ルイ王子にキスするシャーロット王女「キャサリン妃は名フォトグラファー」英王室安泰の秘密とは

ルイ王子の額にキスするシャーロット王女(C)キャサリン妃

キャサリン妃、王室写真協会の終身名誉会員に

[ロンドン発]英王室・ケンジントン宮殿は5月6日、キャサリン妃(36)が撮影した次男ルイ王子にキスする長女シャーロット王女の写真を公開しました。シャーロット王女が3歳の誕生日を迎えた同月2日に撮影されたものだそうです。

ルイ王子の額にキスするシャーロット王女(C)The Duchess of Cambridge
ルイ王子の額にキスするシャーロット王女(C)The Duchess of Cambridge

もう1枚は4月26日に撮影されたルイ王子の写真です。キャサリン妃とウィリアム王子(35)はルイ王子の誕生とシャーロット王女の3歳の誕生日を祝ってくれた皆さんに感謝のメッセージを送っています。

ルイ王子(C)The Duchess of Cambridge
ルイ王子(C)The Duchess of Cambridge

ルイ王子が誕生した4月23日、シャーロット王女はセント・メアリー病院リンド病棟前で報道陣や沿道を埋めた住民に対し、振り返ってロイヤルウェーブ(手を振る仕草)をする「千両役者」ぶりを発揮しました。

そのシャーロット王女はアゴや口、目や髪までエリザベス女王(92)似と言われています。身のこなしや、漂わせる自信がエリザベス女王の子供の頃そっくりだそうです。そう言われて写真を見ると確かによく似ています。

慶事続きのロイヤルファミリー

キャサリン妃は2012年にウィリアム王子とアジア太平洋を訪問した際、撮影した写真を公開。15年にシャーロット王女が生まれた時、初めてシャーロット王女の公式写真を撮影しました。

これまで母親キャサリン妃はジョージ王子の初登校、シャーロット王女の1歳の誕生日と家族の写真を公開してきました。風景写真の腕前もなかなかのもので、キャサリン妃は王立写真協会の終身名誉会員に選ばれました。

5月19日にはウィンザー城のセントジョージ礼拝堂でヘンリー王子(33)と米女優メーガン・マークルさん(36)の結婚式が執り行われます。生まれたばかりのルイ王子と、高齢で体調が優れないフィリップ殿下(96)は残念ながら出席できませんが、ジョージ王子やシャーロット王女は出席するので今から取材に行くのが楽しみです。

先日開かれたケンジントン宮殿の記者会見に出席すると、「メーガンさんと疎遠」と報じられてきた父親トーマス・マークルさん(72)が結婚式でメーガンさんの手を引いて礼拝堂のバージンロードを歩くと発表され、ホッとしました。

トーマスさんはかつてテレビの腕利き照明監督で「女優メーガン」を育てた1人ですが、16年に米カリフォルニア州でクレジットカードの負債2万4181ポンド(約357万円)を抱えて自己破産。貯金はわずか160ポンド(約2万3600円)と報じられています。

メーガンさんとは血のつながっていないトーマスさん側の子供たちはシンデレラ・ストーリーを地で行くメーガンさんを妬ましく思っているらしく「ヘンリー王子はメーガンと今すぐ別れた方が賢明」とか「家族の私たちをどうして結婚式に呼ばない」と大衆紙に不満をぶちまけています。

「排除」か、「包摂」か

さすがに血のつながっていない義姉や義兄を結婚式に呼ぶ義理はありませんが、トーマスさんに手を引かれてバージンロードを歩くというのは賢明な判断でした。最近の英王室は「包摂」の論理で動いています。

メーガンさんの母親ドリア・ラグランドさん(61)はアフリカ系で、メーガンさんは意地悪な英メディアに「奴隷の子孫」とまで書かれました。

メーガンさんは婚約発表のあと、ヘンリー王子と一緒に移民背景を持つ住民が多いノッティンガムやブリクストン、そしてカーディフ(ウェールズ)、エジンバラ(スコットランド)、ベルファスト(北アイルランド)とイギリス中を公務で訪問し、熱狂的な支持を受けています。

もうメーガンさんは立派な英王室の一員です。両親のドリアさんとトーマスさんは結婚式の前、エリザベス女王とフィリップ殿下、チャールズ皇太子とカミラ夫人、ウィリアム王子とキャサリン妃と一緒に過ごす時間を持つそうです。

時代に合わせて変わる英王室

英王室が「排除の論理」を「包摂の論理」に変えたのはダイアナ元皇太子妃の悲劇的な死が大きなきっかけになっています。

エリザベス女王の即位40周年に当たる1992年、チャールズ皇太子とダイアナ元妃がダブル不倫の末に別居。女王の次男アンドルー王子が別居を発表し、長女のアン王女も離婚しました。ウィンザー城も大火災に見舞われ、エリザベス女王はラテン語の「アナス・ホリビリス(ひどい年)」という言葉で1年を振り返りました。

97年8月、ダイアナ元妃がパリで交通事故死した際「どうして英王室はバッキンガム宮殿に半旗を掲げないのか」と轟々たる非難を浴びました。国家の威信を守ろうとするエリザベス女王の頑なな姿勢は国民の気持ちから乖離していました。

エリザベス女王は王室も時代や国民の変化とともに変わるべきだということに目覚め、国民の前に現れて元妃の死を悼みました。この辺りの経緯は、ヘレン・ミレン主演の英映画『クィーン』(2006年)をご覧になった方はよくご存知かと思います。

非情な定めを撤廃

イギリス国教会は02年、それまでは認めていなかった前の配偶者が生きている離婚者との再婚を許しました。これで前の配偶者が生きている離婚者もイギリス国教会の教会で結婚式を挙げられるようになったのです。

ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚後、キャメロン政権の助言で13年に王位継承法を改正。男子優先を廃し、長子が王位を継承できるようになりました。ローマ・カトリック教徒と結婚した者は王位継承権を失うという非情な定めも撤廃されました。

イギリスの伝統と文化の象徴であるロイヤルファミリーも、エドワード8世が2度の離婚歴を持つアメリカ人女性ウォリス・シンプソン夫人と結婚するため退位した「王冠を賭けた恋」や、チャールズ皇太子とダイアナ元妃のダブル不倫スキャンダルを経て大きく変わりました。

そして英王室がダイアナ元妃の遺志を継いで慈善活動に力を注いで来たことも人気回復を後押ししました。伝統を守るためには時代に合わせて柔軟に変わるというのが英王室安泰の秘訣です。しかし秘密は他にもあるようです。

究極のメディア対策

王室廃止を訴えている市民団体リパブリックによると、バッキンガム宮殿とチャールズ皇太子公邸のクラレンスハウスで20人以上の報道・PR担当のスタッフ(いずれもフルタイム)がいるそうです。費用は数百万ポンド(数億円)と言われています。

象徴的な人物は04年から13年までチャールズ皇太子のコミュニケーション・セクレタリーを務めたパディー・ハーバーソン氏です。

ジャーナリスト出身のハーバーソン氏はサッカーのイングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドの広報部長を務め、アレックス・ファーガソン監督、デビッド・ベッカム選手(いずれも当時)らを助けました。ファーガソンが蹴りあげたシューズがベッカムの顔に当たった時の騒動もうまく収めました。

ハーバーソン氏は問題があると、直接、新聞社に自分の署名で抗議の手紙を送りました。王室を直撃した英日曜大衆紙ニュース・オブ・ザ・ワールド(廃刊)の盗聴事件でも手腕を見せました。ヘンリー王子がボルト選手と並んでポーズを取ったりしたのもハーバーソン氏の振り付けがあったと言われています。

英王室の支持率は1980年代から低迷を続け、ダイアナ元妃のダブル不倫、別居、離婚、悲劇の交通事故死で致命的な打撃を受けます。2002年の世論調査で最悪の43%を記録。ハーバーソン氏がマンU広報部長からチャールズ皇太子のコミュニケーション・セクレタリーを務めるようになってから支持率はV字回復し、現在、王室の支持率は安定的に70%を超えています。

それまでは王室を支えるスタッフは王族周辺の関係者などで固められていました。スタッフを外部からスカウトした結果、メディアとの関係も良好となり、ダイアナ元妃時代のような制御不能な過剰取材は止まりました。

国民の支持なしには生き残れないという英王室の地道な取り組みが今、大きな花を咲かせています。日本には日本のやり方があると言うものの「眞子さまのご結婚延期」で揺れる日本の皇室や宮内庁が英王室から学ぶことは多そうです。

(おわり)