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日産カルロス・ゴーンの50億円報酬隠しに仏労働者も激怒 私腹肥やす「コストキラー」に同情の余地なし

木村正人在英国際ジャーナリスト
今年11月、ルノー工場を訪れたマクロン仏大統領を案内するゴーン容疑者(右)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「給料が少なくて困っている従業員もいる」

[ロンドン、パリ発]カリスマ経営者、日産自動車会長カルロス・ゴーン容疑者の50億円報酬隠し事件。世界は、フランス自動車大手ルノーの支配下に置かれた日産を日本に取り戻す動きと見たのでしょうか。

ゴーン容疑者が最高経営責任者(CEO)兼会長を務めるルノーでは社員の家族から「給料が少なくて困っている従業員もいるなか、許せない」という怒りの声が聞かれました。

事件の核心はグローバル化で貧富の格差が広がる中、世界のトップ1%に属するグローバル企業のカリスマ経営者が高額報酬の批判をかわすため、有価証券報告書に報酬を過少に記載していたことにあります。

会社は一体、誰のものか、何のために存在するのかを今回の事件は私たちに改めて問いかけています。

パリのルノー本社(西川彩奈さん撮影)
パリのルノー本社(西川彩奈さん撮影)

フランス在住のジャーナリスト、西川彩奈さんにパリにあるルノー本社に駆けつけてもらいました。

ゴーン容疑者逮捕という衝撃的なニュースが世界中を駆け巡った19日午後6時(現地時間)ごろ、従業員入り口で帰宅する社員に「日本からのジャーナリストだ」と告げると、多くの社員が下を向いて足早に立ち去りました。

40代の男性社員は「残念ながら、私には話す権利がありません」と申し訳なさそうに答え、30代の男性社員は「ショックが大きすぎる。新しい情報が次々と報道され、戸惑っている」と語りました。

近所の住人で、ルノーで働く姉を持つ30代の男性は憤慨した様子で「事件は腹立たしい。給料が少なくて困っている従業員もいる中、許せない」と言葉をたたきつけました。

ルノーの隣にあり、社員の行きつけだというパン屋の店主は「ゴーンが逮捕? 日本で? ルノーの社員とは毎日いろんな話題を話すけど、今日はそんなニュースは一切聞かなかった」と驚きを隠せませんでした。

2030年、トップ1%が世界の富の3分の2を支配する

英下院図書館の報告書では2008年の世界金融危機以降、トップ1%の超富裕層の富は毎年平均6%ずつ膨らんでいます。これに対し、残り99%の富は3%ずつしか増えていません。

30年にはトップ1%の富は140兆ドルから305兆ドルに膨らみ、世界全体の富の64%(約3分の2)を占めるようになるそうです。

経済のグローバル化で工場などの生産拠点は賃金の低い途上国に移され、デジタル化やロボットの普及で自動化・無人化が進み、資本主義の所得配分機能は失われました。

さらにグローバル企業や超富裕層はタックスヘイブン(租税回避地)やパテントボックス(知的財産から生じた所得への優遇税制)制度を利用して悪質な課税逃れを行っています。

米紙ニューヨーク・タイムズによると17年、米国における最高経営責任者(CEO)の高額報酬ランキングは次の通りです。

(1)ホック・タン氏(BROADCOM) 1億320万ドル

(2)フランク・ビシニャーノ氏(FIRST DATA)1億220万ドル

(3)マイケル・ラピノ氏(LIVE NATION ENTERTAINMENT)7060万ドル

(4)レスリー・ムーンズ氏(CBS)6840万ドル

(5)グレゴリー・マフェイ氏(LIBERTY MEDIA)6720万ドル

「ゴーン一派には青い血が流れている」

主力工場の閉鎖など徹底したコストカットで経営危機に陥った日産のV字回復を達成したゴーン容疑者ですが、筆者は日産関係者から「ゴーン氏の一派には『青い血』が流れている」という話を聞いたことがあります。

温情を切り捨て成果主義に徹し、利益の最大化を目指したため、日本人の目から見ると非情に映ったのでしょう。

ゴーン容疑者の17年度の役員報酬は日産が7億3500万円。ルノーの役員報酬は740万ユーロ(9億5290万円)、三菱自動車2億2700万円で、3社合計で19億円超です。

東京地検特捜部の逮捕容疑は、11~15年3月期、日産における報酬額が計99億9800万円だったのに計49億8700万円と有価証券報告書に虚偽記載したという内容です。

特捜部は年10億円の「裏報酬」を認定したわけです。

日産の西川(さいかわ)広人社長は19日夜の記者会見で「残念という言葉を遥かに超えて、強い憤り、私としては落胆ということを強く覚えている」と述べました。

「長年にわたるゴーン統治の負の側面と言わざるを得ない」「43%の株を持つルノーのトップが日産のトップを兼任することは、あまりにもガバナンス上、1人に権力が集中し過ぎる」

ルノーと三菱でも同じような報酬隠しを行っていたかどうかはまだ分からないので、仮にゴーン容疑者の実際の報酬を29億円超とした場合、米ドルに換算すると2579万ドルになります。

米国の高額報酬ランキングで見ると、37位でしかないのです。日産やルノーが、高額報酬が当たり前の米国の会社ならそもそも報酬を隠す必要はなかったのかもしれません。

社長と平社員の報酬格差が少ない日本

ドイツの統計会社スタティスタ(statista)のデータからCEOと平均的な従業員の報酬格差(2014年)を国別に見ておきましょう。

(1)米国 354倍

(2)スイス 148倍

(3)ドイツ 147倍

(4)スペイン 127倍

(5)チェコ 110倍

(6)フランス 104倍

(7)オーストラリア 93倍

(8)スウェーデン 89倍

(9)英国 84倍

(10)イスラエル 76倍

(11)日本 67倍

日本におけるゴーン容疑者の報酬ランキングは10、12年度1位。15年3月期からは「10億円超え」で話題になり、日経新聞によると、株主総会で「ルノーと日産のトップを兼務し、日産に費やす時間が少ないのにもらいすぎだ」と一部株主から批判を浴びていました。

報酬隠しにはこうした批判をかわす狙いがあったのでしょう。

ゴーン容疑者を突き放すフランス世論

一方、フランスでは極右政党「国民連合(旧国民戦線)」や急進左派ジャン・リュック・メランション氏が台頭。失業や貧富の格差が政治問題化する中、エマニュエル・マクロン大統領の不支持率は73%に達し、支持率は23%に急落しています。

ルノーの株式を15%保有するフランス政府はゴーン容疑者に高額報酬をカットするよう要求してきました。仏メディアは、突然の逮捕の報にも同情せず、厳しい見方を示しています。

左派系紙リベラシオン「カルロス・ゴーン事件:東京に星が落ちた」「フランスの歴史上、最高の報酬を受け取ったCEOの1人だ」

中立系夕刊紙ルモンド「ルノー・日産・三菱連合の創設者逮捕により、グループは乱気流へ」

ルノー社内からの不協和音も聞こえてきます。

仏メディアによると、11年、ルノーの重役3人は自社情報をライバル社に漏らしたとして訴えられましたが、証拠がなく、職場に復帰しています。

ルノーの最高執行責任者(COO)だったカルロス・タバレス氏が野心をメディアに語ったところ、ルノーを追われ、ライバル社のグループPSA(旧プジョーシトロエングループ)に就任しました。

ルノー労組の中央執行評議会書記、シャンマルク・シャブリエ氏は「経営者側からの説明を待っているが、事実が確認されたら、ゴーン氏が現職に留まることはないだろう」とコメント。

仏公共財政総局の上級幹部は「東京地検による捜査の後、ゴーン容疑者がルノーで何をしていたかにフランス政府が興味を持つのは当然の流れだ」と話しています。

ゴーン容疑者を擁護する声は今のところ見当たりません。高額報酬に対する怒りは日本よりフランスの方が強いのかもしれません。

(おわり)

西川彩奈(にしかわ・あやな)

西川彩奈(本人提供)
西川彩奈(本人提供)

1988年、大阪生まれ。2014年よりパリを拠点に、欧州社会やインタビュー記事の執筆活動に携わる。ドバイ、ローマに在住したことがあり、中東、欧州の各都市を旅して現地社会への知見を深めている。現在は、パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、欧州の難民問題に関する取材プロジェクトも行っている。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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