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金正恩の9月ホワイトハウス訪問はあるか 中間選挙を控えパフォーマンス優先のトランプ 米国0対北朝鮮5

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ大統領と金正恩氏の駆け引きの行方は(写真:ロイター/アフロ)

「挑発的でカネがかかる戦争ゲームを中止する」

[ロンドン発]ドナルド・トランプ米大統領は、シンガポールで行われた米朝首脳会談で米韓軍事演習を中止する方針を突然、表明したことについて、6月17日こうツイートしました。

「米朝首脳会談で『戦争ゲーム(米韓軍事演習)』の中止を求めたのは私だ。なぜなら戦争ゲームには大変カネがかかるし、良い方向を目指す交渉に悪い影響を与える。また、非常に挑発的だ。もし交渉が失敗に終わったら、即座に米韓軍事演習を再開する。そうなることを望んでいないが」

同盟国に米軍を駐留させ、自由と民主主義を浸透させる米国の外交政策に対し、トランプ大統領は1987年の公開書簡で真っ向から反論しています。

「米国は支払い能力のある日本や他国に負担させることで膨大な赤字を終わらせる時が来た。こうした国々に対する米国の世界防衛費は数千億ドルに値し、米国自身の防衛よりもはるかに大きくなっている」

トランプ大統領は将来、在韓米軍を撤収したいという本音を隠そうともしませんでした。在韓米軍の延長線上には在日米軍があります。

北東アジア地域に安定を与えてきた米韓軍事演習について「戦争ゲーム」「挑発的」「カネがかかる」という北朝鮮のレトリックに乗り、同盟国の韓国や日本に何の相談もせず、トランプ大統領が突然、中止方針を打ち出した理由はいったい何なのでしょう。

二転三転するトランプの即興外交

もともと北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は米韓軍事演習の実施に理解を示していました。それが変わったのは、中国の習近平国家主席と2度目の会談を行ってからです。これまでの経過を振り返っておきましょう。

3月8日

トランプ大統領がホワイトハウスで韓国の国家安全保障室長に「米朝首脳会談をやろう」と即座に答え、出席者を驚愕させる

3月25~28日

金正恩氏が訪中し、中国の習近平国家主席と初の首脳会談

4月27日

南北首脳会談

5月7~8日

金正恩氏が再び訪中し、習主席と2度目の首脳会談。習主席が米国に米韓軍事演習の中止を求めるよう促す

5月16日

北朝鮮が南北閣僚級会談をキャンセル。ステルス戦闘機F22や戦略爆撃機B52が参加を予定していた同月14~25日の米韓合同空軍演習「マックス・サンダー」に反発

5月24日

トランプ大統領が金正恩氏への書簡で「米朝首脳会談の中止」を伝え、世界を唖然とさせる

6月1日

トランプ大統領が「米朝首脳会談を予定通り開く」と発表

6月12日

初の米朝首脳会談。トランプ大統領が「米韓軍事演習を中止する」と表明して、米国防総省や同盟国の韓国や日本を愕然とさせる

最終ゴールは核保有国の地位

北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐり米韓軍事演習が中止されるのは初めてではありません。1994年の米朝枠組み合意の際は、米韓軍事演習「チーム・スピリット」が同年から96年にかけ中止されましたが、同盟国の韓国と十分に協議した上での判断でした。

軍事演習を中止するかどうかは韓国や日本との同盟関係から決めるべきことで、北朝鮮との取引材料にして良いものではありません。

米朝核戦争という最悪シナリオや、拙速に「平和条約」を締結するという事態は回避できたものの、北朝鮮は米朝首脳会談の共同声明で「朝鮮半島の完全な非核化に向かって取り組むことを誓約する」ことに同意しただけなのです。

米中央情報局(CIA)で朝鮮半島問題を担当した米・戦略国際問題研究所(CSIS)のスー・ミー・テリー上級研究員は英・国際戦略研究所(IISS)で講演した際、「北朝鮮の狙いは米朝核協議を長期化させること、そして最終的には核保有国として国際社会に認められることだ」との見方を示しました。

核・ミサイル開発を終えたと宣言した金正恩氏はすでに習主席、トランプ大統領、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領、シンガポールのリー・シェンロン首相と会談。今後、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、日本の安倍晋三首相との会談が行われる可能性が強く、まるで北東アジア外交の「ロックスター」のような扱いです。

米国0対北朝鮮5

テリー上級研究員は「今さら米国が軍事オプションに戻ればクレージーと呼ばれ、中国やロシアの企業を狙い撃ちする2次制裁を使った『最大の圧力』に戻ることさえ難しくなった」と分析し、IISSのジョン・チップマン所長を「米国0対北朝鮮5だ」と嘆かせました。

朝鮮戦争の米兵の遺骨収集でさえ、友好のしるしと言うより、北朝鮮の時間稼ぎの手段に使われる恐れがあります。今後、北朝鮮が描くベスト・シナリオを予想してみました。

8月

米韓軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」を中止

9月

金正恩氏がプーチン露大統領と会談

金正恩氏が訪米して国連総会に出席

金正恩氏がホワイトハウス訪問

11月

米中間選挙

不動産取引に長けたトランプ大統領は最初に緊張をピークまで高め、即興的に妥協するタイプのネゴシエーターです。北朝鮮の核・ミサイル施設に対する先制攻撃に端を発する米朝核戦争の恐怖は回避できたものの、中間選挙に向け支持率を上げたいトランプ大統領に実のある交渉を求めるのは無理なようです。

トランプ大統領は習主席の手のひらで金正恩氏と踊らされているだけかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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