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「クジラの血が体に流れる」アイスランドの鯨捕りは日本のIWC脱退と商業捕鯨再開の方針をどう見たか

木村正人在英国際ジャーナリスト
ナガスクジラ猟を続ける捕鯨国アイスランド(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]日本政府が国際捕鯨委員会(IWC)から脱退し、30年ぶりに商業捕鯨を再開する見通しになっていることについて、IWCに留まりながら商業捕鯨を継続してきたアイスランドで捕鯨会社「クバルル(アイスランド語でクジラの意)」を経営するクリストヤン・ロフトソン社長(75)が電子メールで筆者のインタビューに応じてくれました。

日本の吉川貴盛農相は12月25日、閣議後の記者会見で「商業捕鯨の早期再開を目指している」と強調する一方で、IWC脱退の方針については「答えは差し控えたい」として、この日は脱退を公表しませんでした。

クジラを解体する風景の中で育ち、13歳から父親の捕鯨船で皿洗いや甲板磨きを手伝い、31歳の時に亡父から会社を相続したロフトソン社長は「自分の体にはクジラの血が流れている」と胸を張ります。筆者は世界金融危機後の2009年1月にアイスランドを訪れた際にも、日本に鯨肉を輸出するロフトソン社長にインタビューしたことがあります。

当時、世界金融危機で経済が破綻寸前に陥っていたアイスランドでは、欧州連合(EU)に加盟して単一通貨ユーロを採用する代わりに、捕鯨を断念するか否かが真剣に議論されていました。EUは捕鯨に反対しているからです。ロフトソン社長は捕鯨船を背に「EUに加盟すれば水産関係の仕事は減る。入るならユーロより米ドルが良い」と話してくれました。

今回、ロフトソン社長は筆者の質問に「約30年間も続いた日本の調査捕鯨は少し行き過ぎていた。再開される商業捕鯨が政府の補助を受けて行われないことを望んでいる」と答えました。

――日本が商業捕鯨を再開するために、クジラ資源の保存と捕鯨産業の秩序ある発展を図るIWCからの脱退を決めたことについてどう思われますか

「個人的にはIWCから脱退する日本政府の決定に100%同意します」

――日本政府はIWC脱退後、南極海での捕鯨は行わず、その代り日本の沿岸や排他的経済水域(EEZ)内での商業捕鯨を認める方針のようですが

「IWC離脱後、日本は200海里のEEZ内で商業捕鯨の割り当てを決める完全な権利を有しています」

――日本政府はIWCが捕鯨国と反捕鯨国の対立で30年以上も二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなっているため、脱退を決めました。膠着状態に陥っているIWCの状況についてどう思われますか

「IWCは長期にわたって死んでいます。今もそれが続いています」

――アイスランドでの商業捕鯨の現状について教えてください。持続可能で、必要と思われますか。課題はありますか

「アイスランドではEEZ内でナガスクジラとミンククジラの商業捕鯨が行われています。ナガスクジラとミンククジラの資源量は商業捕鯨を行っても十分に持続可能です。アイスランドは商業捕鯨を、資源を有効活用する漁業と同じように考えています」

――EEZ内で行われているアイスランドの商業捕鯨では、国連海洋法条約(UNCLOS)にどう対処していますか

「アイスランドはIWCの加盟国ですが、商業捕鯨モラトリアム(一時停止)を留保しています。また、クジラを主とする海洋資源の管理を行う北大西洋海産哺乳動物委員会(NAMMCO)の加盟国でもあります。(クジラの管理は『国際機関を通じて活動する』とする)UNCLOSを順守しています」

――日本は1982年のIWCの商業捕鯨モラトリアムを受けて88年に商業捕鯨を中断しました。と同時に87年から科学的データを収集するためとして南極海や北西太平洋で調査捕鯨を続けてきたことについてどう思われますか

「日本のように約30年間も『調査捕鯨』を継続するのは少し行き過ぎだと思います。日本は調査を分析するために50年前の方法を使っています。このため、他の国の研究者は日本の調査結果を用いて比較できないのです」

「商業捕鯨と同時に捕鯨について必要なすべての調査を実施できます。それが、私たちがアイスランドで行っていることです」

――日本では捕鯨で生計を立てている人たちがいます。彼らに捕鯨を止めることはできないでしょう。あなたはどうして捕鯨を続けているのですか

「われわれは良好な資源量、すなわち持続可能な資源量の中から商業捕鯨を行っています」

「私は、日本が政府からいかなる補助金も受けずに商業捕鯨を行うことを望んでいます。日本の漁業ではそれが当たり前です」

――アイスランドで反捕鯨団体シー・シェパードはどんな妨害活動をしていますか。欧米の反捕鯨国から圧力を受けていますか

「われわれは必ずこうした『何にでも反対する』グループに直面します。しかし、覚えておかなければならないことは、彼らはあらゆることに反対を唱えるということです。何にでもね」

ロフトソン社長は船をシー・シェパードに沈められたことがあります。

日本の国際機関脱退は戦後ほとんど例がありません。元日までにIWCに脱退を通知すれば、来年6月30日以降に商業捕鯨を再開することができるようになりますが、南極海での調査捕鯨を断念しなければなりません。

下衆の勘繰りかもしれませんが、突然、4島一括返還の政府方針を転換した北方領土返還交渉と同じように、夏の参院選に向けた目玉づくりなのでしょうか。

2010年、IWCは調査捕鯨の枠組みを撤廃し、南極海での日本の捕鯨枠を当初の5年間は年405~410頭、その後の5年間は205頭に縮小して容認する議長・副議長提案を発表したことがあります。しかし、この時も捕鯨国と反捕鯨国が激しく対立し、協議は決裂しました。

今年9月にブラジルで開かれたIWC総会で日本はIWC改革案を提案、IWCの機能回復と立場の異なる加盟国の共存を訴えましたが、反捕鯨国の強硬な反対によって否決されました。これを受けて「あらゆるオプションを精査せざるを得ない」と脱退を強く示唆していました。

現在、商業捕鯨を行っているのはIWC加盟国のアイスランド、ノルウェー、非加盟国のカナダとインドネシア。先住民生存捕鯨を行っているのは米国、ロシア、デンマーク領グリーンランド、セントビンセントです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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