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金正恩・トランプ核戦争の恐怖 大統領命令が「違法なら従わない」と米核司令官 悪夢は回避できるのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
女子学生のスポーツ王者に囲まれて、ご機嫌のトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

核使用権限を持つ男

[ロンドン発]アメリカの核抑止やミサイル防衛を担当する米戦略軍ジョン・ハイテン司令官が18日、カナダで開かれている「ハリファクス国際安全保障フォーラム」で「ドナルド・トランプ大統領から核攻撃命令を受けたとしても、それが違法なら従わない」と断言しました。

アメリカ本土を攻撃できる核ミサイル能力を獲得しつつある北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩とトランプ大統領の舌戦がエスカレートし、核戦争のリスクが高まる中、トランプ大統領の暴走を懸念する声が強まっています。まず、ハイテン司令官の発言を米メディアの報道から確認しておきましょう。

「(核戦力を行使する際の)手続きは簡単です。まず私が大統領にアドバイスします。大統領が私に何をするかを命じます」

「その命令が違法なら、私はこう言うでしょう。『大統領、それは法に反しています』。そうすると大統領はこう返すでしょう。『では、何が合法なんだい?』。そして私たちはどんな状況にも対応できる選択肢の中から検討することになります」

「もし我々が違法な命令を受けて、それを実行に移したら、残りの人生を刑務所の中で送らなければならなくなる可能性があります」

「北朝鮮で何が起きても対応できるよう我々は毎日、一分一秒たりとも備えを怠っていません。物事は明確にしておかなければなりません。至極、明快です。(北朝鮮の朝鮮労働党委員長)金正恩がことを起こせば、良くない結果が待ち受けているということです」

上院外交委員会でも14日公聴会が開かれ、ロバート・ケーラー元戦略軍司令官が核使用の大統領権限について証言しています。

「軍の関係者は統一軍事裁判法 (UCMJ)に縛られています。合法かつ正しい指揮命令系統から出された命令に従わなければなりません。同じように違法な命令や正しい権威からではない命令に対しては疑義を呈したり、究極的には拒否したりする義務も負わされています」

「戦略軍の司令官として私は国防長官や統合参謀本部議長らと核戦力の作戦の決定過程で責任を共有してきました。我々の軍事的なアドバイスが実行される場合に何かあれば厳しい質問をするのが我々の義務でした」

米議会で核使用の大統領権限に関する公聴会が開かれたのは実に41年前のことだそうです。核兵器の脅しを振りかざして金正恩と子供のケンカのような口論を繰り広げるトランプ大統領にアメリカのエスタブリッシュメント(政治支配層)も戦々恐々としています。

「トランプはツイートをするように簡単に核使用の命令を下すことができる」と民主党のエド・マーキー上院議員らは今年初め、議会による宣戦布告なしに紛争で大統領が核兵器の先制使用を命ずることができなくなるようにする法案を提出しています。

核使用の手順

それではアメリカが核使用をする際の手順がどうなっているのか、米ブルームバーグの記事から見ておきましょう。

(1)核兵器の使用権限があるのはアメリカ軍の最高司令官である大統領ただ1人

(2)ホワイトハウスのシチュエーションルームか、大統領が外遊中は安全な回線を利用して会議を開催。国防総省の作戦本部副部長、アメリカ統合参謀本部(JCS)の国家軍事指揮センター(ウォー・ルーム)の高官らが参加。戦略軍のトップもおそらく選択肢(攻撃オプション)について大統領から尋ねられる

(3)大統領が望むだけ長く会議は開かれる。しかしアメリカを狙って敵のミサイルが発射された場合、大統領は30秒で決断を下さなければならない。誤った警告シグナルに性急に判断してしまうリスクが生じる

(4)アドバイザーの何人かは大統領の判断を変えようとしたりするか、抗議のため辞任したりするかもしれない。しかし究極的には国防総省は最高司令官の命令に従わなければならない

(5)ウォー・ルームの上官が、命令した人物が大統領であるかどうかを確認。命令を受けた高官が「チャレンジ・コード」を読み上げ、大統領が「ゴールド・コード(ビスケットとも呼ばれる)」の中から対応するコードを読み上げる

(6)大陸間弾道ミサイルの発射まで大統領の決断から約5分、原子力潜水艦からのミサイル発射まで約15分を要する

最悪のトランプと情報機関の関係

恐ろしいのは大統領の判断材料となる情報を提供する情報機関とトランプ大統領の関係が、米大統領選にロシアが干渉した疑惑(ロシアゲート)をめぐって最悪だということです。

さらにアメリカ政府を代表しているのが、トランプ大統領のツイートなのか、レックス・ティラーソン国務長官やジェームズ・マティス国防長官の発言なのかはっきりしません。

北朝鮮の核・ミサイル開発は、中国を挟んだ金正恩とトランプ大統領の危険なポーカーゲームになっています。アメリカの歴代大統領は、核・ミサイル開発をやめない金正恩を止めることができるのは中国だけだと半ば諦めて問題を先送りしてきました。

一方、金正恩は韓国や日本に駐留するアメリカ軍にとって最大の脅威となる北朝鮮の核兵器保有は中国の利益にもかなうとみて核・ミサイル開発を進めてきました。

北朝鮮の核ミサイルがいつアメリカ本土に到達しても不思議ではない状況になってトランプ大統領は歴代大統領のようにのんびりと構えているわけにはいかなくなりました。対北朝鮮制裁を強化するとともに中国の金融機関や企業を標的にする「第2次制裁」のウワサを拡散させるとともに、朝鮮半島周辺へのアメリカ軍のプレゼンスを強めているのも中国に圧力をかけるためです。

トランプ大統領のツイートによると、どこまで本気かどうかは分かりませんが、中国もようやく重い腰を上げたようです。

核兵器を先制使用するかもしれないというトランプ大統領の狂気が皮肉にもアメリカの核抑止力を高めています。しかし緊張が極度にエスカレートしていくと、相手のちょっとした動きを核攻撃の予兆のように思い込んで、トランプ大統領や金正恩が核のボタンを押してしまうのではないかという悪夢を完全に否定するのは難しくなっているのが悲しい現実です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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