「学術論文の闇」ハゲタカジャーナル 科学の健全な発展を妨げる腐敗の温床を一掃せよ 

学術論文をめぐってハゲタカ出版社が横行している(ペイレスイメージズ/アフロ)

東大132本、京大66本

[ロンドン発]毎日新聞が「<粗悪学術誌>論文投稿、日本5000本超 業績水増しか」と報じました。「ハゲタカジャーナル」と呼ばれる質が十分に保証されていないインターネット専用学術雑誌とみられる中国の出版社に日本関係の論文が5076本も投稿されていたそうです。

このうち筆頭著者が大学・研究機関に所属する論文は3972本。(1)九州大学147本(2)東京大学132本(3)大阪大学107本(4)新潟大学102本(5)名古屋大学99本(6)日本大学87本(7)北海道大学74本(8)広島大学73本(9)京都大学66本の順でした。

この出版社は毎日新聞の取材に「我々は有力な出版社の1つだ」と答え、ハゲタカジャーナルではないと反論しています。ハゲタカジャーナルとはいったい何なのでしょう。この問題に詳しい栗山正光・首都大東京教授(図書館情報学)の論文「ハゲタカオープンアクセス出版社への警戒」をみてみましょう。

学術雑誌の購読料が値上がりする中、インターネットを利用して、査読(ピアレビュー)を経た学術論文に無料でアクセスでき、二次利用できるオープンアクセス(OA)型の学術雑誌が急速に広がりました。問題になっているのは出版費用を読者ではなく、著者である研究者が負担する仕組みのOA誌です。

出版費用は高額で3000ドルを超える場合もあり、研究者は研究費や研究助成機関からの補助金で費用を支払います。しかし出版費用さえ出せば、いい加減な査読で論文を出版する怪しげなハゲタカ出版社(predatory publisher)が増えてきました。

研究者が出版費用を負担するOA誌は従来の学術雑誌に比べコストが格段に安く、新規参入が簡単なため悪質業者も入り込みやすくなっています。

ずさんな査読

米コロラド大学デンバー校の図書館員ジェフリー・ビール准教授がハゲタカ出版社のリストを独自に作成して公開してから、ハゲタカジャーナル問題が世界的に認知されるようになりました。しかし査読が甘いのは何もOA誌に限ったことではないようです。

2013年10月、ジョン・ボハノン氏が偽名を使ってデタラメな薬学論文を304の学術雑誌に投稿したところ、半数以上の157誌で受理されました。その中には神戸大学が発行する雑誌も含まれていました。ボハノン氏は「ピアレビューなんかこわくない」という記事を科学雑誌サイエンスに投稿、査読の不備を浮き彫りにしました。

英紙ガーディアン、ドイツの放送局や雑誌をはじめ世界中のメディアが協力してハゲタカジャーナル問題を調査した結果を今年7月に報道しました。学術論文を計17万5000本出版したインドやトルコなどの5大ハゲタカ出版社が査読や編集委員会など伝統的なチェックをおざなりに済ましていた実態があぶり出されました。

ある記者がボハノン氏と同じような手法でデタラメな論文を作成して投稿したところ、難なく受理されました。出版費用さえ支払えば、自社薬品のセールスに使うために製薬会社の社員が執筆した論文や地球温暖化への懐疑を広める怪しげな論文でも出版されていたのです。

こうしたハゲタカ出版社は、研究成果を上げるプレッシャーがかかっている研究者を狙ってメールを送っていました。ハゲタカジャーナルの数は13年以降、3倍にも激増し、世界中で40万人の研究者が関係していました。ドイツだけでも5000人以上の研究者が名を連ねていたそうです。

腐敗の温床

研究者は研究成果を上げて研究費を得る重圧にさらされています。「Publish or Perish(自分のキャリアを守りたければ、論文を発表しろ)」というフレーズがあるほど、研究者の生存競争は苛烈です。

大学にも論文数を増やして世界大学ランキングを上げ、政府からの運営費交付金や助成金を獲得し、留学生を増やそうというインセンティブが働きます。自分にとって都合の良い論文を使って製薬会社は自社薬品の売り上げを増やすことができ、化石燃料を売る業界は地球温暖化への疑念を拡散させることができるのです。

インターネットはコストをどんどん押し下げ、新規参入と競争を促します。しかしその反面、従来のシステムが保証していたレベルの信頼性を崩壊させてしまうリスクをはらんでいます。ハゲタカ出版社と執筆者の持ちつ持たれつの関係は科学の健全な発展と人類の未来を著しく損ねています。

こうしたことから、ハゲタカ出版社を排除する動きが出てきています。OA誌の案内データベース、DOAJは13年、収録雑誌の新たな選定基準を発表。14年には、より厳しい基準に沿って登録申請をし直すよう、すべての収録雑誌に依頼しました。

米連邦取引委員会は昨年11月、5大ハゲタカ出版社のうちインドの1社に対する出版差し止めを請求、裁判所で認められました。

ハゲタカ出版社の排除に動くインドと中国

インド政府は今年8月、ハゲタカ出版社を排除するため大学に協力を要請しました。同国では10年に成果主義が導入され、学術論文数によって大学への助成金に差をつけるようになりました。「質」より「量」が重視されるようになり、ハゲタカ出版社の利用に拍車がかかりました。

昨年1月には「質」の低下を防ぐため、学術論文の出版に使っても良い学術雑誌のリスト3万7000誌(ホワイトリスト)を発表しましたが、この中にもハゲタカ出版社が紛れ込んでいました。大学側が推薦してきたリストの中にハゲタカ出版社が含まれていたからです。5月には4305誌をホワイトリストから除外しました。

中国でもハゲタカ出版の排除に向け、ホワイトリストを作成。研究者の評価システムの改革に取り組み始めています。しかしハゲタカ出版社の横行は中国やインドの学術論文数の激増と深く関係しているようです。

全米科学財団(NSF)の報告書によると、16年の科学技術の論文数は中国42万6165本(06年18万9760本)、米国40万8985本(同38万3115本)、インド11万320本(同3万8590本)、ドイツ10万3122本(同8万4434本)、英国9万7527本(同8万8061本)、日本9万6536本(11万503本)でした。

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中国が米国を抜いて首位になったのは初めてのことです。上位50カ国の中で論文数が減少しているのは日本だけでした。

毎日新聞によると、国立情報学研究所が14年、米国の研究者によって「粗悪」とみなされた学術雑誌1300誌以上のリストに基づいて東京大学や京都大学など主要大学44校の研究者の投稿状況を調べたところ、過去1年間にOA誌に投稿したという回答865件のうち99件が「粗悪」雑誌への投稿だったそうです。

ハゲタカ出版社への出版費用の支払いには国の科学研究費補助金(科研費)が充てられている疑いもあるため、文部科学省も日本学術会議も関心を寄せているようです。新興国の中国やインドの台頭が著しい中で、日本は論文の「量」を維持しながら「質」を向上させるための早急な対応が求められています。

(おわり)