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姿を消した美人女優ファン・ビンビン 中国芸能界の脱税退治に乗り出した習近平 拝金主義を一掃できるか

木村正人在英国際ジャーナリスト
5月上旬、第71回カンヌ国際映画祭に姿を見せたファン・ビンビン(写真:Shutterstock/アフロ)

アングロ・サクソン顔負けの強欲資本主義

[ロンドン発]TVコマーシャルで日本でもお馴染みの中国の美人女優ファン・ビンビン(36)が巨額脱税容疑をかけられ、公の場から姿を消して2カ月以上が経ちました。下は東京国際映画祭30回に祝福の言葉を寄せるファン・ビンビンの映像です。

「白猫であれ黒猫であれ、ネズミを捕るのが良い猫だ」(トウ小平)と、アングロ・サクソン顔負けの強欲資本主義に邁進してきた中国が大きな曲がり角を迎えています。

「X-MEN:フューチャー&パスト」や中国版「アイアンマン3」にも出演したファン・ビンビンの行方や状況が分からなくなったというウワサが流れたのは今年5月。ファン・ビンビンは7月1日に子供病院を訪れたあと公の場にぱったり姿を見せなくなりました。

9月上旬になってようやく中国の国営メディア、中国証券報が「ファン・ビンビンは管理下に置かれ、法的な決断を受け入れることになる」と公式に伝え、欧米メディアが次々と報じました。

高額収入セレブリティの脱税手口

ファン・ビンビンは米誌フォーブスに中国の高額収入セレブリティの1人としてリストアップされています。同誌の2017年版中国人セレブリティ高額収入ランキングを見てみましょう。

ジャッキー・チェン、男優、3億3000万人民元(54億円)

ファン・ビンビン、3億人民元(49億円)

ヤン・ヤン、男優、2億4000万人民元(39億円)

ルハン、男優・歌手、2億1000万人民元(34億円)

ヤン・ミー、女優、2億人民元(32億円)

アンジェラベイビー、女優、2億人民元(32億円)

中国の芸能界では裏報酬を受け取る脱税手口が横行しているようです。きっかけはソーシャルメディアへの投稿でした。

国営放送CCTV(中国中央電視台)の元キャスターが5月に「ファン・ビンビンはたった4日間の仕事で6000万人民元(10億円)を受け取った」「脱税のために『陰陽契約(裏の契約を結ぶこと)』を使っている」と告発し、中南海(中国共産党指導部)にも衝撃を与えました。

「陰陽契約」とは税務申告に提出される「陽契約」のほかに実際のオカネのやり取りを示す「陰契約」を税務当局にバレないように結ぶことです。

中国では給与所得に対しては7段階(3%から45%)の超過累進税率が適用されています。これに対して俳優の所得は原則20%で各種特例計算が適用される役務報酬所得に当たります。中国の税務に詳しいモンドパル国際税務会計事務所によると、役務報酬所得には20%~40%が課税されます。

給与所得者に比べて税制上、優遇されている芸能人の、悪質な脱税に批判が高まります。

社会的責任感ゼロのファン・ビンビン

「トラもハエもたたく」と腐敗撲滅キャンペーンを繰り広げる習近平国家主席も中国に広がる拝金主義の風潮と社会的道徳心の低下を一掃するためには、芸能界の腐敗を放置するわけにはいかなくなったようです。

ファン・ビンビンをはじめ200人前後の俳優の税務調査に踏み切ったと報じられています。ファン・ビンビンの関連会社、家族にも税務調査のメスが入ったと言われています。

北京師範大学と中国社会科学院の調査報告書「映画・TVスターの社会的責任」2018年版によると、ファン・ビンビンと女優チェン・フーはいずれも0ポイントで100人の中で最下位。トップは俳優シュー・ジェングの78.08ポイント。

ヤン・ヤンは61.11ポイントの9位。ルハンは26.9ポイントで54位、ヤン・ミーは12.38で72位でした。

社会的責任を果たしていると判断される基準の60ポイントを超えているのはわずか9人で、平均は29.9ポイント。

米国を抜いた中国の劇場収入

米NBCは4月、今年第1四半期の中国の劇場総収入が202億人民元(31億7000万ドル)に達し、米国とカナダを合わせた北米の28億9000万ドルを上回ったと報じました。

中国も高度経済成長期を経て、製造業中心の輸出主導型経済からサービス産業に軸足を置く内需主導型経済に大きく舵を切っています。

日本貿易振興機構(JETRO)の調査では、昨年、中国の映画興行収入は559億人民元(前年比13.45%増)を記録。このうち国産映画は301億人民元と全体の54%を占めました。興行収入が1億人民元を超えた作品は92作品で、このうち国産映画は51作品だったそうです。

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出演者のギャラも青天井で増えたため、中国共産党中央宣伝部は、出演者への報酬は映画の製作費の40%を超えない、主演俳優への報酬は出演者全体の70%を超えないといった上限を設けました。

中国は国家統制型の資本主義を掲げていますが、その原動力はアングロ・サクソン型の強欲資本主義を上回る欲深さに起因しています。

総人口に占める「生産年齢人口(15歳~64歳の人口) 」が増え続ける人口ボーナス期を終えた中国が社会的道徳心を保ちながら高成長を続けるのは非常に大きな矛盾をはらんでいると思うのですが。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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