安田純平さん3年4カ月ぶり解放 日本政府、本人と確認 カタールとトルコの協力得る「自己責任」論再燃も

2004年、イラクで解放された安田純平さん(写真:ロイター/アフロ)

水面下で解放の努力

[ロンドン発]2015年6月、内戦下のシリアに入国したあと行方不明になり、過激派組織に拘束されていたフリージャーナリスト、安田純平さん(44)について、安倍晋三首相は24日午前、首相官邸で記者団に「解放の報に接して安堵(あんど)しています。安田さん本人であるかどうか一刻も早く確認したい」と述べました。

「事案が発生以来、政府としてのあらゆる努力を尽くして参りました。そうしたなか、カタール、トルコをはじめ、多くの国々が連帯を表明して頂きました。特にカタール、トルコには大変な協力をして頂いたことに感謝申し上げたいと思っております」

在トルコ日本大使館員が安田さんと施設で面会し、本人と確認しました。

安田さん、本当にご苦労さまでした。無事で何よりでした。心労がピークに達していたご家族、ジャーナリスト仲間の安堵の気持ちもひときわ大きかったと思います。日本政府の制止を振り切ってシリアに潜入した安田さんに対して「自己責任」論が高まる中、安倍政権は水面下で解放の努力を続けていました。

日本政府が邦人保護に全力を尽くすのは当然とは言え、現場主義に徹し、政府を批判することをためらわないジャーナリストを政府が外交ルートを駆使して救い出したことは、ジャーナリズムが権力や読者から「フェイク(偽)ニュース」というレッテルを貼られる中で非常に大きな出来事だと思います。

報道の自由、言論の自由に命を懸けるジャーナリストを日本政府が支える姿勢を示したからです。報道や言論の自由は、自由と民主主義の礎です。日本でそれが守られたことに筆者は胸をなでおろしました。

身代金の支払いは

原則、テロリストの身代金要求に応じない日英米の記者は殺害され、身代金を支払う欧州の記者は解放されてきたのが冷徹な現実です。

記者の解放は過激派組織が根負けするか、基本的に身代金の支払いが条件です。安田さん解放について、在英の「シリア人権監視団(Syrian Observatory for Human Rights)」は24日、次のように主張しています。

「シリア人権監視団が複数の信頼できるソースから入手した情報によると、安田さんは拉致グループからトルコ当局に近いシリア武装勢力に引き渡されたあとに解放された。拉致グループは15年以降、シリア北西部イドリブで安田さんを拘束しており、引き渡しはシリアで行われた」

「安田さんは国際テロ組織アルカイダ系のアル=ヌスラ戦線に拉致され、Hurras al-Dien(アルカイダ系タハリール・アル=シャームの分派組織)に引き渡され、そのあと、さらにシリア北西部Kherbet Eljoz地域を拠点にするトルキスタンイスラム党のシリア人首長に引き渡された」

「信頼できる情報源によると、安田さんの引き渡しは、解放のための身代金支払い情報がある中でカタールとトルコのスポンサーシップのもと実行されたことが確認されている。引き渡しは4日前に行われたが、政治的に発表のタイミングが選ばれた」

「日本政府は『テロリスト組織の支援者』とみなされるのを恐れて多額の金を支払うのを拒否したが、複数の人物が解放の見返りに多額の金を手にするため仲介した」

日本政府が負担したのが仲介料なのか、それとも安田さんを拉致したアル=ヌスラ戦線への身代金なのか、真相はおそらく永遠に「闇」の中でしょう。

70カ国がテロ資金遮断の努力強化で合意

今年4月、先進7カ国(G7)外相は「テロリストが自身の活動のための資金調達や国内外で我々の国民に危害を加える手段として誘拐の身代金を活用することを防ぐ」決意を改めて表明。

パリで開かれた国際会議でも70カ国以上が過激派組織IS(「イスラム国」)やアルカイダへのテロ資金供給を遮断する努力を強めることで合意しました。

筆者が暮らす英国にははっきりした基準があります。テロリストの身代金要求には絶対に応じません。身代金の支払いは違法です。

「テロリストに身代金を支払うことはテロリストの組織やテロ攻撃を実行する能力を強めるだけでなく、テロ組織を維持し、メンバーをリクルートしたり、つなぎとめたりすることを可能にする。誘拐をさらに誘発させる」からです。

身代金支払いは新たな誘拐を誘発すると考える英国と米国だけでなく、イスラム過激派による身代金目的誘拐事件とテロ多発に苦しむアフリカ、アラブ諸国も身代金の支払いには応じません。

これに対して、フランスなど欧州諸国では人質の安全を優先して多額の身代金を支払うケースが多いのが現実です。

清濁併せ呑む安倍外交の成果

今回の安田さん解放は英米と足並みをそろえる日本としては身代金の支払いには応じていないものの、シリア人権監視団によると、解放のため多額の仲介料を支払ったとみられるため、「グレーゾーン」と言えるのかもしれません。

安倍首相はカタールやトルコとの外交に力を入れており、9月24日には国連総会出席のため訪問したニューヨークでトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領と首脳会談を行いました。それに先立ち、彬子女王殿下もトルコを訪問されています。

強権的な政治手法を強めるエルドアン大統領は米国やドイツと衝突していますが、日本はトルコを戦略的パートナーと位置づけ、日・トルコ経済連携協定(EPA)の早期合意を目指しています。

トルコ・ロシア首脳会談でイドリブでの非武装地帯の設置が合意され、イドリブへの総攻撃が当面回避される方向になったことに対し、安倍首相はエルドアン大統領の粘り強い外交努力を歓迎しました。清濁併せ呑み、現実主義に徹する安倍外交が安田さん解放につながった格好です。

最前線に舞い戻るジャーナリスト

ロンドンでは先日、シリア内戦で12年に死亡した英紙サンデー・タイムズの戦争特派員マリー・コルビンさんの生き様を描いた米映画『A Private War』のオープニングイベントが行われました。

マリーさんは銃弾や砲弾をかいくぐって最前線に飛び出し、チェチェン、コソボ、シエラレオネなど数々の紛争取材を手掛けました。01年のスリランカ内戦の取材時に砲撃で左目を失います。少女の幻視や心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しまされても最前線に舞い戻ります。

12年2月、シリア内戦でホムスに潜入したマリーさんは衛星電話を通じ、アサド政権の攻撃によって多くの市民が犠牲になっている現実を英米メディアに伝えた翌日、砲撃によって命を落とします。

シリア内戦でマリーさんに同行、危うく左足を失いそうになったフォトグラファー、ポール・コンロイ氏は英通信社PAにこう話しています。

ポール・コンロイ氏(筆者撮影)
ポール・コンロイ氏(筆者撮影)

「今、私たちジャーナリストは非難の炎にさらされている。ドナルド・トランプ米大統領のような人たちは議論せず、気に入らないものは全てフェイクニュースと切り捨てる」

「だからこそ事実をつかみ取ってくる人たちが重要なのだ。シリアで攻撃にあった時、私は防空壕の中で『俺はあなたたちのストーリーを伝え続ける』と内戦に苦しむシリアの人々に約束した」

コンロイ氏はマリーさんの遺志を継いで今も最前線で写真を撮り続けています。安田さんも「自己責任」論という激しい批判や命の危険を顧みず、再び最前線に戻っていくのかもしれません。

大手メディアとフリーランスの関係

しかし、フリーランスのジャーナリストが大手メディアの後ろ盾なしにシリアのような紛争地に単身で乗り込んでいくのは非常に危険なリスクを伴います。

安田さんは04年4月にも、イラクで拘束されていた日本人3人の人質の消息をつかむためファルージャに向かう途中、武装勢力に拘束されたことがあります。

黒眼帯の戦争特派員マリー・コルビンさんには世界的にも評価されているサンデー・タイムズという大きな後ろ盾がありました。文字通り命を懸けた衛生電話による最後のレポートはBBC、Channel4、ITN News、CNNで伝えられました。マリーさんのレポートには世界を動かす力があったのです。

政府の制止を振り切ってシリアに潜入した安田さん解放にかかった費用はいったい誰が負担するのでしょう。日本では、フリーランスの危険地取材の素材を扱う大手メディアとの関係はどうなっているのでしょう。危険地に赴くフリーランスの保険や契約はどうなっているのでしょう。

大手メディアとフリーランスの関係を真剣に論じなければならないと筆者は考えます。

(おわり)