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民主主義が解体する 中国の国家資本主義に日本のモリカケ政治やセクハラ官僚ではとても勝てない

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国・上海の金融街(昨年8月、筆者撮影)

日本官僚を嘲笑う中国官僚?

[ロンドン発]官僚主導から政治主導に転換した日本ではモリカケ問題で政官一体となった欺瞞と情実が浮き彫りになり、官僚トップによる女性記者へのセクハラまで飛び出しました。かつては世界から称賛された日本官僚の信用は完全に地に落ちました。

習近平国家主席をトップとする中国共産党官僚は日本を嘲笑っているのではないでしょうか。しかし民主主義国家があえいでいるのは何も日本に限ったことではありません。

人種差別的な発言を繰り返したドナルド・トランプ大統領が誕生したアメリカや、欧州連合(EU)からの離脱を選択したイギリスでも民主主義は大きな転換点を迎えています。ハンガリーでは自由主義をあからさまに否定する政権が継続し、ポーランドでも法の支配や人権が後退しています。

ロシアを含めてこうした権威主義的な国家では自由なメディアが規制され、民主主義の機能が低下しています。一方、自由主義国家ではソーシャルメディアを通じて不確かで偏った情報が拡散し、民主主義の基盤を激しく揺さぶっています。

『カオスの縁』

自由と民主主義は21世紀を生き残ることはできるのでしょうか。東アフリカ・ザンビア出身の国際エコノミスト、ダムビサ・モヨさん(49)は新著『カオスの縁 どうして民主主義は経済成長をもたらすことに失敗しているのか いかに民主主義を修復させるのか』を出版しました。

モヨさんが英シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティ」の主催でテムズ川沿いにある議員会館で講演したので聞きに出掛けました。議員会館の通路でプッシーボウ(リボン結び)をあしらった茶色のボディコン(オールインワン)ドレスに身を包んだワンレンのモヨさんを見た時、正直「なんて場違いな人かな」と思いました。

司会が、女性記者の膝をさわったセクハラで辞任した保守党のマイケル・ファロン前国防相だったので、何だか変な感じがしました。モヨさんが講演中、ファロン氏の体に何度か触ったのもドキドキものでしたが、モヨさんの講演内容はもっと衝撃的でした。モヨさんは、自由民主主義の未来について極めて悲観的です。

彼女はザンビアの首都ルサカで生まれ、ザンビア大学で化学を学びました。米ハーバード大学ケネディスクールで公共経営修士、英オックスフォード大学で経済学の博士号を取得。世界銀行や米投資銀行ゴールドマン・サックスでキャリアを積んだ国際エコノミストです。

驚愕の米中比較

講演の中でアメリカと中国について比較したのが興味を引きました。

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国際通貨基金(IMF)データで見た場合、2018年の国内総生産(GDP)予想は市場資本主義のアメリカが20兆2000億ドル、国家資本主義の中国が13兆1187億ドル。それぞれの通貨の国内購買力を比べた購買力平価で換算(国際ドル)すると中国は25兆1029億国際ドルとなり、すでに米国のGDPを5兆国際ドル近くも上回っているのです。

自由民主主義と市場資本主義を組み合わせたモデルが世界を主導した時代は明らかに終わりを告げようとしているのです。

世界銀行のジニ係数でみると中国は2012年時点で42.2。アメリカは16年時点で41.5とそれほど差がなくなっていることが分かります。ジニ係数とは社会格差をはかる指標の一つで、大きくなればなるほど格差が大きくなります。社会を不安定にする恐れが出てくる警戒ラインは40で、中国もアメリカもそれを上回っています。

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世界銀行のデータをもとに作成したグラフからはジニ係数で見た米中逆転はそれほど遠くありません。アメリカンドリームを実現してきた自由民主主義と市場資本主義モデルは危機に瀕しているのです。

アメリカの民主主義を蝕む金権政治

さらにモヨさんは警告します。アメリカ大統領選で使われた選挙資金は1976年には6690万ドルに過ぎませんでしたが、バラク・オバマ大統領が誕生した2008年には16億7259万ドルに達しました。

大統領選にカネがかかるようになってロビー活動の影響力が大きくなり、大企業や富裕層の利益を最大化させることを優先する金権政治の毒がアメリカの民主主義を蝕みました。所得や富が労働者に分配されるのではなく、大企業や富裕層に集中するようにシステムが作り変えられてしまったのです。

2050年までにアメリカではこれまでマイノリティーだった非白人層がマジョリティーになると予測されています。すべての非白人層が十分な教育、高等教育を受けることができれば良いのですが、所得や富の格差が拡大していく社会では教育格差も広がっていきます。

十分な教育を受けていない人たちが有権者の大半を占めるようになった時、一体、何が起きるのでしょう。

オックスフォード大学の研究ではロボットや人工知能(AI)の普及により今後20年間でアメリカの仕事の47%が失われる恐れがあるそうです。ロボットやAIに取って代わられるのは低所得者層の単純労働です。

そうなるとジニ係数は社会的動乱がいつ発生してもおかしくない危険ラインの60を超える恐れがあります。

有権者に資格試験を

モヨさんは自由民主主義と市場資本主義モデルが中国の国家資本主義に勝利するためには民主主義のシステムを大胆に改革する必要があると説きます。

今年はイギリスで女性に参政権が認められて100周年という記念すべき年ですが、モヨさんは現在の参政権を最低限の資格試験によって制限しようと主張しています。

民主主義では善政を怠った政治家は選挙によって淘汰されるはずなのに、有権者が十分な知識を持たずに1票を投じるため、間違った政治家が選ばれているというわけです。

参政権は無条件に与えられる権利ではなく、獲得するものだという意識を有権者に植え付けることで、有権者の意識や政治参加が高まるとモヨさんは説明します。

さらに政治家に、ビジネスや農業、教育、医療などの分野で一定期間の社会経験を求めることで職業政治家モデルを撤廃しようと説いています。

政治にシンガポールが実施しているような成果主義を導入しようとも提唱します。シンガポールではGDPの成長率やボトム20%を含む所得の上昇、失業率などキーターゲットを政府が達成した場合、閣僚にボーナスが支給されるそうです。

熊さん、八っつぁんにも民主主義に参加する権利はある

モヨさんの指摘は傾聴に値しますが、筆者は参政権に制限を加えることには反対です。女性記者へのセクハラで辞任した財務省の福田淳一前事務次官を見れば分かるように頭の良さと人間の出来が必ずしも一致するとは限らないからです。

熊さん、八っつぁんにも民主主義に参加する権利は与えられるべきです。

民主主義が正しく機能していれば所得や富の分配が正しく行われるはずです。アメリカでも、イギリスでも本来ならば「分配」に力を注ぐべき民主党や労働党がネオリベラリズム(新自由主義)のお先棒を担ぐという馬鹿げた政治が行われてきました。

右派が「成長」、左派が「分配」を主張する中で政権交代が起き、「成長」と「分配」が上手く回転するサイクルを取り戻すためにはどうしたら良いのか。

モリカケとセクハラで大揺れの日本の政治家や官僚は「民のかまど」から煙がのぼっているかどうか真剣に考えているのでしょうか。「民のかまど」が賑わっていなければ、生産性の向上も、出生率の回復も到底見込めません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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