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借金地獄の中国「一帯一路」に対抗  安倍首相は質の高いインフラ輸出を促進 EUはアジアへ「欧州の道」

木村正人在英国際ジャーナリスト
ASEM首脳会議に出席する安倍首相(19日、筆者撮影)

「日・EUのEPAは2~3カ月後に署名」

[ブリュッセル発]ドナルド・トランプ米大統領が保護主義に走り、中国のシルクロード経済圏構想「一帯一路」が途上国の債務を膨れ上がらせる中、安倍晋三首相は18、19の両日、ブリュッセルの欧州連合(EU)で開かれたアジア欧州会議(ASEM)首脳会議に出席しました。

19日朝、EUに到着した安倍首相に「安倍首相、おはようございます」と声を掛けると、手を挙げて応えてくれました。

ASEMには中国の李克強首相やロシアのドミートリー・メドベージェフ首相を含め欧州やロシア、アジア各国の首脳53人が顔をそろえ、トランプ大統領が関税戦争を仕掛ける貿易問題をはじめ、地球温暖化、核拡散防止、サイバーセキュリティーについて話し合いました。

ASEM首脳会議に勢揃いした欧州とアジアの首脳ら(EUのホームページより)
ASEM首脳会議に勢揃いした欧州とアジアの首脳ら(EUのホームページより)

安倍首相は首脳会議で中国やトランプ大統領を念頭にこう訴えました。

「自由貿易体制については、貿易制限措置の応酬はどの国の利益にもならず、過剰生産能力の解決や、市場歪曲的な措置を除去する取組を進めていくべきだ」

「質の高いインフラについて、アジアと欧州の発展には連結性強化が不可欠であり、そのためにも質の高いインフラを国際スタンダードとしていくべきだ」

「日本が推進する『自由で開かれたインド太平洋』の実現は、アジア・欧州の連結性強化にも貢献するものである」

モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表(筆者撮影)
モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表(筆者撮影)

シンガポールと自由貿易協定(FTA)の署名を交わしたEUはベトナムともFTAを結ぶ方針です。日・EUの経済連携協定(EPA)について、フェデリカ・モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表は首脳会議終了後の記者会見で「2~3カ月後に署名する」と述べました。

アジアと欧州の共通利益

米国の保護主義、中国の「一帯一路」に対する懸念が膨らむ中、EUは日本をはじめアジアとの連携を強化する戦略を立てています。一方、安倍首相が欧州やアジア各国の首脳にアピールしたいのは鉄道や地下鉄、道路、発電所など質の高いインフラ輸出です。

背景には「鉄」に代表される国内の過剰生産問題を解消するため世界にインフラ輸出をする中国の「一帯一路」に対抗する狙いがあります。

中国の習近平国家主席は「中国の夢」を掲げて「2050年までに中国は国力と国際的な影響力を合わせて世界のリーダーになる」と宣言。中国と中央アジア、欧州をつなぐ陸のシルクロードと、東南アジアからアフリカ、中東、欧州までを結ぶ海のシルクロードの整備を開始しました。

借金のカタに港を差し出したスリランカ

しかし中国流のやり方に問題が噴出します。

スリランカ政府は中国の援助で建設した南部ハンバントタ港の11億ドルにのぼる債務返済に窮して、港湾管理会社の株式の70%を99年間、中国企業に譲渡しました。

クロアチアにある全長2.4キロメートルの橋の建設工事を中国の企業連合が落札しましたが、オーストリアの入札参加者が不当に低い価格で入札が行われたと疑義を申し立てました。

セルビアの首都ベオグラードとハンガリーの首都ブダペストを結ぶ鉄道工事をめぐっては中国の出資者とハンガリーの発注者の間で不透明な契約が結ばれたため、EUが待ったをかけました。

アジア開発銀行(ADB)は2016~30年の間にアジアは26兆ドルのインフラ投資を必要としていると分析しています。中国流のやり方で「一帯一路」が整備されていくと、アジアやアフリカの途上国は中国マネーの借金漬けにされ、仕事の大半は中国企業に持っていかれてしまう恐れがあります。

国際開発センター(CGD)の報告書によると、中国は「一帯一路」に伴ってアジアや欧州、アフリカ諸国に数兆ドルのインフラ投資を行うことを望んでいます。中国マネーの債務者は国家主体であることが多いため、債務危機を引き起こすリスクがあると報告書は指摘しています。

「一帯一路」の債務国になりそうな68カ国を調査した結果、23カ国が債務リスクを抱えており、このうちモンゴル、キルギス共和国、タジキスタン、パキスタン、ラオス、モルディブ、モンテネグロ、ジプチの8カ国が脆弱な財政状況であることが分かりました。

EUは「欧州の道」

今年4月、EU加盟28カ国のうちハンガリーを除く27カ国の大使が「一帯一路」に絡む公共工事の受注プロセスは透明性を欠いており、中国の国益と中国企業の利益になっているだけだと批判する報告書に署名したと報じられました。

報告書は「一帯一路」について「中国国内の過剰生産問題の解消、新たな輸出市場の創出、原材料へのアクセスを確保する中国の政治的ゴールを達成するためのものだ」と指摘しているそうです。

EUは今年9月「私たちには共通のスタンダードとルールが必要」として、中国の「一帯一路」に対抗するかたちでEUとアジア諸国を結ぶ「欧州の道」を提唱しました。中国の独占を排除するためです。

メルケル独首相を挟む中国の李克強首相(左)と安倍首相(EUのホームページより)
メルケル独首相を挟む中国の李克強首相(左)と安倍首相(EUのホームページより)

安倍首相も2015年に「質の高いインフラパートナーシップ」を発表しています。

(1)円借款と技術協力・無償資金協力の連携や海外投融資を強化し、アジアのインフラ分野向け支援を25%増加(2)アジア開発銀行の融資能力を1.5倍増(3)国際協力銀行(JBIC)のリスク・マネー供給を倍増(4)日本の「質の高いインフラ投資」を国際的スタンダードとして定着させる――の4本柱を掲げました。

多国間の国際協調主義に背を向けて孤立主義、保護主義に走るトランプ大統領と英国のEU離脱決定によって自由主義圏の結束が大きく揺らぐ中、安倍首相には欧州とアジアを結ぶ要の役割も求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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