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「教師よ銃をとれ」のトランプか、それとも銃規制? 学校の銃乱射事件を止めるのはどちら

木村正人在英国際ジャーナリスト
フロリダの高校銃乱射事件で使われたM16自動小銃(写真:ロイター/アフロ)

「私は怒り狂っている」

[ロンドン発]アメリカ・フロリダ州パークランドのマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で生徒や教師ら17人が殺害され、19歳の卒業生が逮捕された銃乱射事件で、無策を批判されていたドナルド・トランプ大統領は21日、銃乱射事件の生存者や遺族約40人をホワイトハウスに招いて意見を聴きました。この様子はTVでライブ中継されました。

今回の事件で18歳の愛娘を失った父親のアンドリュー・ポラックさんは「娘は3階で9回も撃たれた。祖国アメリカは私たちの子供を守れなかった。事件は未然に防ぐべきだった」「私は怒り狂っている。学校での銃乱射事件が止まらないからだ」と言葉を叩きつけました。

生き残った生徒の1人は「このタイプの武器(M16自動小銃)をどうして簡単に買えるのか」「(容疑者を除いて13人が亡くなった)コロンバイン高校銃乱射事件や(27人が犠牲になった)サンディフック小学校銃乱射事件のあとも、どうして学校での銃乱射事件が続くのか」と涙ながらに訴えました。

これに対して、トランプ大統領は「どれだけ多くの学校が、どれだけ多くの子供たちが銃撃されなければならないのか。この政権と私が悲劇に終止符を打つ。対策がとられるまで私は眠らない」と応じました。そして、こう発言しました。

「学校銃乱射を防ぐために、教師よ銃をとれ」

「もし(サッカーのアシスタントコーチで警備員だった)男性が銃を持っていたら、逃げる必要はなかった。撃って、止めることができた」

「教師が銃を隠し持つ。特別な訓練を受け、銃を持って学校にいれば、もはや学校は銃器所有が禁止された場所ではなくなる。心の病を抱えた臆病者にとって、銃のない学校は反撃されることがない格好の攻撃ターゲットだ」

トランプ大統領がこれまでに示した対策案は次の通りです。

(1)銃器購入者のバックグラウンド(身元)審査を強化

(2)メンタルヘルスの病院を増設

(3)半自動小銃を全自動小銃と同じように連射できるようにする改良部品の禁止

(4)被害の拡大を防止するため、学校内の教師や職員の20%に防御用の武器を携帯させる

(5)学校区域での銃器所有を禁止する「1990年学校区域での銃禁止法」の撤回を検討

マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校の生徒たちは半自動小銃や大量の銃弾を収納できるマガジン(弾倉)の規制を求めましたが、フロリダ州議会はこれを否決しました。銃規制を求める運動は一気に全国的な広がりを見せ、ホワイトハウス周辺でも100人以上の若者が寝っ転がって抗議活動を行いました。

「人民が武器を携帯する権利は不可侵」

アメリカで罪のない若者や子供たちが凶弾に倒れた悲劇が続いているにもかかわらず、政治家が銃規制を強化できないのはなぜでしょう。

アメリカの銃を保有する権利は「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」というアメリカ合衆国憲法修正第2条を根拠にしています。

西部開拓時代から受け継がれる「アメリカの銃文化」も狩猟人口の減少や犯罪率の低下で、銃保有世帯は1990年の46%から2010年には32%まで下がりました。しかし先進7カ国(G7)の中で比較すると依然として突出しています。

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銃による殺人も殺人全体の7割近くを占め、イタリアの4割、フランスの3.5割、カナダの3割を大きく引き離しています。人口10万人当たりの銃を使った殺人事件の発生率も3.43件で日本の0.01件やイギリスの0.04件とは比べものにならないほど高くなっています。

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銃暴力追放団体のサイト「エブリタウン・フォー・ガン・セーフティ」によると、1日に平均96人のアメリカ人が銃によって死んでいます。2013年から290の学校で銃撃事件が起きています。平均して1週間に1校のペースです。銃関係の事件数も銃乱射事件も2016年まで右肩上がりで増えてきました。

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銃規制の効果

アメリカでは1960年代にジョン・F・ケネディ大統領、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が暗殺されたことがきっかけとなり、68年に銃規制法が施行されました。しかし、その後、全米ライフル協会(NRA、会員数500万人)がロビー活動を強化して銃規制法を緩和するなど、銃規制強化にことごとく反対してきました。

NRAのウェイン・ラピアCEO(最高経営責任者)は、「教師よ銃をとれ」というトランプ大統領の政策に賛同し、「銃規制を唱える民主党は欧州スタイルの社会主義を支持している」「憲法修正第2条と銃を持つ自由をアメリカから葬り去ろうとしている」と声高に主張しました。

一方、イギリスやオーストラリアでは銃乱射事件をきっかけに銃規制が強化され、銃を使った殺人事件の発生率はアメリカに比べて激減しました。

イギリスでは1987年と1996年の銃乱射事件の後、拳銃(ハンドガン)の所有が全面的に禁止されました。96年3月、スコットランド地方の小学校に43歳の男が押し入り、違法拳銃4丁を乱射し、子供16人と教師を殺害した事件では、スコットランドに咲く「マツユキソウ」の名前を取った署名運動が起き、70万5,000人が銃規制の強化を求めました。

事件には、ウィンブルドン選手権を2度制したスコットランド出身のプロテニス選手アンディ・マリー(当時8歳)も居合わせました。英BBC放送のドキュメンタリーで事件を回想した時、マリーは苦しくて悲しい感情を抑えきれず、涙を浮かべました。

オーストラリアでも35人が殺害された96年の銃乱射事件後、わずか12日で銃規制が強化されました。81~96年には5人以上が犠牲になる銃乱射事件が十数件起きていましたが、規制が強化されてからはなくなりました。

銃規制と殺人件数の相関関係はゼロ

しかし人口10万人当たりの殺人の発生率が4.96件のアメリカと、イギリス(同1.03件)や日本(0.4件)を横に並べて比較するわけにはいきません。米紙ワシントン・ポストの記者が2015年10月に、州ごとの銃規制の程度(下のグラフの縦軸)と、人口10万人当たりの殺人と誤射死の発生率(横軸)の相関関係を調べて記事にしています。

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銃規制の基準が高くても低くても殺人・誤射死の発生率は変わらないという結果が出ました。銃が減れば銃を使った殺人事件は減りますが、逆に刃物を使った殺人事件が増えたり、無防備な学校での銃乱射事件と同じように銃を持つ攻撃者の立場を絶対的に強くしたりする恐れがあるのかもしれません。

前出の「エブリタウン・フォー・ガン・セーフティ」が、2009~16年に起きた銃乱射事件を調べたところ、少なくとも42%のケースで容疑者が乱射前に危険なシグナルを発していたことが分かっています。

小学校や中学校で銃を乱射した未成年の半数以上が自宅で銃を手に入れていました。銃弾が装填されたままになっていたり、カギをかけずに保管していたりしていたためです。銃乱射事件の6分の1近くが衝突や激しい言い争いの後に起きていました。

2014年5月、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で6人が射殺された事件では容疑者は事前に殺人や自殺の脅しを含めて何回も警告シグナルを発しており、両親は警察に知らせていました。今回の事件でも容疑者は銃の保有者として当局に把握され、母親が何度も息子の様子がおかしいと警察に通報していたと報じられています。

しかしそれだけでは警察は動きようがなかったのが現実です。こうした場合に最長で1年間、銃を取り上げることができる「レッド・フラッグ法」がカリフォルニア、コネチカット、インディアナ、オレゴン、ワシントンの5州で施行され、そのほか18の州とワシントンD.C.で成立しています。

銃に関する死の3分の2が自殺

銃に関する死の3分の2近くが自殺です。コネチカット州では昨年、レッド・フラッグ法によって72件以上の自殺を止めることができたそうです。

トランプ大統領が主張するように教師が学校で銃を携帯するようになったら、もはや教育の土台となる教師と生徒の信頼関係は成り立たなくなるでしょう。大量殺戮を防ぐための自動小銃規制はもちろん重要な検討課題ですが、自殺予防や心の健康を含めた包括的な対策が求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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