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シリア攻撃 化学兵器は許すまじ「世界の警察官」トランプ支える英仏 プーチンかばう安倍首相に赤信号

木村正人在英国際ジャーナリスト
14日未明、ダマスカス上空で確認された対空砲火(写真:ロイター/アフロ)

「怪物による犯罪に精密攻撃を加えた」

[ロンドン発]アメリカのドナルド・トランプ米大統領は14日午前3時前(日本時間同11時前)「シリア政府の化学兵器に関連するターゲットへの精密攻撃を命令した」と発表しました。シリアの首都ダマスカス近くで爆発音が確認されました。

イギリス、フランス両政府も、ダマスカス近郊にある東グータ地区ドゥーマの反政府勢力支配地域に対して7日に加えられた化学兵器攻撃への制裁としてシリア政府施設にミサイル攻撃を加えたと発表しました。

昨年4月にもトランプ大統領は、化学兵器を使用したシリアのアサド政権に対して58発のミサイルを発射、シリア空軍施設の20%を破壊しました。「世界の警察官」を辞めると宣言したバラク・オバマ前大統領と対照的にトランプ大統領は「世界の警察官」としてのアメリカ復活宣言を行いました。

トランプ大統領は声明の中で第一次大戦の反省から化学兵器の使用が禁止されたことを指摘した上で、こう表明しました。

「邪悪で卑しむべき攻撃は母親や父親、幼児、子供たちを苦痛でむち打ち、喘がせている。これは人間のすることではない。怪物による犯罪だ」「我々の行動は化学兵器の製造、拡散、使用に対する強力な抑止力を確立するものだ」

限定的な軍事介入ためらわぬトランプ政権

トランプ大統領は、アサド政権が化学兵器の使用を止めるまで米英仏は軍事力と経済力、外交力を合わせて徹底的に介入する考えを示しました。アサド政権に兵器や資金を提供しているイランとロシアを名指しして「ならず者国家や野蛮な暴君、残忍な独裁者を助長する国家は長期的には成功しない」と断罪しました。

トランプ大統領は次の2点を明確にしています。

(1)ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2013年にシリアの化学兵器廃絶を国際社会に対して約束したのだから、それを履行せよ

(2)アメリカは過激派組織IS(イスラム国)を一掃しているだけで、シリアで無制限のプレゼンスを求めているわけではない(イギリスのテリーザ・メイ首相も「これは内戦への介入でも体制の変革でもない」と言及)

例によってトランプ米大統領は11日「ロシアは準備しろ。ミサイルがやってくるぞ。素晴らしくて新しくて『スマート』なやつが。人々を殺して喜ぶ毒ガス・アニマルのパートナーにロシアはなるべきではない」とツイートして世界中を驚愕させました。

トランプ大統領のツイートはいつものように常軌を逸していても、トランプ政権の外交・安全保障政策は共和党の伝統を受け継いで強硬で限定的な介入主義に徹しています。「悪魔の化身」と呼ばれるジョン・ボルトン氏が国家安全保障担当大統領補佐官に就任しても今のところ大きな変わりはないようです。

北大西洋条約機構(NATO)もカナダも米英仏の軍事行動を支持しました。

ロシア反論「イギリス政府が加担したでっち上げ」

7日の化学兵器攻撃で、反政府勢力が支配するドゥーマでは42人以上が死亡しました。ロシア政府は「イギリスが手伝ったでっち上げだ」と反論し、米英仏による軍事行動に対しても「こんな行動は報復をもたらす」と警告しました。

しかし、負傷者を救助している民間ボランティア組織「ホワイトヘルメッツ」は「医療センターや我々を狙った組織的な攻撃だ。女性や子供を中心に500人以上が治療を受けた。化学物質を使用した兆候がはっきりしている。子供4人が人工呼吸器をつけている。塩素ガスのような匂いがしている」との見方を示しています。

トランプ大統領は昨年4月、化学兵器が子供たちに与える破壊的なインパクトを目の当たりにしてアサド政権の化学兵器関連施設への限定的な軍事介入を決意しました。トランプ大統領の動機や言っていることがすべてオバマ前大統領の真逆を行くことであったとしても、行動が結果的に正しければそれに越したことはありません。

見えた安倍外交の限界

英南西部ソールズベリーで、元二重スパイのロシア人男性セルゲイ・スクリパリ氏(66)と娘のユリアさん(33)が神経剤ノビチョクによって攻撃された事件で、メイ英政権は「ロシア政府が関与しているか、ロシアから持ち出されたノビチョクが使用されたのは間違いない」としてロシア外交官23人を追放。これまでにアメリカ60人を含む26カ国とNATOがロシアの外交官150人を追放しています。

1997年に発効した多国間条約の化学兵器禁止条約(締約国数192カ国)では、化学兵器の開発、生産、貯蔵、使用の禁止と廃棄がうたわれています。未締結なのはイスラエル(署名国)、北朝鮮、エジプト、南スーダンだけで、締結国のロシアは条約を守る義務があります。

化学兵器禁止機関(OPCW)も12日、神経剤はロシアが開発したというイギリス政府の調査結果を確認しました。これを受けて河野太郎外相は13日報道陣にこう話しています。

「化学兵器が使われたことなのだろうと思います。化学兵器が使用された場合には、使用した者が厳重に処罰されねばならないと考えております。誰がその物質を使ったかというところまでは至っておりませんので、早急な事実関係の解明を望みたいと思います」

西側諸国は、最後の最後までプーチン大統領をかばうような日本の対応を絶対に忘れないでしょう。お粗末と言うか、呆れ果てると言うか、安倍晋三首相も国家安全保障局も外務省も「プーチン張り」はもう見直した方が良いと思います。

「世界の警察官」辞めたオバマ

オバマ時代の2013年8月にもダマスカス近郊12カ所でサリンなどを混合した化学兵器が使用され、1429人以上の犠牲者が出たことがあります。うち426人が子供でした。

オバマ大統領はシリアのバッシャール・アサド大統領に対し、化学兵器使用をレッドライン(越えてはならない一線)と明言していました。誰もがアメリカは攻撃に踏み切ると見ていました。

しかしアメリカの盟友であるイギリスの下院が7時間の審議の末、シリアへの軍事介入を否決。オバマも土壇場で前代未聞のUターンをし、「米国は世界の警察官ではない」と宣言しました。

この時、プーチン大統領が提案したシリアの化学兵器を国際管理するという計画に飛びつき、シリアに化学兵器を廃棄させる枠組みで合意しました。

オバマ大統領の弱腰を見て取ったプーチン大統領はウクライナのクリミア併合を強行、ウクライナ東部の親ロシア派武装勢力を支援して紛争を泥沼化させた上、アサド政権を支えるためシリアに軍事介入しました。中東における軍事作戦は旧ソ連時代を通じて初めてでした。

アサド政権の化学兵器使用に対してオバマ大統領が手をこまねいたことが世界の平和と安全を大きく損なったという面は否定できません。トランプ政権内には共和党伝統の強健な外交・安全保障政策と孤立主義的な傾向の対立がありましたが、強健な外交・安全保障政策に方向性が定まりました。

核・ミサイル開発を進める北朝鮮の金正恩や、核合意の裏側でシリアに介入してきたイランは、限定的な軍事介入をためらわぬトランプ政権と米英仏の結束にたじろいでいるのではないでしょうか。日本国内でモリカケ・スキャンダルに追い詰められている安倍首相の限界がはっきりと見えてきました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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