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イギリスはEU離脱を撤回せよ 2度目の国民投票求める声強まる

木村正人在英国際ジャーナリスト
EU首脳会議に出席するメイ首相(昨年12月、筆者撮影)

ジャガー・ランドローバーが生産削減

[ロンドン発]イギリス自動車製造販売者協会(SMMT)の最高経営責任者マイク・ホーズ氏は30日の記者会見で、国内の需要が前年より9.8%減少、自動車生産台数も3%減って167万1,166台にとどまったことを明らかにしました。

2016年6月の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決定するまで、SMMTは2020年には年200万台生産を達成するという野心的な目標を掲げていました。

イギリス国内では生産台数が最大のジャガー・ランドローバーはEU離脱とディーゼル車課税で売り上げが落ち込んでいるとして今年第2四半期から生産台数を減らすと発表したばかり。

下のグラフを見れば、生産台数がどんどん落ち込んでいることが分かります。イギリスには日産、トヨタ、ホンダの3社が進出しており、同国で生産される自動車の2台に1台は「日本車」なのでEU離脱の影響は深刻です。

イギリスの自動車生産台数の推移(SMMT提供)
イギリスの自動車生産台数の推移(SMMT提供)

投資は56%激減

ホーズ氏に自動車メーカーのイギリス国内での投資額を質問してみると、惨憺たる状況でした。

2015年25億ポンド(3,850億円)

2016年16億6,000万ポンド(2,556億円)

2017年11億ポンド(1,694億円)

SMMTのマイク・ホーズ氏(筆者撮影)
SMMTのマイク・ホーズ氏(筆者撮影)

「投資が落ち込んでいるのは、イギリスがEUを離脱したあと、どんな新しい関係を結ぶのか、慎重に見守っているからだ。国内需要の落ち込みと将来の不確実さから生産台数はスローダウンしている」とホーズ氏は筆者に答えました。

イギリスとEUが離脱後の移行期間を設けることで合意できても、新たな協定が結ばれる2020年12月まで自動車メーカーは動きようがないでしょう。こんな調子で生産台数も投資も落ち込んでいくと、イギリス経済にとってプラスになるはずがありません。

移行期間は単一市場と関税同盟に残留を

イギリスの自動車メーカーにとってEUは全輸出台数の半分以上(53.9%)を占め、最大の貿易相手です。EUと自由貿易協定(FTA)を結ぶ国への輸出も含めると3分の2に達するそうです。

一方、16年にEUから自動車のエンジンや部品を108億ポンド(1兆6,632億円)も輸入しており、全体の80%を占めています。イギリスとEUのサプライチェーンは完全に一体化しています。

「移行期間中、イギリスはEUの単一市場と関税同盟にとどまり、EUが結ぶFTAの恩恵を受けられるようにしなければならない」

「EUを離脱してアメリカや中国で新しい市場を開拓するという計画を描くのは結構だが、EU関連の輸出を犠牲にすることを望んでいない」。ホーズ氏は厳しい表情を浮かべました。

EU離脱後、イギリスの経済成長は2~8%減速

BuzzFeedがスクープした今年1月付の政府内部文書「EU離脱の分析」によると、イギリスとEUの間に新たな協定が結ばれず、世界貿易機関(WTO)ルールに従う場合、イギリス経済の成長は今後15年間にわたって8%ポイントも損なわれるそうです。

FTAを結ぶことができても5%ポイントの減速。EUの単一市場にアクセスできるノルウェー型なら2%ポイントの減速で収まると予測しています。しかしテリーザ・メイ首相はノルウェー型の合意を否定しています。

EUの単一市場・関税同盟・欧州司法裁判所からの完全離脱を目論む強硬離脱(ハード・ブレグジット)派は「政府内部文書のリークはノルウェー型の軟着陸を目指す穏健離脱(ソフト・ブレグジット)派の画策だ」と猛反発しています。

加速する「メイ下ろし」

英高級紙タイムズによると、強硬離脱派の下院議員と大口ドナー(寄付者)はメイ首相が穏健離脱に傾いているとして「メイ下ろし」を加速させており、EU離脱交渉がまとまる今年秋に退陣するよう圧力をかけているそうです。

賭け屋ウィリアム・ヒルのオッズをみると、メイ首相の退陣時期は――。今年2.1倍、2019年2.6倍、2020年9倍、2021年13倍、2022年以降が9倍で、世間は今年中にメイ首相が退陣するとみているようです。

じゃあ、誰が次の保守党党首かというと――。

強硬離脱派のジェイコブ・リース・モグ下院議員(48)6倍

EU国民投票で離脱派を主導したボリス・ジョンソン外相(53)7倍

アンバー・ラッド内相(54)9倍

アンドレア・レッドサム下院院内総務(54)9倍

デービッド・デービスEU離脱相(69)9倍

解散・総選挙になれば、最大野党・労働党が勝って強硬左派のジェレミー・コービン党首が首相になる可能性(3.25倍)が強いと思います。リース・モグ下院議員が首相になる可能性は6.5倍です。

先の総選挙で鉄道や郵便、エネルギーの国有化を政権公約に掲げたコービン党首が首相になっても、敬虔なカトリックで同性婚に反対しているリース・モグ氏が首相になっても、EUとの建設的な関係を築くのを期待するのは無理というものです。

イギリス経済が上向くこともないでしょう。イギリスはEU国民投票を境に完全に分断しています。

2度目の国民投票で最終決着を

EU残留・離脱の世論調査(What UK Thinksより)
EU残留・離脱の世論調査(What UK Thinksより)

最近の世論調査(上のグラフ)では、もし国民投票が行われれば残留に投票すると答えた人が46%(緑色)、離脱と回答した人の42%(青色)を上回りました。またEU離脱前に2度目の国民投票を求める声が47%で、「必要ない」の34%を圧倒しています。

イギリスとEUは昨年12月、(1)離脱清算金についてEUは差し引き600億ユーロ(9兆2,400億円)の支払いを求めたが、ひとまず400億~450億ユーロ(6兆1,600億~6兆9,300億円)で決着(2)EU市民の権利は離脱後もこれまで通り保障される(3)北アイルランドとアイルランド間に目に見える国境は復活させない(4)2年程度の移行期間を設ける――ことで合意しました。

これから移行期間の条件を含め通商協議に入りますが、離脱派はEUからお金が戻ってくると散々、喧伝(けんでん)していたのに、フタを開けてみれば7兆円近くを支払うと約束しなければ、通商協議に入ることもできませんでした。

離脱派のイギリス独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ元党首が、離脱・残留の最終決着をつけるため2度目の国民投票を支持するような発言をしてから、イギリス国内ではEU離脱決定の撤回を求める声が次第に強くなってきています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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