【W杯現地報告】「呪いのPK戦」を制したイングランド サポーターが控えめに勝利を祝った理由とは

イングランドの8強進出を喜ぶサポーター(サンクトペテルブルクで筆者撮影)

ケーンが得点王争いのトップ

[サンクトペテルブルク発] モスクワのスパルタク・スタジアムで7月3日に行われたイングランド対コロンビア戦。日本と同じH組を首位で通過したコロンビアはPK戦(3‐4)の末に力尽きました。コロンビアは負傷でベンチ外となった司令塔ロドリゲスの不在が響きました。

コロンビアの首都ボゴタは標高2640メートル。高地で鍛えられた運動量は脅威です。しかも当たりが厳しいコロンビアに対し、イングランドは大げさに倒れ込む狡賢いサッカーを展開。後半9分にケーンのPKで得た虎の子の1点を守り切ろうとしますが、アディショナルタイムの同48分、コロンビアのDFミナのヘディングで同点に追いつかれます。

影が薄かったイングランド・サポーター(筆者撮影)
影が薄かったイングランド・サポーター(筆者撮影)

延長戦も両者譲らず、PK戦にもつれ込みます。イングランドはW杯で過去3回のPK戦すべてに敗れています。W杯を含めた主要大会で見ても1勝6敗という戦績のため、イングランド・サポーターは天に祈ったに違いありません。

PK戦では互いに1人ずつ失敗して迎えた5人目で先攻のコロンビアが外し、イングランドは途中出場のMFダイアーが決めて3大会ぶりのベスト8進出を果たします。イングランドのGKがW杯のPK戦でシュートを止めたのは実に1998年以来、20年ぶりのことだそうです。

今大会6得点目で、得点王争いの先頭を走るケーンは次のスウェーデン戦に集中しながらも「まだ先は長い」と優勝を狙っていることを匂わせました。

影が薄いイングランド・サポーター

サンクトペテルブルクのベイエリア(筆者撮影)
サンクトペテルブルクのベイエリア(筆者撮影)

筆者は1917年までロシア帝国の首都だった観光都市サンクトペテルブルクの「FAN FEST」会場で試合を観戦しましたが、イングランド・サポーターの影は薄かったです。PK戦でもイングランドのキッカーにはブーイングが浴びせられ、ロシア市民はコロンビアを応援していました。

サンクトペテルブルクの街並み(筆者撮影)
サンクトペテルブルクの街並み(筆者撮影)

今大会のチケット購入者数は開催国ロシアがトップで80万人。2位米国8万人。3位ブラジル6万6000人。4位コロンビア6万人。5位ドイツ5万5000人。6位メキシコ5万2000人。7位アルゼンチン4万5000人。8位ペルー3万9000人。9位中国3万7000人。10位オーストラリア3万5000人。11位イングランド3万1000人。

1次リーグ、イングランドの初戦、チュニジア戦を観戦するためボルゴグラードを訪れたイングランド・サポーターはわずか2500人でした。「あれ、英国旗のユニオン・ジャックを持っている人がいるぞ」と思ってよく見ると、英連邦に加盟しているオーストラリアの国旗だったりするのです。

イングランド・サポーター(筆者撮影)
イングランド・サポーター(筆者撮影)

米国や中南米、中国に比べて、今大会、欧州からのサポーターが少ないのは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナのクリミア併合、シリア内戦への軍事介入に加えて、英国でのロシア人元二重スパイの暗殺未遂事件が影響しているからです。

大会前、英国メディアには「血に飢えたロシア人フーリガンが殺人を誓う」「ロシアのサポーターがブートキャンプで鍛えている」「ロシアのフーリガンがイングランドのファンに死ぬ準備をしておけと警告」というおどろおどろしい見出しが踊りました。

英BBC放送のドキュメンタリーも、軍隊のような訓練をするロシアのフーリガンを取り上げ、英外務省は「暴力のリスクは高い」と渡航者に注意を呼びかけていました。

悪夢の欧州選手権

2016年6月、フランスで開催されたUEFA欧州選手権B組のイングランド対ロシア戦。試合終了直前「バーン」という大きな爆発音が試合会場のスタッド・ベロドロームに鳴り響きました。ロシアのフーリガンがイングランド・サポーターに向け、信号弾を撃ち込んだのです。

ロシアのフーリガンが試合終了と同時にイングランド・サポーター席になだれ込んできました。殴る蹴るの乱暴狼藉にイングランド・サポーターは柵を乗り越え、逃げ惑います。子供を抱いて逃げる父親もいました。

マルセイユの街ではロシアとイングランドのサポーターが3日間にわたって衝突し、警官隊が警棒や催涙弾を使って取り締まっていました。この日の乱闘で計35人が負傷。このうち1人が意識不明となり、心臓麻痺を起こした人もいます。

英大衆紙サンに「ユーリー」と名乗るロシアのフーリガンは「戦闘能力を高めるため、多くのフーリガンは森の中の特別訓練キャンプでトレーニングを積んでいる」「フーリガンの多くは軍隊や警察で働いている」「戦うことに関しては俺達がナンバーワンさ」と話しました。

厳戒の開催都市

試合会場を警戒するロシアの治安部隊(筆者撮影)
試合会場を警戒するロシアの治安部隊(筆者撮影)

しかし今大会、フーリガンは見当たりません。試合会場や開催都市には騎馬警察隊や治安部隊が配置され、厳戒態勢が敷かれています。主要駅や長距離列車の中も鉄道警察官が巡回しています。

ロシアの警察官は全体で90万人いるそうですが、そのうち何人がW杯の警備にあてられているのかはロイター通信が調べても分からなかったそうです。警察は勤務時間を延長して、事件や事故防止に努めています。

深夜のサンクトペテルブルクを警戒する治安部隊(筆者撮影)
深夜のサンクトペテルブルクを警戒する治安部隊(筆者撮影)

大会前から相当脅されていたイングランド・サポーターの行儀も普段に比べると随分、良いようです。ビールを飲んだくれたり、大声で叫んだりする姿は全く見かけません。

先のリポートでもお伝えしたように、W杯ボランティア、鉄道の車掌、ホテルの従業員だけでなく、市民全員がとても親切にしてくれます。W杯という期間限定なのかどうか筆者には分かりませんが、欧州債務危機の後遺症が残るスペインやイタリア、ギリシャに比べるとはるかに安全に感じます。

ひっきりなしにスリや置き引きにあう欧州の旅に馴れている筆者は物を盗られる心配もあまりしなくて良いのには正直、驚きました。英外務省や英国メディアの警戒は今のところ完全に取り越し苦労に終わっています。

午前零時を過ぎてもサンクトペテルブルクの夜は来ない(筆者撮影)
午前零時を過ぎてもサンクトペテルブルクの夜は来ない(筆者撮影)

プーチン大統領のW杯はパブリック・ディプロマシーという観点からも欧米、中でも英国に対して大勝利を収めています。

(おわり)