をはさんで13キロの距離。人口8万6000人、面積は1633平方キロメートルで沖縄本島(1207平方キロメートル)より大きい。オリーブなど農業、漁業、観光業が主な産業です。

2015~16年の欧州難民危機では島全体の人口の約7倍に相当する60万人の難民が押し寄せ、観光業が大きな打撃を受けました。

「ジャングル」では子供たちが無邪気に遊んでいた(筆者撮影)
「ジャングル」では子供たちが無邪気に遊んでいた(筆者撮影)

2万人以上の難民(ギリシャ政府発表)がレスボス島やサモス島をはじめギリシャの島々で身動きできなくなっています。モリア難民管理センターとその周辺では5000~8000人の難民が暮らしています。

レスボス島で難民支援活動を続ける国際協力団体オックスファムのマリオン・ブシュテル氏はこう語気を強めました。

「ギリシャの島々で身動きできなくなった難民は、夏は焦げ付くように暑く、冬は凍てつくように寒い移動住宅やテントの中で暮らしています。190人の難民が1つのトイレを使っています」

「飲料水も限られています。独りぼっちの子供や妊婦、体力面や精神面で問題を抱えた難民は将来のための面接を受けるまでに10カ月以上待たなければなりません」

「難民収容所は危険なほど混み合っています。女性は性的な暴力や嫌がらせにさらされるリスクが高まっています。EUとギリシャ政府はEU・トルコ合意に基づき、欧州で難民認定するよりもむしろトルコに送り返すために島に留めているのです」

「もしEUがコントロールセンターを立ち上げたら、さらに多くの難民が絶望的な状況に留め置かれるでしょう。EUはこうしたキャンプを増やすよりも難民保護の責任を果たすようシステムの改革に取り組むべきです」

難民は激減するも生活状態は悪化

レスボス島に捨てられた救命胴衣の墓場(2016年3月、筆者撮影)
レスボス島に捨てられた救命胴衣の墓場(2016年3月、筆者撮影)

100万人以上の難民がEU域内になだれ込んだ欧州難民危機の翌16年3月に発効したEUとトルコの難民対策合意。ギリシャの島々に渡った難民をトルコに送り返す代わりに、EUがトルコから7万2000人の難民を直接引き受けることになりました。

この合意を契機にEUへの難民流入は下のグラフのように激減しました。

画像

14年から20年にかけ、EUからギリシャに支給される難民保護や国境管理強化のための補助金は14億2990万ユーロ(約1786億円)。このうち実際に支払いが行われたのは5億7860万ユーロ(約723億円)です。

ギリシャの難民1人当たりを支援するため年7000ユーロ(約87万4000円)の手当てが支給されているはずなのに、アテネの低所得層居住区では公園でアフガン難民向け医療サービスのボランティアが活動していました。問診したあと、無料で医薬品を支給しているのです。

ギリシャとイタリアに流入した難民のうち16万人をEU加盟国に振り分けるというEUの計画は昨年12月時点で4万3700人しか実施されていません。保守化が進むハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアの受け入れは進んでいません。

レスボス島のモリア難民管理センターは16年3月に筆者が、17年3月には妻で相棒の史子が訪れており、これで通算3度目の訪問です。昨年9月以降、1万1000人以上がギリシャ本土に移されたというものの、状況は改善しているようには見えませんでした。

EU最大の勝ち組国家ドイツでは、難民申請が認められないアフガンの青年が麻薬を買うために体を売るケースが報告されています。これを「現代のレ・ミゼラブル(ビクトル・ユーゴー作)」と呼ばずして何と呼べば良いのでしょう。

グーグルマップで筆者撮影
グーグルマップで筆者撮影

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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