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北朝鮮が非核化すればトランプは在韓米軍を撤収する?米朝首脳会談 朝鮮戦争の終結宣言に続く仰天シナリオ

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ米大統領と会談した北朝鮮の金英哲氏(左)。右はポンペオ国務長官(写真:ロイター/アフロ)

6・12会談はプロセスの始まり

[ロンドン発]ドナルド・トランプ米大統領は6月1日、一度はキャンセルした北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との首脳会談を当初の予定通り12日にシンガポールで開催すると表明しました。

金正恩氏の側近中の側近である金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長とホワイトハウスで2時間にわたって会談したあと記者団に語りました。ホワイトハウスのホームページからトランプ氏の発言を見ておきましょう。

「それ(12日の米朝首脳会談)はプロセスの始まりだ。すべてが一度に決着する会談ではない。12日に何かの合意に署名することはない。しかし、お互いを知る会合以上のものになる。関係は築かれている。非常に前向きなことだ」

「北朝鮮はそれ(非核化)を望んでいる。と同時に彼らは国として発展することも望んでいる。日本も韓国も関わっており、誰もが米国を必要としている。中国の習近平国家主席からも大きな助力をいただいた」

「(在韓米軍の規模や、完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄=CVID=について)金英哲氏とほとんどすべてのこと、多くのこと、制裁を含めて協議した」

「今日、北朝鮮側に『時間をかけなさい。我々は速く進むこともできれば、ゆっくり時間をかけることもできる』と伝えた。金正恩氏は何かが起きることを期待している。彼は慎重だ」

「金正恩氏には非常に強力な制裁は継続すると伝えてある。彼らが非核化に応じない限り、制裁を解除することはない。制裁がどれほど強力かはイランを見ていれば分かる」

「対北朝鮮制裁は現状を維持する。『最大限の圧力』という言葉はこれ以上、使いたくない。米朝は協力しているからだ」「米国が首脳会談で北朝鮮に経済援助を約束するつもりはないが、韓国や中国、日本は北朝鮮を援助するだろう」

朝鮮戦争の終結宣言へ

「12日に朝鮮戦争終結で合意する可能性はある。それは可能だ。それについても本日、協議した。信じられるかい、米朝が朝鮮戦争の終結について協議している。これまで70年間も協議してきた」「(金正恩氏と北朝鮮体制の安全については)プロセスが終われば保証する」

トランプ氏と金正恩氏の腹心、金英哲党副委員長の会談にはいくつかのポイントがあります。

(1)6月12日に開かれる米朝首脳会談の象徴的な成果として両首脳が朝鮮戦争の終結を宣言する可能性がある。

(2)完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄(CVID)を受け入れなければ首脳会談を開催しないと断言していたトランプ政権が方針を転換し、北朝鮮の段階的非核化を受け入れる構えを見せた。

(3)米国は対北朝鮮制裁を継続するが「最大限の圧力」はかけない。韓国や中国による経済援助は容認する。

(4)北朝鮮の非核化が実現すれば米国は金正恩氏と北朝鮮体制の安全を保証する。

北朝鮮が核開発を凍結する見返りに軽水炉を建設、完成するまで石油を供給する1994年の米朝枠組み合意は2003年に決裂。6カ国協議による05年と08年の核放棄合意は数カ月後に北朝鮮によって一方的に破棄されました。

バラク・オバマ前米大統領時代の12年、北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射、核実験実施、寧辺(ニョンビョン)でのウラン濃縮活動の「一時停止」について国際原子力機関(IAEA)の監視を受け入れることで合意した「閏日(うるうび)合意」はわずか数日で反故にされています。

非核化の見返りとして在韓米軍を撤収

核拡散防止を担当する米外交官として、その後、核専門のアナリストとして40年間も北朝鮮をウォッチしてきた有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック・アメリカ本部長はIISSのブログでこう指摘しています。

「08年6月に北朝鮮がプルトニウムを生産していた寧辺の黒鉛減速炉の冷却塔を爆破したことは核放棄に向けた大きなステップとして称賛された。しかし3カ月後、米国が、軍施設を含む核開発に関係するとみられるいかなる用地、施設、場所にも完全にアクセスすることを要求したとたん、北朝鮮は拒否した」

こうした検証方法をブッシュ(子)米政権下の当時、強く要求したのが現在トランプ氏の国家安全保障担当大統領補佐官を務めるジョン・ボルトン氏でした。

フィッツパトリック氏は「トランプ氏と金正恩氏の首脳会談がどんな形で進んでも、その後の実行プロセスになるとトランプ政権は再び北朝鮮の軍施設への完全なアクセスを要求することになる」と見ています。今後の米朝交渉には大きなリスクが2つあるとフィッツパトリック氏は懸念しています。

(1)米朝交渉が失敗に終わる可能性は大きい。結局、北朝鮮とは話しても無駄だという結論になり、『最大限の圧力』戦略を強めるために軍事行動を選択する時が来たという意見にトランプ氏が同意するかもしれない。たとえ、それが限定的な攻撃であっても全面戦争にエスカレートし、核戦争という悪夢のシナリオを引き起こす可能性が大きくなる。

(2)トランプ氏があまりにも多く、あまりにも早く譲歩してしまうリスクもある。孤立主義者のトランプ氏は長年、在外米軍基地のコストを問題視してきた。今年に入って2回も在韓米軍の縮小や撤収を模索したとみられている。在韓米軍の撤収は北朝鮮による完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄や他の脅威の放棄に対する報酬としては適当なのかもしれないが、同盟国の韓国や日本を動揺させる。

金正恩の長期化作戦にはまるトランプ

トランプ氏は記者団から「金英哲氏に在韓米軍の規模について質問されたのか」と尋ねられ「ほとんどすべてのことを話し合った」とはぐらかしたのが非常に気になります。もし米国が在韓米軍を撤収することになれば、韓国や日本は米軍による拡大抑止のコミットメントに疑念を抱き、核武装について改めて検討しなければならなくなるかもしれません。

トランプ氏が5月24日にいったん中止すると表明した米朝首脳会談が予定通り行われることになったのは、トランプ氏にも金正恩氏にも会談を行う利益があるからです。金正恩氏の狙いは米朝首脳会談を開催することでトランプ政権の軍事オプションを凍結させ、対北朝鮮制裁の緩和を引き出すことに尽きます。

一方、この11月に中間選挙を控えるトランプ氏にとっては、米朝首脳会談の成功を印象づけることで政権浮揚につなげる思惑があります。見せかけの短期的な成果を焦るあまり、トランプ氏は、交渉の長期化を目論む金正恩氏の術中にすでにはまっていると言えるのかもしれません。

トランプ氏は韓国と日本政府に「もし北朝鮮への軍事作戦が必要になったら、米国の戦費の大半を負担するように」と求めたそうです。核戦争のリスクを伴う軍事オプションは何としてでも避けなければいけませんが、トランプ氏が在韓米軍の撤収を米朝交渉の取引材料と考えているとしたら、日本にとっては想像したくもない悪夢になるのは間違いありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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