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シンガポール合意で韓国の軍備増強はどこまで進む「GDPの1%」枠守る日本「悪夢のシナリオ」

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮の金正恩氏とトランプ米大統領の関係はいつまで続く(写真:ロイター/アフロ)

「安倍首相と会ってもよい」

[ロンドン発] 産経新聞によると、「朝鮮半島の完全な非核化」を約束した6月12日の米朝首脳会談で、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長がドナルド・トランプ米大統領に「安倍晋三首相と会ってもよい。オープンだ」と伝えていたそうです。

これを受け、日本政府は拉致問題解決に向け、日朝首脳会談の本格調整に入りました。

一方、韓国を訪問中のマイク・ポンペオ米国務長官はシンガポール合意について13日、記者団に「(トランプ大統領の任期である)この2年半の間に『より大きな武装解除』を達成できることを望んでいる」と述べました。

トランプ大統領の任期中に何とか外交成果にして、次の大統領選につなげたい思惑が浮き彫りになっています。ポンペオ氏自身の政治的な野心もちらつきます。

ロイター通信とIpsosの世論調査では、米国では51%がトランプ大統領の金正恩氏との首脳会談を支持しています。しかし40%は米朝両国がシンガポール合意を守るとは信じておらず、守ると信じていたのは26%に過ぎません。39%が米朝首脳会談は両国間の核戦争の脅威を低下させたと評価する一方で、37%は何も変わっていないと回答しました。

トランプ大統領は米朝首脳会談後の記者会見で北朝鮮の非核化の費用について「韓国と日本には北朝鮮を支援する準備があると思う。米国が北朝鮮を助ける必要はない。米国はいろいろな所で大きな負担を強いられている。北朝鮮の隣国の韓国と日本が北朝鮮を支援することになる」と断言しました。

費用負担は拉致問題の解決に向けた日朝首脳会談をトランプ大統領にお膳立てしてもらったことへのお礼ということでしょうか。

「米韓軍事演習は続行される」

2004~07年まで米国家安全保障会議(NSC)アジア部長を務めた米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)朝鮮部長のビクター・チャ氏が13日、ロンドンでのパネルディスカッションに参加したので取材してきました。

ビクター・チャ氏(筆者撮影)
ビクター・チャ氏(筆者撮影)

一時、トランプ政権が検討していた対北朝鮮の限定攻撃への反対を表明したため、チャ氏の駐韓米大使案が撤回されたと報道されたことがあります。

「トランプ氏が大統領になってからまともな外交を行ったのは北朝鮮一国だけ。カナダに背を向け、北朝鮮と自由貿易協定(FTA)を結びそうな勢いだ。トランプ氏の対北朝鮮政策は韓国の与党・改革政党のそれに沿ったものだ」

「トランプ氏は米韓軍事演習を『挑発的』で『高くつく』と表現した。米韓軍事演習の中止は韓国政府にとっても寝耳に水だった。発表5分前に1人か2人の韓国政府高官が米国側から知らされていたかもしれないが。韓国国防部の公式コメントは『何が起きているのか、考えも及ばない』というものだった」

「これは非常に大きな問題で、トランプ大統領が『米韓軍事演習を中止する』と言っても、演習は中止されないと思う。米韓軍事演習が予定される8月に重要な決断の時がやってくる。韓国国内でも大きな議論になるだろう」

韓国内の保守・改革の対立深まる

韓国では市民がロウソクの火を灯して抗議する「ロウソク・デモ」が朴槿恵(パク・クネ)前大統領を弾劾訴追に追い込むなど、大きな政治的な影響力を持つようになっています。

チャ氏は「韓国の抗議活動はプロ化している」と指摘します。「シンガポール合意は韓国の安全保障論議をより活発にすることになる。情報公開や報道の自由の問題にも波及する」

「韓国内にはイデオロギー上の根深い対立があり、国家安全保障や北朝鮮に対する論争をエスカレートさせる。なぜならシンガポール合意の内容は非常に不明確だからだ」

「このため与党・改革政党と野党・保守政党はそれぞれの議論と政策目標をより強く主張するようになるだろう。韓国の政治や社会はかつてないほど分断している」

「中国に対して韓国は歴史的に肯定的な記憶を持っており、否定的な面を過小評価する傾向がある。米国と韓国が自由貿易協定(FTA)を交渉していた時、韓国国内では大規模な抗議活動が起きたが、中国とのFTA交渉時、抗議活動は全く起きなかった」

「野党・保守政党内では中国への懐疑が少しずつ膨らんでいるが、中国に対するポジティブでロマンチィックに彩られた見方が一段と広がったとしても不思議ではない」

トランプ大統領の対北朝鮮政策は完全に韓国の与党・改革政党と中国の絵図に乗っかるかたちで動いています。

拡大する韓国の国防支出

「与党・改革政党は野党・保守政党より多くの国防費を支出している。米韓軍事演習や在韓米軍の縮小は米韓同盟の交渉の中で議論されるべきもので、対北朝鮮の交渉の取引材料にされるべきものではない」

「韓国も日本もトランプ大統領がどう動くか予測がつかないことに対してヘッジ(保険)をかけるというより、トランプ大統領が両国に求める自己責任を利用してそれぞれの目標を目指している。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は北朝鮮への関与政策を追求している」

「トランプ大統領は同盟国に自己責任を求める一方で、すべての負担を求めており、韓国内では難しい議論になるのは避けられない」

シンクタンク、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の国防支出データで、日本、中国、韓国の国防支出を見ておきましょう。

「防衛費の国内総生産(GDP)1%」枠に縛られてきた日本の防衛支出は2016年のドル換算で見ると、460億ドル周辺で横ばいが続いています。奇跡的な高度成長を遂げた中国は日本を追い越し、韓国はものすごい勢いで日本を追い上げています。

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日本でも自民党が防衛費を北大西洋条約機構(NATO)目標であるGDPの2%に引き上げるよう政府に求めているため、近い将来、韓国の国防費が日本の防衛費を上回ることはないのかもしれませんが、太陽政策を掲げる文大統領が国防支出を拡大する意味をチャ氏に質問しました。

「自主性の拡大は与党・改革政党の国家安全保障上のアジェンダだ。トランプ大統領が米朝首脳会談後の記者会見で米韓軍事演習の中止や在韓米軍の撤収に言及したのはおそらくアジアでの経費節減政策を持っているからだろう」

「中国との平和、北朝鮮との平和、平和に異を唱えるのは難しい。誰もが平和を求めている。非常に興味深い状況だ。韓国の軍備拡大がどこまで行くのか今のところはっきりしたことは分からない」

韓国の軍備拡大を対北朝鮮の抑止力という文脈だけではなく、在韓米軍の縮小・撤収に備えた自主防衛の強化という観点からもウォッチしておく必要がありそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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