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安倍1強と憲法改正の道筋つくる黒田・日銀 日本は成長を取り戻せるか

木村正人在英国際ジャーナリスト
続投が確実になった日銀の黒田東彦総裁(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]安倍晋三首相は4月8日に任期満了となる日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁(73)を続投させる方針だそうです。日銀の大胆な緩和策による円安・株高が「安倍1強」と呼ばれる政治の安定を生み出しているので、憲法改正を目指す安倍首相が黒田総裁を交代させるわけがありません。

異次元緩和で日銀の国債保有残高4倍に

黒田総裁は2013年4月、2年程度で2%の物価目標を実現するために日銀のマネタリーベース(資金供給量)を2倍にすると表明しました。デフレ脱却が狙いで、黒田総裁の大胆な「量的・質的金融緩和」は「異次元緩和」「黒田バズーカ」と呼ばれました。この金融政策のおかげで日銀のバランスシートと国債保有残高は一気に膨れ上がりました。

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12年末の国債保有残高は約114兆円だったのに対し、昨年末には約441兆円と約4倍になっています。それで2%のインフレ目標が達成されたかというと、国際通貨基金(IMF)データによると、12年末に-0.23%だったインフレ率は14年に一時2.5%になったものの昨年は0.1%を下回りそうです。

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キリギリス国家vsアリ国家

インフレ基調のイギリス(典型的なキリギリス国家)で暮らしているとよく分かるのですが、働くこととモノづくりが大好きな日本(典型的な働きアリ国家)はどうしても供給過剰になり、賃金と価格を押し下げてしまいます。需要が増えないのに働きすぎ、作りすぎるとデフレになります。

国際都市ロンドンは住宅不足で住宅費が高騰しやすく、消費財は輸入に頼っているので、すぐ物価が上昇します。だから貯蓄するより、借金をしてでも消費や投資に回す人が多いのです。できるだけ働かずに金を儲けることを考えるイギリスは常に供給不足に陥っています。

日本は金融バブルが崩壊したあと、企業が「3つの過剰(設備、雇用、借入)」を解消しました。韓国や中国に追い上げられ、価格競争力を維持するため、非正規雇用を増やして賃金を抑えました。これではデフレにならない方が不思議です。

バブル崩壊に懲りて消費や投資を手控えため、経常黒字が増えて円高が進み、デフレ脱却が難しくなるという悪循環。しかもデフレマインドが染み付いて、値上げはあり得ないという空気に支配されてしまいました。

しかし、黒田バズーカによって1ドル=80円を下回る円高が一時は120円を上回る円安に転換しました。黒田総裁の続投で円安基調を維持しないことには、デフレ不況に逆戻りしてしまいます。

Yahoo!Japanファイナンスより
Yahoo!Japanファイナンスより

金融危機の後はデフレに陥る危険性が大きくなり、インフレ抑制のための「中央銀行の独立」より、政府と中央銀行の政策協調が重要になってきます。その意味では安倍首相と黒田総裁の二人三脚は政治と日本経済に安定をもたらしています。

支出は横バイ

団塊の世代が退職し、労働市場が売り手市場に転じたことも大きな追い風になっています。経済協力開発機構(OECD)のデータでは日本の調整失業率は2.8%で、完全雇用を達成しています。労働力は不足し、ネット販売の拡大で賃下げ業種だったヤマト運輸や西濃運輸が運賃を上げ、トラック運転手の給与が上がり始めました。

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今こそ企業はアクセルを踏んで、円安で膨らんだ社内留保を国内の賃上げや投資にあてるべきなのです。国内の設備投資は世界金融危機前のレベルにはまだ戻っていません。非正規雇用で賃金を抑えることができても、労働者が定着しないことには経験と知識を企業内に集積することはできません。

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IMFデータによると、1人当たりの実質国内総生産(GDP)の購買力平価換算で、日本はアメリカやドイツに比べるとかなり見劣りするものの、順調に回復しており、増える見通しです。

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しかし1人当たりの支出で見ると、2000年以降、横バイが続いています。日銀の緩和策を主軸にする安倍首相の経済政策アベノミクスで国民の暮らし向きが好転したわけではないのです。

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雇用が増えても女性やお年寄りの非正規雇用が多く、平均賃金は下がっています。老後の不安が膨らみ、消費より貯蓄を優先する人が多いようです。

株価と政府債務残高の相関関係

アベノミクスのおかげで8,000円台を低迷していた日経株価平均は一時2万3,000円を突破。仮想通貨ビットコインは取引の4割を日本円建てが占めるほどの熱狂ぶりです。真面目にこつこつ働くより株やビットコインで一儲けしようと考える人が明らかに増えました。

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アベノミクスで政府債務残高もどんどん膨らみ、GDPの230%を突破しました。団塊の世代が後期高齢者になると医療や介護の支出が急拡大します。近い将来、今のレベルの公共サービスを維持するのは難しくなります。

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黒田総裁が国債を買おうと思っても市場で買える国債が底をつきはじめ、政策を転換せざるを得なくなりました。

2016 年1月、「量」と「質」に続いてマイナス金利が導入され、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」に拡張

2016年9月、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入

黒田総裁は密かに量的金融緩和を縮小する「ステルス・テーパリング」に舵を切っていると市場参加者は見ています。金融政策は「打ち出の小槌」ではなく、政治家の財政規律を緩めてしまうので、当然の対応です。

AI・ロボット化の荒波

人工知能(AI)やロボット化が進むと、今後20年間にアメリカで47%の仕事がなくなると英オックスフォード大学が予測して衝撃を広げました。AI・ロボット化で労働市場も激変します。

高齢者に対する医療・年金・介護の支出を抑制し、高等教育や能力向上のための職業訓練、子育て支援策を充実させなければ、AI・ロボット化の荒波を生き残れません。国のかたちを決める憲法改正が大切なのはもちろんですが、黒田総裁を続投させる安倍首相には未来への備えと覚悟がそれ以上に求められているのです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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