反捕鯨国・英国が安倍首相のIWC脱退と商業捕鯨再開に沈黙した4つの理由

にこやかに共同記者会見に臨む安倍首相(左)とメイ首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

訪英に合わせて批判したのは1紙だけ

[ロンドン発]オランダと英国を訪問した安倍晋三首相は10日、英首相官邸でテリーザ・メイ首相と会談。欧州連合(EU)離脱を巡るメイ首相の対応を支持する一方で「最終的な判断は英国民に委ねられるが、合意なき離脱は是非、回避してほしい。世界もそれを強く期待している」と述べました。

英国のEU離脱もいよいよクライマックスを迎えますが、英国と言えば動物愛護運動が盛んなことで知られます。日本政府が国際捕鯨委員会(IWC)から脱退し、7月以降、31年ぶりに商業捕鯨を再開することについて、英政府や英メディアがどんな反応を安倍首相に示すのか気になるところです。

昨年12月26日の発表直後は英各紙とも社説で日本政府の決定を厳しく批判したものの、今回の訪英に合わせた批判は、影響力がほとんどない英紙インディペンデント(電子版のみ)が「貿易関係の強化が主要議題かもしれないが、メイ首相は安倍首相と会談する際、グロテスクな日本の捕鯨を議題に乗せるべきだ」と主張しただけでした。

通訳が「ジャック・シェパード」を「シー・シェパード」と早とちり

共同記者会見で英国の記者がメイ首相に、2015年12月にテムズ川でスピードボートを転覆させ、水上デートをしていた24歳の女性を溺死させたジャック・シェパード被告について質問したところ、通訳が「シー・シェパード」と早とちりする一幕がありました。

質問は、シェパード被告が裁判前に逃亡、欠席裁判で禁錮6年の有罪判決を受けたにもかかわらず、逃げたまま有罪判決への異議申し立てが認められたうえ、同被告の弁護士に法律扶助が認められるのは正しいと思うかという内容でした。

通訳がこれを「シー・シェパードは補助金を受けるべきか」と訳してしまったため、IWC脱退の想定問答が頭にあった安倍首相が「あの、シー・シェパードに対する補助金について」と反応してしまいました。

首相随行員があわてて「質問は出てない」と遮り、メイ首相も「答える必要はありませんよ」とアドバイスしたため、安倍首相は「出てないの」と照れ笑いでやり過ごしました。

ポピュリズムの高まりで環境問題への関心は後退

強硬な「反捕鯨」で鳴らしてきた英メディアがどうして安倍首相の前で沈黙してしまったのでしょう。いろいろな仮説を立ててみました。

EU離脱を巡る不透明感が増し、景気が減速する中、反捕鯨ではもう新聞が売れないのではないでしょうか。環境保護も大切ですが、やはり生活が優先します。

フランスの黄色ベスト運動も、エマニュエル・マクロン仏大統領が地球温暖化対策を進めるため燃料税をさらに引き上げようとしたのが発端です。仏紙ルモンドは「エリートが地球の終わりを語る時、僕たちは月末に苦しんでいる」というルポを掲載、問題の本質を的確に表現しました。

捕鯨と地球温暖化に加えて経済の動きも見てみましょう。

1982年 IWCの商業捕鯨モラトリアム(一時停止)

1987年 日本は南極海や北大西洋で調査捕鯨開始

1988年 日本は商業捕鯨を中断

1989年 ベルリンの壁崩壊、グローバル化が本格化

1991年 日本のバブル経済が崩壊

1997年 地球温暖化対策の国際的な取り組みを定めた「京都議定書」を採択

2008年 世界金融危機

2010年 欧州債務危機、極右や極左の懐疑主義ポピュリズムが拡大

2015年 新たな地球温暖化対策の国際的な取り組み「パリ協定」を採択

2016年 英国が国民投票でEU離脱を選択。米大統領選でドナルド・トランプ氏が当選

2017年 フランスの極右勢力「国民戦線(現・国民連合)」やドイツの極右新興政党「ドイツのための選択肢」のポピュリズム政党が仏大統領選や独総選挙で台頭する。トランプ大統領がパリ協定から離脱

2018年 燃料税引き上げに反対する黄色ベスト運動が起きる

ナショナリズムやポピュリズムの高まりで環境問題への関心は後退していると考えることができると思います。

メイ首相の心の救いは安倍首相だけ

中国は兵法三十六計の「遠交近攻(えんこうきんこう)」にならって欧州外交に力を入れてきました。「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を掲げる安倍首相は、欧州の中では米国に一番近い英国との関係強化に力を入れてきました。

今回の共同記者会見を含め、「日英同盟とも言えるような強固な関係を築き上げてきた」「英国がEUを離脱した後も、日英で自由貿易を推進し、もっと親密な関係を築く」「英国のTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への加盟を歓迎する」と窮地に追い込まれるメイ首相に何度も助け舟を出してきました。

メイ首相は、第二次大戦後「特別な関係」を保ってきたトランプ米大統領からも「EUとの離脱合意は米国との自由貿易協定の交渉を妨げるのではないか」とくさされました。

英国を贔屓(ひいき)するわけではありませんが、欧州の中では英国が日本にとって一番頼りにできる友だちになると筆者は考えます。EUやフランス、ドイツよりも英国を信頼できる理由とは、同盟を維持するために汗と血を流すことを厭(いと)わない国だからです。

世界1、2を争うオックスフォード大学とケンブリッジ大学を擁する英国はAI(人工知能)の研究・開発では世界をリードします。これに日本のロボット技術が融合すれば、日本と英国の2つの島国が21世紀に再び大きな影響力を持つことも決して夢ではないと思います。

メイ首相としても、捕鯨問題をわざわざ取り上げて日本を敵に回すことは何の得にもならないのです。

「南極海での調査捕鯨中止」は正解だった?

2010年、IWCは調査捕鯨の枠組みを撤廃し、南極海での日本の捕鯨枠を当初の5年間は年405~410頭、その後の5年間は205頭に縮小して容認する議長・副議長提案を発表したことがあります。

捕鯨国と反捕鯨国が激しく対立し、協議は決裂しましたが、今回、日本はIWCを脱退することで北太平洋や南極海での調査捕鯨(捕獲枠637頭)という既得権と、将来、南極海で商業捕鯨を再開する可能性を自ら放棄しました。

その代り今年7月以降、日本領海や排他的経済水域(EEZ)内で商業捕鯨を再開するわけです。捕獲頭数の設定にもよりますが、落とし所を探るのに妥当な提案だったと言えるかもしれません。

英国、米国、オーストラリア、ニュージーランドといった反捕鯨国が主張するように、商業捕鯨モラトリアムがクジラを絶滅の危機から救ったのは間違いありません。また、エコシステム(生態系)の中でクジラが一時的に増えすぎても自然のメカニズムで調整されるというのも説得力があります。

人間の経済活動が活発になるにつれ、一つの種が絶滅するペースが速くなってきました。下の4つが絶滅の大きな原因です。

・狩猟

・開発

・外来種の流入

・環境破壊

パリ協定から離脱したトランプ大統領の環境問題への関心は薄そうです。オーストラリアやニュージーランドも自分たちの庭先である南極海での調査捕鯨を日本が止めれば、それほどうるさくは言わなくなるかもしれません。

日本のIWC脱退が引き金になって多くの国が商業捕鯨に参入するようになると、反捕鯨国が懸念するようにクジラの資源管理が難しくなります。その意味ではIWC脱退によって、国際社会における日本の責任は逆に、非常に重くなったと言えるでしょう。

中断の見通し強まる日立の原発計画

日立製作所が英国で手掛ける原発の新設計画は今回の日英首脳会談では取り上げられませんでした。英西部アングルシー島に新設が計画される原発2基です。原発の安全基準見直しで総事業費が最大3兆円程度に膨らむ見通しになり、日立は計画の中断を検討しています。

朝日新聞によると「計画の中断が決まれば、2000億~3000億円規模の損失を今年3月期決算に計上する見込み」だそうです。こんな時に捕鯨問題を取り上げるのはとても賢明とは言えないでしょう。

(おわり)