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9で終わる年には波乱が起きる 英保守党員の64%が「合意なきEU離脱」求む そしてカオスが始まるのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
1989年に崩壊したベルリンの壁(写真:ロイター/アフロ)

ベルリンの壁崩壊から30年

[ロンドン発]皆さん、明けましておめでとうございます。2019年は東西を分断していたベルリンの壁が崩壊して30年になります。壁崩壊20年の09年、ベルリンや、壁崩壊の導火線となった「月曜デモ」が起きた旧東独ライプチヒを取材で訪れました。

東西ドイツの格差を解消できず、旧東独があたかも理想社会だったかのように思い出す「オスタルジー(Ostalgie)」が当時から強まっていました。オスタルジーとは「ノスタルジー(Nostalgie)」の「N」を取ると東を意味する「オスト(Ost)」と重なることから生まれた造語です。

東西の壁崩壊で旧共産圏に市場主義の競争原理が持ち込まれ、落ちこぼれた人たちの間に、仕事も住宅も医療も教育も平等だった旧東独時代を懐かしむ声が広がっていました。しかし秘密警察シュタージによる監視、市民同士の密告、抑圧の記憶が生々しく、ドイツはまだ自由と希望の空気に満ちあふれていました。

ベルリンの壁が崩れたのは1989年11月9日。その年に生まれた「89世代」80万人はちょうど20歳になり、彼らは「私にとって東西ドイツは存在しない」「東西に分断されたドイツは教科書で知る歴史でしかない」と筆者のインタビューに答えてくれました。

独保守系シンクタンク、コンラート・アデナウアー財団のマイケル・ボーチャード博士は「新世代はドイツ再統一を特別な天の恵みととらえ、未来の困難を克服する勇気を与えられたと考えている」と指摘しました。しかし、それから10年が経ち、30年前の「希望」は「恐怖」や「絶望」に変わろうとしています。

ドイツで台頭する極右政党と旧東独政党

冷戦期の1970年代、80年代には得票率が48%を超えることもあったキリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)の支持率はアンゲラ・メルケル首相のCDU党首辞任でどん底の24%から一時32%まで回復したものの、現在は29%。かつての40%台には遠く及びません。

CDU・CSUとともにドイツの2大政党を担ってきた社会民主党(SPD)の支持率は一時13%まで沈みました。これに対して反難民・移民・ユーロの極右政党「ドイツのための選択肢」の支持率はSPDを上回る15%前後、旧東独独裁政権の流れをくむ左派党のそれは10%に達しています。

今年は、3月末に英国が欧州連合(EU)から円滑に離脱できるかどうか、5月の欧州議会選でどこまで欧州懐疑派が勢力を拡大するかが、大きなポイントです。

〈欧州の主な政治日程〉

1月7日、英議会再開

1月14日の週に英議会でEU離脱合意を採決

3月3日、エストニア議会選

3月29日、英国のEU離脱

4月14日、フィンランド議会選

5月12日、リトアニア大統領選

5月23~26日、欧州議会選

5月26日、ベルギー総選挙

6月、デンマーク総選挙、ラトビア大統領選

10月、ギリシャ総選挙、ポルトガル総選挙

11月、ポーランド総選挙

12月、クロアチア大統領選、ルーマニア大統領選

「9」で終わる年は荒れる

欧州の歴史を振り返ると、ベルリンの壁崩壊にとどまらず、「9」で終わる年には節目となる出来事が起きています。

1789年 フランス革命

1859年 イタリア統一戦争

1929年 大恐慌始まる

1939年 第二次世界大戦が勃発

1979年 旧ソ連がアフガニスタン侵攻

1989年 ベルリンの壁崩壊

フランスでは燃料税引き上げに端を発した「黄色ベスト運動」が広がり、エマニュエル・マクロン仏大統領の支持率は20%を割り、18%に落ち込みました。欧州議会選で極右政党「国民連合(旧国民戦線)」が5年前に第1党に躍り出た得票率24.85%をどこまで伸ばすのか、かなり心配です。

どうなる英国のEU離脱

さて、英国のEU離脱です。本来ならベルリンの壁崩壊30周年を祝うべき年に、欧州統合の3本柱の1つだった英国がEUと46年に及んだ結婚生活に終止符を打とうとしています。

右派の英ニュース放送局「スカイニュース」が4日報じた世論調査では、与党・保守党の草の根党員の64%がテリーザ・メイ英首相の離脱合意(折衷案)より「合意なき離脱」を選ぶと答えています。メイ首相の離脱合意を支持する党員はわずか29%。

EU残留を含めた三択では「合意なき離脱」57%、メイ首相の離脱合意23%。EU残留は15%に過ぎませんでした。

一方、左派の英紙ガーディアンが2日に報じた世論調査によると、72%の最大野党・労働党党員が、態度をはっきりさせない「隠れ離脱派」のジェレミー・コービン党首に、EU離脱を止める2回目の国民投票を支持するよう求めています。2回目の国民投票に反対する党員は18%です。

もし2回目の国民投票が行われたら88%がEU残留に投票すると答えています。

しかし17年の解散・総選挙で離脱合意に対する国民投票実施を掲げた自由民主党が得票率を減らしたことから判断すると、2回目の国民投票実施はあり得ない選択肢のような気がします。

ヘッドレスチキンと化す英国政治

保守党政権のテーブルに置かれているのはメイ首相の離脱合意か「合意なき離脱」しかありません。「合意なき離脱」が議会で承認されるとは考えられません。保守党が割れたままでは、英国はEUを離脱できなくなる可能性が膨らみます。

そうなると保守党政権は正当性を失い、解散・総選挙になるでしょう。その場合「合意なき離脱」を望む強硬離脱(ハードブレグジット)派は保守党から分裂して新党「ハードブレグジット党」を立ち上げる一方で、労働党もコービン党首率いる強硬左派と中道左派に割れてしまうシナリオも考えられます。

EUから離脱できず、政権も失うような愚かな選択を保守党がするとはとても思えません。また、英国が中途半端にEUに残留し、5月の欧州議会選に参加することを望むEU加盟国がいるとも思えないのです。筆者は最終的にメイ首相の離脱合意で政治的な妥協が成立すると考えています。

この予想が外れた場合、2019年は欧州だけでなく、世界にとって「大荒れの年」になるのは間違いありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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