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「BTS(防弾少年団)は韓国の同性愛者グループ」「反道徳的」ロシアの2都市でコンサート映画の上映中止

木村正人在英国際ジャーナリスト
世界中で人気のBTS(防弾少年団)(写真:アフロ)

「道徳の守護者」

[ロンドン発]世界的に人気が沸騰している韓国の男性音楽グループ「BTS(防弾少年団)」のコンサートの記録映画『BTSワールドツアー:ラブ・ユアセルフ・イン・ソウル』の上映がロシアの2都市で相次いで中止されました。ロシアの現地メディアが報じました。

この映画は2018年、ソウルの五輪スタジアムで開かれたBTSのコンサートを記録したもので、1月26日からロシアやベラルーシ、アルメニア、カザフスタン、ウクライナで封切られる予定です。

ロシア紙コメルサントによると、昨年12月20日、ロシア南部ダゲスタン共和国の首都マハチカラにある主要映画館「シネマホール」で映画のチケット販売が始まりました。800人を超える地元のBTSファンが上映を求めたからです。

しかし写真共有アプリ、インスタグラムに上映中止を求める投稿や映画鑑賞に行こうとする人たちに対する脅しが相次ぎました。

ダゲスタン共和国の「道徳の守護者」を名乗るグループが「韓国人7人の同性愛者の映画だ」「私たちはBTSの非道な振る舞いを止める必要がある」「度を越した不道徳な行動に断固として反対する」と訴えました。

「すべてはアラーの思し召し」

「大至急、この放蕩を取り除け」「すべてはアッラーの思し召し。このコンサート映画は上映されることはない」という書き込みが相次ぎました。BTSファンは上映が中止されたため、ダゲスタン共和国の外にBTSのドキュメンタリー映画を鑑賞しに出かけるよう呼びかけました。

ダゲスタン共和国には「イスラム教の教えに合致しない、いかなること」にも懸念を唱え、「風変わりな人」「放蕩」「地元住民の近代化」に反対する多数のグループがソーシャルネットワーク上で活動しています。

こうしたグループの圧力で昨年9月にはロシアの人気ラッパー、イゴール・クリードの公演や、11月には漫画のフェスティバルが中止に追い込まれました。漫画フェスの主催者は検察当局にグループを取り締まるよう告訴したそうです。

「道徳の守護者」は、ウクライナ出身の劇作家ミハイル・ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』を演じた学生劇のショート動画がソーシャルメディアで人気を集めたことに反発し、学校責任者の辞任と、学内での活動をすべて監視するよう求めています。

今年1月に入ってロシア南部チェチェン共和国の首都グロズヌイでもソーシャルメディア上の圧力で『BTSワールドツアー:ラブ・ユアセルフ・イン・ソウル』の上映を予定していた3つの映画館のうち1館がチケット販売の中止を発表しました。

保守系のソーシャルメディア・ページで「映画の封切りはチェチェンの人々を攻撃する一番効果的な方法だ」と上映中止が要求されたことが原因です。ダゲスタン共和国のBTSファンは隣接するグロズヌイにドキュメンタリー映画を鑑賞しに行こうと呼びかけていました。

この保守系ページは2017年後半と2018年前半に「狂信的」「テロリズムに関係している」として閉鎖されたことがあります。今回、保守系ページは「これは映画の問題ではない。我々は(西洋文化への)同化に反対しているのだ」と原理主義的な主張を展開しています。

ゲイパレードは「大量破壊兵器」

BTSコンサートのドキュメンタリー映画が上映中止に追い込まれた2地域の住民は大半がイスラム教徒です。ロシアのイスラム社会では保守化が進んでいるようですが、実際より物事を大きく映し出してしまうソーシャルメディアの増幅効果も大きいのではないでしょうか。

ロシアでは1993 年の刑法改正で同性愛行為が処罰対象から外されたものの、同性愛者への反感は依然として強く残っています。同性愛者の権利を主張する運動に対する取り締まりはそれぞれの構成主体レベルで行われていました。2013年、連邦レベルでも、いわゆる「同性愛宣伝禁止法」が成立しました。

同性愛宣伝禁止法の狙いは、同性愛者を取り締まることではなく、児童や未成年者の健康と健全な発育を守るためとされています。未成年者に「非伝統的な性的関係」を宣伝した個人や法人は罰金を科され、マスメディアやインターネット上で宣伝活動を行った場合は、さらに重い罰金が科せられるという内容です。

モスクワ市のユーリ・ルシコフ前市長(82)は同性愛者の権利を訴えるデモ行進を「大量破壊兵器」「悪魔の所行」と呼び、デモ行進を禁止し、継続を宣言したことで有名です。

ルシコフ氏は市長時代に「我々は性的少数者のプロパガンダを禁止する。彼らはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染やエイズ(後天性免疫不全症候群)が広がる要因の1つになり得るからだ」と主張していました。

世界で文化摩擦引き起こすBTS

一方、米チャート「ビルボード200」で韓国の歌手として初めてアルバムが1位になったBTSは世界的な注目を集めるようになるにつれ、さまざまな文化・社会摩擦を起こすようになっています。

昨年には、メンバーが原爆のきのこ雲をあしらったTシャツを着たり、ナチス親衛隊の記章を帽子につけたりしたことについて「原爆の被害者を傷つける意図は全くなかった」「ナチスを含むすべての全体主義に反対している」と謝罪に追い込まれました。

世界中で保守とリベラルの分断が進む中、人気スターも政治とは無縁でいられなくなりました。

韓国の民間シンクタンク「現代経済研究院」の試算によると、観光目的で2017年に韓国を訪れた約1000万人のうち80万人近くがBTSを見るためでした。年間5兆5600億ウォン(約5400億円)の経済効果があるそうです。

(おわり)

参考:「同性カップルの法的保護をめぐる国内外の動向」(国会図書館調査・立法考査局)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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