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「核のタイタニック」の恐怖 南シナ海や北極海に中国やロシアの原発が浮かぶ日

木村正人在英国際ジャーナリスト
サンクトペテルブルクを出発する「アカデミック・ロモノソフ」(写真:ロイター/アフロ)

海上に浮かぶ原子力発電所

[ロンドン発]海上に浮かぶロシア製浮体原子力発電所1号機アカデミック・ロモノソフが4月末、曳航されてサンクトペテルブルクからムルマンスクに向かって初航海に出ました。まだ、核燃料を積んでいませんが、「『核のタイタニック』か『浮かぶチェルノブイリ』」(環境保護団体グリーンピース)と大騒ぎになりました。

事実上のロシア国営メディア、RT(旧称ロシア・トゥデイ)によると、アカデミック・ロモノソフは、砕氷船に使われる船舶用原子炉2基が艀(はしけ)の上に設置された構造で、最大70メガワットの電力と50ギガカロリー(1時間の熱エネルギー)を出すことができます。原子炉1基で人口10万人都市のエネルギー需要を満たせるそうです。

アカデミック・ロモノソフはこのあと、核燃料を積んで極東に向かい、来年にはチュクチ自治管区沖の北極海で稼働する見通しです。

アカデミック・ロモノソフはもともとサンクトペテルブルクで核燃料を使った実験を行う予定でした。これについて、グリーンピースの核専門家ヤン・ハファカム氏はこう話しています。

「サンクトペテルブルクのような人口密度が高い地域で原子炉の実験を行うのは、いくら控えめに言っても無責任。しかし、この『核のタイタニック』を公衆の目から遠ざけて実験しても責任は少しも軽くならない。原子炉を北極海に持っていくことは、地球温暖化によってすでに甚大な影響を受けている脆弱な環境に明白な脅威を与える」

ロシアは量産体制

他の露メディアによると、ロシア国営原子力企業ロスアトムは浮体原子力発電所を量産できる生産ラインを計画し、アフリカや南米、東南アジア諸国の買い手とすでに交渉に入っています。中国、アルジェリア、インドネシア、マレーシア、アルゼンチンなど15カ国が浮体原子力発電所のレンタルに関心を持っているそうです。

浮体原子力発電所の計画は北極海だけでなく、人口過密地域や環境保護が必要な地域で使われる可能性があります。海洋で石油・ガス開発を行うための電力を供給するという用途もあります。

RTは「原子力潜水艦や原子力空母、原子力砕氷船(現在、世界で計約140隻)がすでに運航しており、海上の原子力施設の安全性は確立している」と報道。ロスアトムも「浮体原子力発電所は国際原子力機関(IAEA)の基準をすべて満たしており、環境にいかなる影響も与えない」と主張しています。

しかし冷戦下の1985年には旧ソ連の原子力潜水艦が燃料補給作業中に爆発を起こし、10人が死亡する事故が起きています。事故が明らかにされたのはソ連崩壊後でした。

前出のハファカム氏は「浮体原子力発電所は一般的に水深の浅い海岸近くで使われる。安全という触れ込みだが、底面が平らで、曳航してもらわないと動けないので特に津波やサイクロンに対して弱い」と警鐘を鳴らしています。

中国は南シナ海に浮体原発21基を設置へ

中国の国有企業・中国核工業集団(CNNC)と、中国広核集団(CGN)は20年までに浮体原子力発電所の第1号機を製造し、南シナ海の石油掘削リグに電力を供給する計画です。

中国広核集団(CGN)が計画する浮体原子力発電所(CGNのHPより)
中国広核集団(CGN)が計画する浮体原子力発電所(CGNのHPより)

ベトナムやフィリピンとの領有権争いが存在しているにもかかわらず軍事要塞化を進める南シナ海の人工島や、海洋の石油・ガス掘削リグに電力を供給するため、浮体原子炉20基をさらに建造中だそうです。

14年、中国海洋石油集団(CNOOC)が南シナ海の西沙(パラセル)諸島に石油掘削リグを配置したところ、ベトナムとの緊張が極度に高まりました。この時、中国の海事局は安全確保を理由に一方的にリグから1シーマイル(1852メートル)の排他的安全水域を設置、すぐに3シーマイルに広げました。

南シナ海に21基もの浮体原子力発電所が設置されると、サンゴ礁の埋め立てによる人工島造成が加速し、生活できる人口規模が一気に拡大します。中国による実効支配の既成事実化を進めることになり、周辺国との間で新たな火種になる恐れがあります。

南シナ海を支配する中国の「歴史的権利」

事故や放射能漏れによる海洋汚染も心配ですが、浮体原子力発電所は中国の海洋進出の強力なツールとして使われる可能性が強いでしょう。

中国は南シナ海のほぼ全域を囲い込むように「九段線」を一方的に設定、海洋権益に対する「歴史的な権利」を主張しています。しかし16年7月、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は、原告フィリピンの訴えを認め、中国が拠り所にする「歴史的権利」を退けました。

浮体原子力発電所が南シナ海全域に設置されると、中国が安全確保のため周辺の排他的安全水域を勝手に拡大する可能性が十分にあります。排他的安全水域に入ると、中国人民解放軍の艦船や開発主体のCNOOCの警備船と衝突し、沈没させられるかもしれません。

アメリカは南シナ海で「航行の自由作戦」を主導していますが、どうしても中国の方に地の利があります。南シナ海に21基の浮体原子力発電所が設置されると、南シナ海は人工島による軍事要塞化どころか、まさに中国の「海洋国土」と化してしまうでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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