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北朝鮮の「食い逃げ外交」を許すな 金正恩・習近平会談 トランプも「対話のワナ」にはまるのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮・金正恩氏が訪中(写真:ロイター/アフロ)

「朝鮮半島の非核化」

[ロンドン発]NHKが中国国営新華社通信電として伝えたところによると、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が北京を訪問、中国の習近平国家主席と初の首脳会談を行いました。2012年に金正恩が北朝鮮の最高指導者になってから首脳会談や外遊を行うのは初めてだそうです。

習主席は朝鮮半島情勢に前向きな変化が出ているとして「北朝鮮の努力を称賛する」と評価し、「朝鮮半島の非核化を実現するという目標を堅持し、朝鮮半島の平和と安定を守り、対話を通じて問題を解決する」という従来からの中国の方針を繰り返しました。

金正恩は「祖父の金日成主席と父の金正日総書記の遺訓に従い、朝鮮半島の非核化の実現に尽くすのは北朝鮮の変わらぬ立場だ」と述べたそうです。習主席や金正恩の言う「朝鮮半島の非核化」が何を指しているのか分かりません。金日成と金正日の遺訓は「核保有」であり、現在、朝鮮半島で核兵器を保有しているのは北朝鮮だけだからです。

一方、北朝鮮の朝鮮中央通信は朝鮮半島の非核化については一切触れていません。

「血盟」関係の面子

核・ミサイル実験を強行し、アメリカへの無用な挑発を繰り返してきた金正恩に対する習主席の不快感はこれまで何度も報じられてきました。どうして習主席が金正恩の訪中を受け入れたかというと理由は簡単です。

「血盟」関係と言われた中朝の首脳会談より先に南北首脳会談や米朝首脳会談が行われると習主席の面子が丸潰れだからです。

3月末、中朝首脳会談

4月末、南北首脳会談

5月までに米朝首脳会談

北朝鮮、中国、アメリカの利益を考えてみましょう。

【北朝鮮】

アメリカ本土を攻撃できる核・ミサイル能力を今年中に獲得。米朝不可侵条約など金正恩体制の保証。経済制裁の解除。対中貿易の回復。習主席との関係修復。食糧支援の取り付け

【中国】

朝鮮半島での戦争防止。北朝鮮体制の崩壊による難民の大量発生など混乱防止。韓国による朝鮮半島の統一阻止。緩衝地帯としての北朝鮮の存続

【アメリカ】

北朝鮮による完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄。同盟国の韓国や日本の安全を保障。中国も対象にした「第2次制裁」により対中圧力を強め、北朝鮮の核廃棄に向け中国を動かす

3回も繰り返された「食い逃げ」外交

北朝鮮が完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄に応じたのは1994年の米朝枠組み合意と2005年の6カ国協議による核放棄合意の少なくとも2回あります。12年にはウラン濃縮活動、核実験、長距離ミサイル発射の一時停止を約束しますが、北朝鮮は3回とも約束を破り、まんまと支援の「食い逃げ」に成功しています。

金正恩がすでに獲得した核・ミサイル能力を放棄するとは筆者には思えません。今回も中国に6カ国協議の開催を働きかけて合意までの時間を稼ぎ、アメリカを攻撃できる核・ミサイル能力をより確実にした上で核抑止力保有の既成事実化を図るつもりではないのでしょうか。

北朝鮮による核抑止力保有は、アジアからアメリカの軍事的プレゼンスを排除したい中国の安全保障に大きく貢献します。

今回は同盟国の韓国や日本ではなく、アメリカ本土の安全保障が問題になっているため、ドナルド・トランプ米大統領は、北朝鮮がアメリカ本土を攻撃できる核・ミサイル能力を保有することを絶対に許さないでしょう。この問題は北朝鮮を挟んだアメリカと中国という2つの大国による力相撲になっています。

北朝鮮の対中依存度

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北朝鮮貿易の対中依存度は、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する経済制裁が強化されるにつれ、急激に増しています。

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上のグラフを見ると、中国が国連安全保障理事会の決議に基づき北朝鮮との貿易を制限し始めたのは間違いないようです。

「朝鮮半島の非核化」を唱える中国の狙いはいったい何でしょう。アメリカの原子力潜水艦から発射される核ミサイルや長距離爆撃機が運搬する核爆弾も含むのか、それとも在韓米軍の撤退を意味しているのか、想像がつきません。

「ブラディ・ノーズ作戦は後退」

フォード政権とブッシュ(父)政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたブレント・スコウクロフト氏が創業した経営コンサルタント「スコウクロフト・グループ」のフランクリン・ミラー社長が28日、ロンドンに拠点を置く有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で、アメリカの「核態勢の見直し(NPR)」について講演しました。

ミラー氏はジョージ・W・ブッシュ(息子)大統領のもとで国防と軍備管理を担当した国防政策の専門家です。ミラー氏の解説では、アメリカはロシア、中国、北朝鮮の軍備増強に対して自国や同盟国の安全を保障するため、威力を抑えた「使える核兵器」の配備を含めて「拡大抑止」を強化する必要があると考えているようです。

「トランプ政権は北朝鮮を核保有国として認める可能性はあるか」「ブラディ・ノーズ(北朝鮮の核・ミサイル関連施設をピンポイントで先制攻撃する)作戦は選択肢として残っているか」という筆者の質問に対してこう答えました。

「スコウクロフト・グループ」のフランクリン・ミラー氏(筆者撮影)
「スコウクロフト・グループ」のフランクリン・ミラー氏(筆者撮影)

「ブラディ・ノーズ作戦という選択肢は急速に上級の政策立案者によって退けられている。この作戦には公に疑問が唱えられている。米朝交渉がどうなるかについては分からない。北朝鮮がアメリカのグアム基地や同盟国である韓国や日本を核攻撃の脅威にさらしているのは好ましくない」

52カ国が国連制裁決議に違反

ミラー氏は米朝首脳会談を控え、「いかなる推測もしない」と何度も強調しました。冷戦後の国際協調の時代が終わり、世界は再び、西側の自由主義陣営と、中国、ロシア、北朝鮮が対立する時代に突入しました。しかし核問題に詳しい米シンクタンク、科学国際安全保障研究所(ISIS)によると、昨年1~9月に国連安保理の対北朝鮮制裁に違反した国は52カ国にものぼるそうです。

北朝鮮の生殺与奪の権利は中国が握っているとは言え、国際協調時代の「ぬるま湯」意識から抜け出せない国がまだまだ多いのが現実です。軍事力の緊張が平和と安全をもたらした冷戦時代のように、最悪のシナリオに備えることが平和を守る最善の手段になりそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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